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第14話
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『警察に相談しようと、何度も思ったんだ。だけどそのたびに、お前が本当に望むのかと思って、踏み止まった。そうやって迷っているうちに、お前のお兄さんから連絡がきて、正直、ほっとした。やっと相談できる人が現れたんだ』
「それで、ぼくと連絡を取ったり、会っていることを話したのか」
『……ああ。お兄さん、喜んでいた。無事なことがわかって安心したと』
「あの人は、そんな人間じゃない」
自分でも驚くほど、冷ややかな声が出ていた。電話の向こうで澤村が驚いている気配が伝わってくる。
「家族仲がよくないんだ。佐伯の家では、ぼくは異物だ」
『そうは言っても、医大にも行かせてもらって、心配してくれる家族もいるだろ。お兄さんが言ってたぞ。末っ子を自由にさせすぎたと』
吐き気がするほどドロドロしている佐伯家の内情を、あえて澤村に言う気にはなれなかった。和彦は、自分が示す拒否感に同意してほしいわけではない。
「――……兄さんは、お前に何を頼んだ」
『ひとまず、いつも通りにお前と会ってくれと言われた。待ち合わせをして、一緒にメシを食って……、そうしてくれればいいと。この間、ホテルで中華料理を食ったとき、あの店にお兄さんの知り合いを待機させたらしい。お前の映像を撮って、元気な姿を両親にも見せたかったそうだ』
和彦は、澤村と会って食事をしているとき、妙な気配を感じたことを思い出す。あのとき自分の姿は、しっかりと撮られていたのだ。
『さすがに、お兄さんのことをお前に黙ったまま別れるのも気が引けて、追いかけたんだ。そうしたら、お前は……長嶺くんと一緒にいて、言いそびれた』
ハンカチを買いに来たという澤村の言い訳は無理があったと、和彦は口元に苦笑を浮かべる。
「クリスマスツリーの画像を送ってきたのは、ぼくを誘き出すためだろ」
『お兄さんに、もう一度お前と会ってくれと言われたが、それは無理だと断ったんだ。間を置かずに会いたいと言ったら、お前は絶対警戒するだろ?』
「……ああ」
澤村は、ある部分では和彦をよく知っていたのだ。だから、クリスマスツリーの画像とともに、他愛ない内容のメールを送ってきた。
『佐伯がクリスマスツリーを見に来るなら、運がよければ会えるかもしれないと、お兄さんには言っておいた。お前、あの場所を気に入ってただろ?』
「気に入っているけど、兄さんは、ぼくが姿を見せるまで、毎日あの場所に立っているつもりだったのかな……」
これはほとんど独り言に近いものだったが、澤村は律儀に応じる。聞きたくなかったことを教えてくれた。
『お兄さんが、楽しそうに笑って言っていた。――うちの弟は、好きなものや大事なものを目にしたら、我慢できずにすぐに手を出してしまうタイプだって。こういうところは、子供の頃から変わってないとも。……いいお兄さんじゃないか。お前のことをよく理解してるみたいで』
寒気がした。子供の頃から繰り返されてきた仕打ちを思い出し、胸の奥でどす黒い感情が渦巻く。
これ以上、冷静に話せる余裕がなくなり、和彦は懸命に呼吸を整えて澤村に告げた。
「もう、ぼくの家族には何も教えないでくれ。協力もしなくていい。……ぼくの数少ない友人を、厄介なことに巻き込みたくない」
『おい、俺は厄介なんて――』
「頼むから、言うとおりにしてくれ」
和彦は慌てて電話を切ると、急に込み上げてきた吐き気が堪えられず、トイレに駆け込んだ。
単なる飾りとは思えないほど、凝った刺繍が施された靴下を手に、和彦はぼんやりとクリスマスツリーを眺める。
「なかなか立派でしょう?」
柔らかな声をかけてきたのは、この店のオーナーである秦だ。和彦はやや呆れた口調で応じた。
「ああ。なかなか、とつけるのが申し訳ないぐらいだ」
「クリスマスは派手に盛り上がるイベントの一つなんです。一時とはいえ、せっかく浮世を忘れて楽しんでくださるお客さまのために、店もそれ相応のことをしないと。毎年、多少値段が張っても、ツリーはいいものを選んで、オーナメントも海外から取り寄せたものを使っているんです」
そう言って秦は、テーブルの上に置いた箱の中を覗き込み、オーナメントを取り出していく。向けられた横顔はいつになく楽しげで、艶やかな存在感を放つ怪しい男としての面影はない。
和彦は手を伸ばして、靴下を取り付ける。クリスマスツリーの高さは、二メートルを優に超えている。その高いツリーにライトを巻きつけ、今は靴下やチャームを飾っているところだ。
