281 / 1,268
第14話
(22)
しおりを挟む
ここがホテル内のレストランであろうが、賢吾が一緒にいる限り、護衛が離れることはありえない。
「――まだ、熱っぽい目をしてるな、先生」
笑いを含んだ声でそんなことを言われ、反射的に背筋を伸ばした和彦は、前に向き直る。賢吾が、じっとこちらを見つめていた。テーブル上のライトの明かりを受け、大蛇を潜ませた男の目は、ドキリとするような輝きを放っていた。
もし仮に、賢吾の素性を知らないまま出会っていれば、間違いなく和彦は、初対面で見惚れていただろう。賢吾は、忌々しいほど魅力的な男だ。
「当たり前だ……。こっちはふらふらだっていうのに、強引に外に連れ出したのは、あんただろ」
「俺の艶っぽいオンナを見せびらかしたくてな」
ここでうろたえてはいけないと自分に言い聞かせ、和彦は露骨に顔をしかめて見せる。賢吾は低く声を洩らして笑った。
「そう、可愛げのない顔をするな。俺は本気で言ってるんだぞ」
「……はいはい」
生ビールのお代わりが運ばれてきて、すぐに賢吾はグラスに口をつける。一方の和彦は、まだ賢吾との激しい行為の余韻も冷めていないため、これでアルコールなど飲んで悪酔いしたくはない。無難に水を飲んでいた。
なんとかステーキを胃に押し込み、食後のデザートまでたどり着いたとき、突然、まるで世間話でもするような口調で賢吾が切り出した。
「先生、クリスマスが終わったら、うちの組の忙しさにつき合ってもらうぞ」
「えっ?」
シャーベットを掬っていた和彦は顔を上げる。何がおかしかったのか、賢吾は口元を緩めた。
「年末年始は行事が目白押しだ。組の盃事に義理事、身内を労うための集まりもある。さらに、総和会からお呼びがかかる。普通、ヤクザといえども年明けは休むもんなんだが、総和会の連中は働き者だからな」
賢吾の口調は、皮肉っぽい響きを帯びていた。
かつて総和会の藤倉から説明を受けたが、総和会を構成する組は、十一枚の葉に例えられた。その中で、一番大きな葉を持つのが長嶺組だ。大きな葉は、発言力と勢力を示しているのだ。
それだけのものを与えられながら、今の賢吾の口ぶりを聞いていると、総和会の意向には逆らわないが、恭順しているわけではないと感じられる。
和彦の物言いたげな表情に気づいたのか、賢吾はシニカルに唇の端を動かした。
「俺のオヤジの面子を潰さないためにも、長嶺組は、総和会の行事には、どの組よりも積極的に出席することにしている。……オヤジもまあ、厄介な地位に就いたものだ。おかげで俺まで、総和会の事情に首を突っ込まないといけない――と、これは、俺と先生の秘密だからな。俺が、総和会の悪口を言ってたなんて、中嶋あたりにバラすなよ」
思いがけず出された中嶋の名に、和彦は肩を震わせる。器にスプーンの先が触れ、高い音を立てた。
「……今のが悪口になるのか?」
「聞く人間によっては、長嶺組組長の、総和会に対する体制批判だ、となるかもしれない」
賢吾の場合、本気で言っているのか、冗談なのか、まったく判断できない。
「よく、わからない……」
「そのうち先生も、嫌というほど理解できる。なんといっても、俺のオンナだからな。総和会の連中は放っておかない。だったら、下手な探りを入れられるより、堂々と見せびらかしたほうがいい」
どうやら年末年始は、賢吾に振り回されることは確定らしい。仕方ないかと、すぐに和彦は覚悟を決める。
こういう生活を送ると決めたのは、和彦自身なのだ。その代わり、賢吾に――長嶺組の男たちに、心置きなく守ってもらう。
和彦は、賢吾をまっすぐ見据えて告げた。
「――ぼくに惨めな思いをさせないと約束してくれるなら、あんたの好きなように」
「当たり前だろ。お前は、俺の大事で可愛いオンナだ。長嶺組の総意として、誓ってやる」
大蛇の化身のような男は、言葉でも和彦をきつく締め上げてくる。困るのは、締め上げられることが、ひどく心地いいということだ。
「いい顔だな、先生。そういう顔をされると、部屋に戻ってまた、いやらしいものにリボンを結んでやりたくなる」
ゾクゾクするような体の疼きを感じながら、和彦は掠れた声で応じた。
「……あんたの好きなように」
「――まだ、熱っぽい目をしてるな、先生」
