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第14話
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「わたしの一風変わった出生と、捻くれた欲情について。わたしが元は日本人じゃないということは、長嶺組の組長と数人の幹部の方は知っていますが、あとは鷹津さんぐらいです。それと、先生。……ただ、わたしにとって大事な秘密は、欲情のほうです。この秘密だけは、先生が所有してください」
上品で端麗な美貌を持つ秦は、腹の内に倒錯した欲情を抱えている。その欲情を向けている相手は、中嶋だ。
何を考えているのか読めない男なりの冗談――というには、秦が和彦に施した愛撫は丹念で執拗だった。執念のようなものすら感じた。
秦のそんな一面を知って、果たして中嶋は喜ぶのか、失望するのか。
和彦は短く息を吐き出すと、乱雑に髪を掻き上げ、秦を見据える。
「ぼくは一応、中嶋く――……彼の友人のつもりなんだ。利害で結びついているのは否定しないが、だからといって彼の事情に踏み込むつもりはない。生々しい話は、君と彼とでケリをつけてくれ」
「でも、まったく知らん顔もできないでしょう?」
和彦が持つ甘さを、秦はよく把握していた。ムッと顔をしかめた和彦は、横を向きつつぼそぼそと応じる。
「中嶋くんには、君がぼくの〈遊び相手〉だなんてこと、知られたくないんだ。……その秘密を守るためなら……、協力はする。君のためじゃない。あくまで自分の保身のためだ」
「自分でそういうことを言うあたり、やはり先生は甘い。だから、ヤクザになんて付け込まれる。いや、ヤクザだけじゃないですね。悪徳刑事や、元ホストにも付け込まれるんです」
「……甘い、甘いと言っていると、意外なしっぺ返しを食らうかもしれないぞ。案外ぼくは、悪辣な人間なんだ」
和彦が芝居がかった爽やかな笑顔を見せると、さすがの秦も毒気を抜かれたように目を丸くした。
「それは、怖いですね」
「もっと感情を込めて言ってくれ」
和彦の抗議に破顔した秦は、突然立ち上がり、キャビネットの上に置かれた三十センチほどの箱を手にした。その箱を、和彦に差し出してくる。
「――少し早いですが、先生へのクリスマスプレゼントです。本当は当日お渡しできれば素敵なんでしょうが、客商売にとってクリスマスはかきいれ時なので、時間が作れそうになくて。それに、先生もいろいろとお忙しいでしょう」
ここまで言われて突き返すこともできず、きれいにラッピングされた箱を受け取る。
「何か、お返しをしないと……」
「気にしないでください。大したものではないので。使ってもらえたら、それで十分です」
プレゼントが一体なんなのか、教える気はないらしい。帰ってからのお楽しみだと思いながら、和彦は立ち上がる。
「忙しい時間帯に邪魔して悪かった。これでお暇する」
「すみません。こんな慌しい場所にお呼びすることになって。――っと、先生」
和彦を呼んだ秦が、傍らに歩み寄ってくる。何事かと思っているうちにあごを掬い上げられ、ごく自然な動作で唇を塞がれた。あまりに驚いて、和彦は声も出せない。
味わうようにじっくりと唇を吸われ、舌先でまさぐられる。さすがに我に返った和彦だが、突き飛ばすこともできず、箱をしっかりと胸に抱え込む。すると秦に、箱ごと抱き締められた。
ようやく唇を離した秦に、耳元で低く囁かれる。
「プレゼントのお返しはけっこうなので、このキスを中嶋に教えてやってください」
「あっ……」
思いがけない行為に動揺し、声を洩らした和彦は、一歩後ずさる。秦が本気で言っているのか、それともからかっているのかわからなかったが、精一杯の意趣返しはしておく。
「――教えるまでもなく、中嶋くんはキスが上手いぞ。先輩譲りの、甘いキスだ」
秦が少しうろたえた素振りで何か言おうとしたが、その前に和彦は、さっさとVIPルームを出る。
開店の準備が始まっているホールを通り抜けながら、中央に飾られたクリスマスツリーに目を向ける。和彦が飾りつけを手伝ったときより、さらに派手に飾り立てられていた。
華やかな虚構の一時を味わわせてくれる店のクリスマスツリーとして、実にふさわしい存在感を放っている。
和彦はわずかに目を細めると、店をあとにした。
上品で端麗な美貌を持つ秦は、腹の内に倒錯した欲情を抱えている。その欲情を向けている相手は、中嶋だ。
何を考えているのか読めない男なりの冗談――というには、秦が和彦に施した愛撫は丹念で執拗だった。執念のようなものすら感じた。
秦のそんな一面を知って、果たして中嶋は喜ぶのか、失望するのか。
和彦は短く息を吐き出すと、乱雑に髪を掻き上げ、秦を見据える。
「ぼくは一応、中嶋く――……彼の友人のつもりなんだ。利害で結びついているのは否定しないが、だからといって彼の事情に踏み込むつもりはない。生々しい話は、君と彼とでケリをつけてくれ」
「でも、まったく知らん顔もできないでしょう?」
和彦が持つ甘さを、秦はよく把握していた。ムッと顔をしかめた和彦は、横を向きつつぼそぼそと応じる。
「中嶋くんには、君がぼくの〈遊び相手〉だなんてこと、知られたくないんだ。……その秘密を守るためなら……、協力はする。君のためじゃない。あくまで自分の保身のためだ」
「自分でそういうことを言うあたり、やはり先生は甘い。だから、ヤクザになんて付け込まれる。いや、ヤクザだけじゃないですね。悪徳刑事や、元ホストにも付け込まれるんです」
「……甘い、甘いと言っていると、意外なしっぺ返しを食らうかもしれないぞ。案外ぼくは、悪辣な人間なんだ」
和彦が芝居がかった爽やかな笑顔を見せると、さすがの秦も毒気を抜かれたように目を丸くした。
「それは、怖いですね」
「もっと感情を込めて言ってくれ」
和彦の抗議に破顔した秦は、突然立ち上がり、キャビネットの上に置かれた三十センチほどの箱を手にした。その箱を、和彦に差し出してくる。
「――少し早いですが、先生へのクリスマスプレゼントです。本当は当日お渡しできれば素敵なんでしょうが、客商売にとってクリスマスはかきいれ時なので、時間が作れそうになくて。それに、先生もいろいろとお忙しいでしょう」
ここまで言われて突き返すこともできず、きれいにラッピングされた箱を受け取る。
「何か、お返しをしないと……」
「気にしないでください。大したものではないので。使ってもらえたら、それで十分です」
プレゼントが一体なんなのか、教える気はないらしい。帰ってからのお楽しみだと思いながら、和彦は立ち上がる。
「忙しい時間帯に邪魔して悪かった。これでお暇する」
「すみません。こんな慌しい場所にお呼びすることになって。――っと、先生」
和彦を呼んだ秦が、傍らに歩み寄ってくる。何事かと思っているうちにあごを掬い上げられ、ごく自然な動作で唇を塞がれた。あまりに驚いて、和彦は声も出せない。
味わうようにじっくりと唇を吸われ、舌先でまさぐられる。さすがに我に返った和彦だが、突き飛ばすこともできず、箱をしっかりと胸に抱え込む。すると秦に、箱ごと抱き締められた。
ようやく唇を離した秦に、耳元で低く囁かれる。
「プレゼントのお返しはけっこうなので、このキスを中嶋に教えてやってください」
「あっ……」
思いがけない行為に動揺し、声を洩らした和彦は、一歩後ずさる。秦が本気で言っているのか、それともからかっているのかわからなかったが、精一杯の意趣返しはしておく。
「――教えるまでもなく、中嶋くんはキスが上手いぞ。先輩譲りの、甘いキスだ」
秦が少しうろたえた素振りで何か言おうとしたが、その前に和彦は、さっさとVIPルームを出る。
開店の準備が始まっているホールを通り抜けながら、中央に飾られたクリスマスツリーに目を向ける。和彦が飾りつけを手伝ったときより、さらに派手に飾り立てられていた。
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和彦はわずかに目を細めると、店をあとにした。
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