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第15話
(1)
しおりを挟む十二月も中旬を過ぎると、本当に慌しいなと思いながら、和彦はふっと息を吐き出す。それでも、差し出された伝票にサインをして、大きな花束を受け取ったときには、意識しないまま笑みがこぼれた。
華やかなイベントとは無縁の人生を歩んできただけに、豪華な花束が次々に届くと、贈り手の思惑はともかく、やはり嬉しいものだ。
配達人を見送ってドアを閉めた和彦は、花の間に差し込まれたカードを取り上げる。そこには、ただK・Nというイニシャルだけが記されていた。開業日には大きな花輪を贈ってやると言っていた男だけに、今日は花束で勘弁してくれたらしい。
カードはジャケットのポケットに滑り込ませて、和彦は待合室に戻る。
今日の待合室は、いつもとは様子が一変していた。まるで、小規模なパーティー会場だ。堅苦しいスーツ姿の男性たちや、華やかな服装の女性たちが、思い思いに過ごしている。待合室だけではない。今日はクリニックのほとんどを開放しており、自由に見学できるようにしている。
レントゲンの設置工事が完了したのを機に、クリニックの完成パーティーも兼ねて内覧会を催したのだが、もちろん、和彦から提案したわけではない。
関係各所への届けも問題なく終え、あとは年が明けての開業を待つばかりだと、和彦は少し余裕を持って構えていた。だが、和彦の知らないところで、長嶺組は粛然と準備を進めていたのだ。
和彦はさりげなく待合室を通り抜けると、仮眠室に向かう。ここだけは鍵をかけており、和彦以外の人間は出入りできないようにしてある。
見られて困る秘密が――あるわけではなく、ただ、倉庫代わりにあれこれと荷物を押し込んでいるので、招待客たちの目に晒すのははばかられるのだ。
デスクの上にはすでに花束の山ができており、新たな花束が加わることで、さらに華やかさが増す。仮眠室内には花の香りが満ちていた。
少しここで休憩したいところだが、〈主役〉が身を隠すわけにもいかない。和彦はすぐに部屋を出ると、また鍵をかけてから、今度は給湯室を覗く。
こちらでは、飲み物が準備されているところだった。ホテルのケータリングサービスを頼んだのだが、サービススタッフの手際もよく、料理も飲み物も一括して管理してもらっているため、和彦としては気がかりが減ってありがたい。
サービススタッフと言葉を交わしてから、診察室と手術室を覗き、見学している招待客と、彼らに設備の説明をしている業者の人間の様子を見守る。
内覧会の間、先生は優雅に座っていればいいと言われているが、そういうわけにもいかない。
代表者は別の人間の名になってはいても、実質的にクリニックを切り盛りすることになるのは、和彦なのだ。訪れる招待客への挨拶や、運営方針の説明は、和彦でなければできない。
とにかく、目が回るほど忙しい。一応、研修も兼ねて、先日雇い入れたばかりのスタッフも呼んではいるのだが、案内や受付の仕事を任せるのがせいぜいだ。結局和彦が、個別に招待客の応対をしている。
それでも、大半の招待客がブッフェ形式となっている料理を取り分け、飲食しつつ談笑を始める頃には、ようやく和彦も一息つける状況となる。
それを待っていたように、声をかけられた。
「――佐伯先生」
聞き覚えのある声に、和彦はパッと振り返る。いつからそこにいたのか、窓際に置いたイスに由香が座っていた。
ロングブーツにミニスカート、丈の短いジャケットという服装は、防寒よりもオシャレを優先するという、若い女の子らしい気概がうかがえる。実際、若くて可愛い顔立ちがさらに溌剌として見えるのだ。
和彦は足早に由香に歩み寄った。
「ありがとう。来てくれたんだね」
医者と患者として知り合った二人だが、今では互いの特殊な立場もあって通じ合うものがあり、限りなく友人に近い関係だ。
男の身で、長嶺組組長の〈オンナ〉である和彦も他人のことは言えないが、由香は、二十歳という若さで、昭政組組長の愛人なのだ。しかも、その立場を無邪気に楽しんでいる節すらある。
「もちろん。なんといってもわたし、先生のクリニックの顧客第一号になるって決めてたんだから。だから、内覧会に招待してもらえて、嬉しかったんだよ」
由香に隣のイスを勧められ、和彦はやっと座ることができる。内覧会が始まってから、ずっと立ちっぱなしだったのだ。
思わず安堵の吐息を洩らすと、すかさずスタッフが、グラスに入ったオレンジジュースを持ってきてくれた。
「正直、君を招待したいと言ったら、難波組長が気を悪くするかなと思ったんだ。それで一応、うちの――長嶺組長に意見を求めたら、かまわないと言われて……」
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