笑いを含んだ声でそんなことを言われ、反射的に背筋を伸ばした和彦は、前に向き直る。賢吾が、じっとこちらを見つめていた。テーブル上のライトの明かりを受け、大蛇を潜ませた男の目は、ドキリとするような輝きを放っていた。
もし仮に、賢吾の素性を知らないまま出会っていれば、間違いなく和彦は、初対面で見惚れていただろう。賢吾は、忌々しいほど魅力的な男だ。
「当たり前だ……。こっちはふらふらだっていうのに、強引に外に連れ出したのは、あんただろ」
「俺の艶っぽいオンナを見せびらかしたくてな」
ここでうろたえてはいけないと自分に言い聞かせ、和彦は露骨に顔をしかめて見せる。賢吾は低く声を洩らして笑った。
「そう、可愛げのない顔をするな。俺は本気で言ってるんだぞ」
「……はいはい」
生ビールのお代わりが運ばれてきて、すぐに賢吾はグラスに口をつける。一方の和彦は、まだ賢吾との激しい行為の余韻も冷めていないため、これでアルコールなど飲んで悪酔いしたくはない。無難に水を飲んでいた。
なんとかステーキを胃に押し込み、食後のデザートまでたどり着いたとき、突然、まるで世間話でもするような口調で賢吾が切り出した。
「先生、クリスマスが終わったら、うちの組の忙しさにつき合ってもらうぞ」
「えっ?」
シャーベットを掬っていた和彦は顔を上げる。何がおかしかったのか、賢吾は口元を緩めた。
「年末年始は行事が目白押しだ。組の盃事に義理事、身内を労うための集まりもある。さらに、総和会からお呼びがかかる。普通、ヤクザといえども年明けは休むもんなんだが、総和会の連中は働き者だからな」
賢吾の口調は、皮肉っぽい響きを帯びていた。
かつて総和会の藤倉から説明を受けたが、総和会を構成する組は、十一枚の葉に例えられた。その中で、一番大きな葉を持つのが長嶺組だ。大きな葉は、発言力と勢力を示しているのだ。
それだけのものを与えられながら、今の賢吾の口ぶりを聞いていると、総和会の意向には逆らわないが、恭順しているわけではないと感じられる。
和彦の物言いたげな表情に気づいたのか、賢吾はシニカルに唇の端を動かした。
「俺のオヤジの面子を潰さないためにも、長嶺組は、総和会の行事には、どの組よりも積極的に出席することにしている。……オヤジもまあ、厄介な地位に就いたものだ。おかげで俺まで、総和会の事情に首を突っ込まないといけない――と、これは、俺と先生の秘密だからな。俺が、総和会の悪口を言ってたなんて、中嶋あたりにバラすなよ」
思いがけず出された中嶋の名に、和彦は肩を震わせる。器にスプーンの先が触れ、高い音を立てた。
「……今のが悪口になるのか?」
「聞く人間によっては、長嶺組組長の、総和会に対する体制批判だ、となるかもしれない」
賢吾の場合、本気で言っているのか、冗談なのか、まったく判断できない。
「よく、わからない……」
「そのうち先生も、嫌というほど理解できる。なんといっても、俺のオンナだからな。総和会の連中は放っておかない。だったら、下手な探りを入れられるより、堂々と見せびらかしたほうがいい」
どうやら年末年始は、賢吾に振り回されることは確定らしい。仕方ないかと、すぐに和彦は覚悟を決める。
こういう生活を送ると決めたのは、和彦自身なのだ。その代わり、賢吾に――長嶺組の男たちに、心置きなく守ってもらう。
和彦は、賢吾をまっすぐ見据えて告げた。
「――ぼくに惨めな思いをさせないと約束してくれるなら、あんたの好きなように」
「当たり前だろ。お前は、俺の大事で可愛いオンナだ。長嶺組の総意として、誓ってやる」
大蛇の化身のような男は、言葉でも和彦をきつく締め上げてくる。困るのは、締め上げられることが、ひどく心地いいということだ。
「いい顔だな、先生。そういう顔をされると、部屋に戻ってまた、いやらしいものにリボンを結んでやりたくなる」
ゾクゾクするような体の疼きを感じながら、和彦は掠れた声で応じた。
「……あんたの好きなように」
46
お気に入りに追加
1,391
あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…



塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる