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第14話
(18)
しおりを挟むリビングに入ってきた賢吾は、床の上に座り込んでいる和彦を見るなり、驚いたように目を丸くした。しかし、数秒の間に状況を理解したらしく、すぐに喉を鳴らして笑う。
「ずいぶんはりきってるな、先生」
「今の生活に彩りがないことに気づいたから、生まれて初めて、自分で買った。――クリスマスツリーを」
朝から苦労してライトを飾り、今はオーナメントを取り付けているところだ。和彦が手にしている、凝った細工が施されたボールを目にして、賢吾が傍らにやってくる。
「俺に言えば、もっとでかいツリーを買ってやったのに。それこそ、ここの天井に届きそうな、天然の立派なやつを」
和彦が買ってきたのは組み立て式のものだが、安物というわけではない。ヨーロッパからの輸入品で、本物と見紛うほど精巧な作りをしている。立ち寄った店に一つだけ残っており、高さも、和彦の身長より少し低いぐらいでちょうどよかったため、急いで買い求めた。
「これで十分だ。手入れも簡単だし、来年も使える」
モールを取り上げた賢吾が、器用な手つきでツリーに飾りつけていく。
「その口ぶりだと、来年も今のような生活を送る気があるということか」
思いがけない指摘に和彦は、持っていたボールのオーナメントを膝の上に落とし、慌てて拾い上げる。
「……そんなことまで考えなかった。天然もののツリーだと、後の処分が面倒だと思っただけだ」
「まあ、そういうことにしておこう」
なんだか含みのある言い方だと、和彦は賢吾を見上げる。賢吾は機嫌よさそうな顔で、片手を出してきた。
「それも俺がつけてやる」
言われるまま、持っていたボールを賢吾に手渡す。
「この飾りも買ったのか? これは俺でも、物がいいとわかる」
「それはもらったんだ。……秦から。少し早いクリスマスプレゼントだそうだ」
「モテると、貢ぎ物も多いな」
「ああっ。あんたからも、さぞかし高価なクリスマスプレゼントがもらえると、期待しているからなっ」
半ば自棄になって和彦がそう応じると、とうとう賢吾は声を上げて笑った。長嶺組組長の肩書きを持つ男が、こんなふうに笑うのは珍しい。惚けたように賢吾を見上げていた和彦だが、つられて顔を綻ばせる。
それに気づいた賢吾に再び手を差し出され、和彦はその手を掴んで立ち上がる。
「やっと笑ってくれたな。どうだ、もう立ち直ったか?」
「……こんな状況で、うかうか落ち込んでいられない。ぼくの周囲にいる男は、どいつもこいつも、油断ならない連中ばかりだからな」
「俺も含めて?」
「あんたは、筆頭だ」
和彦がせっかく枝に結んだリボンを解きながら、賢吾はまた楽しそうに笑う。解いたリボンをどうするのかと思っていると、和彦の右手首に結んでしまった。意味がわからず首を傾げたとき、賢吾にあごを掴まれた。
官能的なバリトンが、官能的な言葉を紡ぐ。
「――元気になったところで、さあ先生、キスをさせてくれ」
次の瞬間、大蛇がちろりと舌を覗かせるように、軽く唇を舐められた。たったそれだけのことなのに、和彦の背筋には、腰が砕けそうな疼きが駆け抜ける。
もう一度唇を舐められたところで、和彦は小さく呻き声を洩らした。柔らかく唇を吸われながら、合間に賢吾に問われる。
「どの男に元気にしてもらったんだ。秦には、先生の気分転換を手伝ってくれと俺から頼んだが、もちろん、弱った先生を放っておけない男は、他にいただろ?」
残酷な大蛇の性質がちらりと顔を覗かせた気がした。賢吾は、嫉妬からこんな問いかけをしているわけではない。この男は、和彦が他の男と絡み合っている姿を見て、愉悦を覚えられる。ただし、自分が許した男に限って、だが。
セーターをたくし上げた賢吾の手に、腰を撫で上げられる。和彦は戯れるように賢吾と唇を啄み合いながら、名を挙げた。
「千尋と……、鷹津だ。わざわざ、会いに来てくれて、キスもした」
「千尋はともかく、蛇蝎の片割れとして嫌われている男も、もう先生に骨抜きだな。完全に、堕ちた」
答えようがなくて和彦は顔を背けようとしたが、賢吾に軽く唇に噛みつかれ、そのまま舌先を触れ合わせる。賢吾の力強い両腕に強く抱き締められ、苦しさからではなく、心地よさに吐息が洩れた。
和彦の顔をじっくり覗き込みながら、賢吾が目を細める。
「俺の名前は挙げてくれないのか?」
「……わざわざ挙げなくても、あんたは自分で主張するだろ。――タイミングが絶妙だ。少しの間、ぼくを一人にして放っておいてくれたかと思ったら、秦を差し向けるようなマネをして」
「この歳になっても、俺は学習するんだぜ? 俺のオンナは繊細で、ときどきひどく塞ぎ込むが、それでいて、完全に放っておかれるのは嫌いだ、ってことを」
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