バランスを無視していいから、とにかく派手に飾りつけてくれというのが、秦からの要望だった。
身長は決して低くない和彦が飾った靴下の上の位置に、悠然と秦がリボンを括りつける。
「それで、ぼくと連絡を取ったり、会っていることを話したのか」
『……ああ。お兄さん、喜んでいた。無事なことがわかって安心したと』
「あの人は、そんな人間じゃない」
自分でも驚くほど、冷ややかな声が出ていた。電話の向こうで澤村が驚いている気配が伝わってくる。
「家族仲がよくないんだ。佐伯の家では、ぼくは異物だ」
『そうは言っても、医大にも行かせてもらって、心配してくれる家族もいるだろ。お兄さんが言ってたぞ。末っ子を自由にさせすぎたと』
吐き気がするほどドロドロしている佐伯家の内情を、あえて澤村に言う気にはなれなかった。和彦は、自分が示す拒否感に同意してほしいわけではない。
「――……兄さんは、お前に何を頼んだ」
『ひとまず、いつも通りにお前と会ってくれと言われた。待ち合わせをして、一緒にメシを食って……、そうしてくれればいいと。この間、ホテルで中華料理を食ったとき、あの店にお兄さんの知り合いを待機させたらしい。お前の映像を撮って、元気な姿を両親にも見せたかったそうだ』
和彦は、澤村と会って食事をしているとき、妙な気配を感じたことを思い出す。あのとき自分の姿は、しっかりと撮られていたのだ。
『さすがに、お兄さんのことをお前に黙ったまま別れるのも気が引けて、追いかけたんだ。そうしたら、お前は……長嶺くんと一緒にいて、言いそびれた』
ハンカチを買いに来たという澤村の言い訳は無理があったと、和彦は口元に苦笑を浮かべる。
「クリスマスツリーの画像を送ってきたのは、ぼくを誘き出すためだろ」
『お兄さんに、もう一度お前と会ってくれと言われたが、それは無理だと断ったんだ。間を置かずに会いたいと言ったら、お前は絶対警戒するだろ?』
「……ああ」
澤村は、ある部分では和彦をよく知っていたのだ。だから、クリスマスツリーの画像とともに、他愛ない内容のメールを送ってきた。
『佐伯がクリスマスツリーを見に来るなら、運がよければ会えるかもしれないと、お兄さんには言っておいた。お前、あの場所を気に入ってただろ?』
「気に入っているけど、兄さんは、ぼくが姿を見せるまで、毎日あの場所に立っているつもりだったのかな……」
これはほとんど独り言に近いものだったが、澤村は律儀に応じる。聞きたくなかったことを教えてくれた。
『お兄さんが、楽しそうに笑って言っていた。――うちの弟は、好きなものや大事なものを目にしたら、我慢できずにすぐに手を出してしまうタイプだって。こういうところは、子供の頃から変わってないとも。……いいお兄さんじゃないか。お前のことをよく理解してるみたいで』
寒気がした。子供の頃から繰り返されてきた仕打ちを思い出し、胸の奥でどす黒い感情が渦巻く。
これ以上、冷静に話せる余裕がなくなり、和彦は懸命に呼吸を整えて澤村に告げた。
「もう、ぼくの家族には何も教えないでくれ。協力もしなくていい。……ぼくの数少ない友人を、厄介なことに巻き込みたくない」
『おい、俺は厄介なんて――』
「頼むから、言うとおりにしてくれ」
和彦は慌てて電話を切ると、急に込み上げてきた吐き気が堪えられず、トイレに駆け込んだ。
単なる飾りとは思えないほど、凝った刺繍が施された靴下を手に、和彦はぼんやりとクリスマスツリーを眺める。
「なかなか立派でしょう?」
柔らかな声をかけてきたのは、この店のオーナーである秦だ。和彦はやや呆れた口調で応じた。
「ああ。なかなか、とつけるのが申し訳ないぐらいだ」
「クリスマスは派手に盛り上がるイベントの一つなんです。一時とはいえ、せっかく浮世を忘れて楽しんでくださるお客さまのために、店もそれ相応のことをしないと。毎年、多少値段が張っても、ツリーはいいものを選んで、オーナメントも海外から取り寄せたものを使っているんです」
そう言って秦は、テーブルの上に置いた箱の中を覗き込み、オーナメントを取り出していく。向けられた横顔はいつになく楽しげで、艶やかな存在感を放つ怪しい男としての面影はない。
和彦は手を伸ばして、靴下を取り付ける。クリスマスツリーの高さは、二メートルを優に超えている。その高いツリーにライトを巻きつけ、今は靴下やチャームを飾っているところだ。
バランスを無視していいから、とにかく派手に飾りつけてくれというのが、秦からの要望だった。
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