血と束縛と

北川とも

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第14話

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 どうかな、と呟いた和彦は、緩く首を左右に振る。優しく穏やかな秦の愛撫は、確かに心地いい。しかし、容易に身を任せられない。
 自分が抱えている事情の他に、和彦の脳裏をちらつくのは、中嶋の顔だった。
 普通の青年の顔をしていながら実は物騒な筋者で、なのに秦が絡むときだけ――厄介で健気な〈女〉を感じさせる彼を裏切っているようで、胸が痛むというより、切ない気分になる。
 秦ほどの男が、中嶋が向ける気持ちに気づいていないとも思えない。どういうつもりなのだろうかと、和彦がじっと見上げると、秦が微笑を浮かべて唇を啄ばんできた。
「何か、言いたそうですね、先生」
「別に……」
「だったら一つ、わたしの頼みを聞いてもらえませんか?」
 訝しんで眉をひそめる和彦の耳元で、秦が露骨な言葉を囁いてくる。和彦は目を見開き、羞恥で全身を熱くした。
「なっ……、何言って――」
 和彦は慌てて身を捩ろうとしたが、かまわず秦に両足を抱え上げられ、左右に広げられる。そして、頭を埋められた。
「あっ、うぅっ」
 反り返ったものを濡れた舌でゆっくりと舐めあげられ、背筋にゾクゾクとするような快美さが駆け抜ける。和彦は反射的に秦の頭を押しのけようとしたが、括れを舌先でくすぐられ、体から力が抜ける。
 柔らかく先端を吸われ、滲んだ透明なしずくを舐め取られる。同時に、内奥に指が侵入してきた。
「んうっ……」
「先生は、〈あいつ〉と仲がいいでしょう? 機会があれば、教えてやってください。男の受け入れ方を。――人を挑発するくせに、あいつは男を怖がっている。頭はいいが、感覚が獣と一緒だ。本能的に、どちらの立場が上か下か、服従を示すか否か、そういうふうにしか判断できない。男と寝るという欲望が具体的であればあるほど、あいつは苦しむんですよ。自分の理想と、本能が求めるものの違いに」
 秦が何を言っているのか、最初はわけがわからなかった和彦だが、親しみを感じさせる口調から、ようやく、〈あいつ〉が誰を指しているのか理解する。
「だけど先生に対しては、様子が違う。ヤクザの世界にいて、先生だけは自分を傷つけられないと確信しているんでしょうね。先生を弱い存在だと見くびっているんじゃなく、安全な存在だと認識している」
 思わず秦の話に聞き入ってしまうが、内奥の入り口に滑らかな感触を擦りつけられ、和彦はビクリと身を震わせる。ヌルリと内奥に入り込んできたものの感触に、覚えがあった。
「んっ」
 突然、内奥で小刻みな振動が響き渡り、否応なく官能を刺激される。和彦は腰を跳ねさせるように反応するが、体はしっかりと秦に押さえ込まれた。
 指でさらに押し込まれたローターの振動が激しさを増し、和彦の息遣いは妖しさを帯びる。やめるよう言えないのは、秦の言葉に引き込まれるからだ。
「わたしは、あいつの価値観だとか、ヤクザの矜持だとかをぶち壊して、泣かせたい。暴力によってじゃないですよ。快感で、そうしたいんです。……そんなことを考えると、興奮するんです。でもあいつは、きっとこういう関係は望まないでしょうね。男を怖がって、その男の中で肩肘を張って生きているからこそ」
 秦の告白を、屈折しているとか、おかしいという一言では片付けられなかった。語られる言葉に込められているのは、秦が、〈中嶋〉に向ける倒錯した執着だ。
「……彼の気持ちに気づいているとは、思っていた。だけど、応える気がないから、気づかないふりをしているのかと、思っていた」
 内奥にローターを含まされたまま、震える声で和彦が言うと、秦は艶やかな笑みを浮かべた。
「あいつが、どんな形であろうが応えてくれるというなら、わたしは悦んで、ヤクザのあいつを犯しますよ。だけど、あいつが望んでいるのは、頼りになるが謎の多い、紳士的な先輩としての秦静馬だ。利用したり、されたりの緊張感の高い関係も望みでしょう。頭のいいあいつらしく」
 しかし、ここにいる秦の望みは、外見からは想像もつかないほど動物的で、暴力的だ。直情的といえるかもしれない。
 それでも、自分の望みを中嶋にぶつけないということは――この男なりに、中嶋との関係を壊したくないと思っているのだろう。
「――……ヤクザも、そのヤクザに関わる男も、おかしい奴ばかりだ……」
 吐息交じりに和彦が洩らすと、秦の指に唇を割り開かれ、小さな錠剤を舌の上にのせられた。驚いた和彦が目を見開くと、安心させるように微笑みかけてきた秦に、口移しで水を飲まされ、そのまま喉に流し込む。次に与えられたのは、深い口づけだった。
 ようやく唇が離されると、和彦は息を喘がせながら問いかける。
「何を、飲ませた」

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