296 / 1,268
第15話
(15)
しおりを挟む車道脇に車が寄ってすぐに乱暴にドアが開き、ふてぶてしい態度で鷹津が後部座席に乗り込んでくる。その様子を横目で一瞥した和彦は、ふいっと顔を背けた。
必要があってのことだとわかってはいるのだが、鷹津主導で物事が進み、それに自分が応じるしかないというのは、複雑な気持ちだ。
「機嫌が悪そうだな」
車が走り出すと、鷹津が揶揄するように声をかけてくる。
「あんたに会うために、わざわざ車を乗り換えた。刑事と密会するのは手間がかかる」
「手間をかけてまで、俺に会いたかったんだろ」
顔を背けたばかりだというのに、和彦はつい鷹津を睨みつける。勝ったとばかりに鷹津はニヤリと笑った。
「……話なら、電話で済むだろ。こうして会わなくても――」
「ふざけるなよ、佐伯。俺は、タダ働きはしない。刑事の立場で、ヤクザのオンナの犬になったのは、相応の餌をもらうためだ。今日はしっかりと、美味い餌を食わせてもらうからな」
下卑た口調に嫌悪感を覚えながらも、胸の奥が妖しくざわつく。このざわつきがなんであるか、和彦にはわかっている。わかってはいるが、今は認めたくなかった。そうではないと、まともに鷹津の顔を見られない。
鷹津に会うことは賢吾に報告済みだが、さすがに電話で直接告げることはためらわれ、メールを送っただけだ。いまだに返信はないが、チェックしていないということはないだろう。
ここで鷹津が馴れ馴れしく肩を抱いてくる。和彦は反射的に運転席に視線を向けるが、組員は前を見据えたままだ。ただし、賢吾が一緒のときは、自分の存在感を消そうとする組員が、鷹津に対しては警戒心を隠そうともしていない。
和彦が賢吾に何も言わなくても、組員が詳細に報告してくれそうだ。
「――それで、何かわかったのか」
あえて素っ気ない口調で問いかけると、あごを掴まれ、強引に鷹津のほうを向かされた。
ドロドロとした感情の澱が透けて見える鷹津の目には、興奮による熱っぽさが宿っていた。あからさまな欲望を示されるよりも生々しさを感じてしまい、密かに和彦はうろたえる。
「なんだ……」
「人と話すときは、しっかり顔を見ろよ」
「……見てもらいたいなら、ひげぐらい剃って、身ぎれいにしてこい」
「俺のひげを気にかける奴なんて、お前ぐらいだろ」
無精ひげが生えたあごを撫でて、ぼそりと鷹津が呟く。妙な言い方をするなと思いつつ、和彦は厳しい表情で促した。
「わかったことを早く言え。言う気がないなら、次の信号でさっさと車から降りろ」
「年末時期は、組長のオンナも忙しそうだな」
「あんたは暇そうだ」
「俺は、忙しいぜ? 刑事の仕事の合間に、餌をもらうためにせっせと探偵ごっこをしてるんだから」
次の瞬間、鷹津の唇が耳元に寄せられた。
「――お前の兄貴が、国政選挙に出馬する、という噂があるようだ」
鷹津の言葉を頭の中でじっくり反芻してから、和彦は目を見開く。その反応に満足したように、鷹津は唇を歪めるようにして笑った。
「佐伯家と昵懇の間柄と言われる大物政治家が引退を考えていて、その地盤を継がせたがっているらしい。お前の兄貴なら血統的に問題はないし、官僚としての実績も十分。写真を見たが、お前によく似たとびきりの色男だった。そのうえ父親は、審議官ポストにいる高級官僚だ。〈勉強会〉なんてものを開いて、子飼いの官僚も多いらしいな。影響力を持った大物二人は、さぞかし話も合うだろう」
「……噂としてなら、おもしろい話だな」
「事実だとしたら、もっとおもしろいか? このネタは、昔馴染みの新聞記者から聞き出した。噂だとしても、なかなかの精度だと思うぜ」
「そうだとしても、ぼくには関係ない」
半ば強がりのように言った和彦だが、鷹津には見抜かれていた。
「やっぱり気になるか? 自分の実家の動きが」
和彦は鋭く睨みつけたが、かまわず鷹津は言葉を続ける。
「国政に打って出るなら、エリート一家としては、一人だけ疎遠になっている次男のことが気になるはずだ。その次男は所在不明となり、なおかつ自分から身を隠している節がある。そして、トラブルに巻き込まれている匂いがプンプンする――」
「あんた、他人事だと思って、おもしろがってるだろ」
「完全に他人事とは言えない。一応俺は、お前の番犬だからな」
鷹津が顔を寄せてきたので、和彦は押し退けようとする。思いがけないことを告げられて、少し気持ちが混乱していた。すぐにでも落ち着いた場所で考えを整理したいところだが、サソリに例えられるほど嫌な男は、そういった気遣いを一切してこない。
まずは、自分の欲望を果たすのが先だと言わんばかりに、和彦のあごを掴み上げ、威圧的に迫ってきた。
「お前のために情報を取ってきてやったんだ。賢い番犬だろ? なんなら、少し遅れたクリスマスプレゼントと思ってくれてもかまわねーぜ」
55
お気に入りに追加
1,391
あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…



塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる