血と束縛と

北川とも

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第14話

(22)

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 ここがホテル内のレストランであろうが、賢吾が一緒にいる限り、護衛が離れることはありえない。
「――まだ、熱っぽい目をしてるな、先生」
 笑いを含んだ声でそんなことを言われ、反射的に背筋を伸ばした和彦は、前に向き直る。賢吾が、じっとこちらを見つめていた。テーブル上のライトの明かりを受け、大蛇を潜ませた男の目は、ドキリとするような輝きを放っていた。
 もし仮に、賢吾の素性を知らないまま出会っていれば、間違いなく和彦は、初対面で見惚れていただろう。賢吾は、忌々しいほど魅力的な男だ。
「当たり前だ……。こっちはふらふらだっていうのに、強引に外に連れ出したのは、あんただろ」
「俺の艶っぽいオンナを見せびらかしたくてな」
 ここでうろたえてはいけないと自分に言い聞かせ、和彦は露骨に顔をしかめて見せる。賢吾は低く声を洩らして笑った。
「そう、可愛げのない顔をするな。俺は本気で言ってるんだぞ」
「……はいはい」
 生ビールのお代わりが運ばれてきて、すぐに賢吾はグラスに口をつける。一方の和彦は、まだ賢吾との激しい行為の余韻も冷めていないため、これでアルコールなど飲んで悪酔いしたくはない。無難に水を飲んでいた。
 なんとかステーキを胃に押し込み、食後のデザートまでたどり着いたとき、突然、まるで世間話でもするような口調で賢吾が切り出した。
「先生、クリスマスが終わったら、うちの組の忙しさにつき合ってもらうぞ」
「えっ?」
 シャーベットを掬っていた和彦は顔を上げる。何がおかしかったのか、賢吾は口元を緩めた。
「年末年始は行事が目白押しだ。組の盃事に義理事、身内を労うための集まりもある。さらに、総和会からお呼びがかかる。普通、ヤクザといえども年明けは休むもんなんだが、総和会の連中は働き者だからな」
 賢吾の口調は、皮肉っぽい響きを帯びていた。
 かつて総和会の藤倉から説明を受けたが、総和会を構成する組は、十一枚の葉に例えられた。その中で、一番大きな葉を持つのが長嶺組だ。大きな葉は、発言力と勢力を示しているのだ。
 それだけのものを与えられながら、今の賢吾の口ぶりを聞いていると、総和会の意向には逆らわないが、恭順しているわけではないと感じられる。
 和彦の物言いたげな表情に気づいたのか、賢吾はシニカルに唇の端を動かした。
「俺のオヤジの面子を潰さないためにも、長嶺組は、総和会の行事には、どの組よりも積極的に出席することにしている。……オヤジもまあ、厄介な地位に就いたものだ。おかげで俺まで、総和会の事情に首を突っ込まないといけない――と、これは、俺と先生の秘密だからな。俺が、総和会の悪口を言ってたなんて、中嶋あたりにバラすなよ」
 思いがけず出された中嶋の名に、和彦は肩を震わせる。器にスプーンの先が触れ、高い音を立てた。
「……今のが悪口になるのか?」
「聞く人間によっては、長嶺組組長の、総和会に対する体制批判だ、となるかもしれない」
 賢吾の場合、本気で言っているのか、冗談なのか、まったく判断できない。
「よく、わからない……」
「そのうち先生も、嫌というほど理解できる。なんといっても、俺のオンナだからな。総和会の連中は放っておかない。だったら、下手な探りを入れられるより、堂々と見せびらかしたほうがいい」
 どうやら年末年始は、賢吾に振り回されることは確定らしい。仕方ないかと、すぐに和彦は覚悟を決める。
 こういう生活を送ると決めたのは、和彦自身なのだ。その代わり、賢吾に――長嶺組の男たちに、心置きなく守ってもらう。
 和彦は、賢吾をまっすぐ見据えて告げた。
「――ぼくに惨めな思いをさせないと約束してくれるなら、あんたの好きなように」
「当たり前だろ。お前は、俺の大事で可愛いオンナだ。長嶺組の総意として、誓ってやる」
 大蛇の化身のような男は、言葉でも和彦をきつく締め上げてくる。困るのは、締め上げられることが、ひどく心地いいということだ。
「いい顔だな、先生。そういう顔をされると、部屋に戻ってまた、いやらしいものにリボンを結んでやりたくなる」
 ゾクゾクするような体の疼きを感じながら、和彦は掠れた声で応じた。
「……あんたの好きなように」

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