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第14話
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それでも今は、優しい錯覚に浸っていたい。
三田村に促され、サンドイッチを手に取る。和彦が眠っている間に、近くのファストフード店まで三田村が買いに行ってくれたものだ。具がたっぷりの大きなサンドイッチとスープは、和彦の普段の朝食としては十分すぎる量だ。
「昼まで一緒にいられるんだろ?」
サンドイッチを頬張る合間に問いかけると、和彦を安心させるように三田村は目元を和らげる。
「ああ。もうそんなに時間はないが、先生の行きたいところがあればつき合う」
「別に今日、どうしても行きたいってところは……ないな。あんたこそ、出かける用はないのか? どこだってつき合うぞ」
「……そんなふうに言われたら、何か考えないとな」
生まじめな顔で考え込む三田村を眺めながら、サンドイッチを食べていた和彦だが、ふと今の時間が気になる。三田村とあとどれぐらい一緒にいられるか、知っておきたかったのだ。
イスの背もたれにかけたジャケットのポケットをまさぐり、携帯電話を取り出す。この部屋を訪れたときは、電源を切るまではしないが、着信音を消しておくようにしている。仮に急な呼び出しがあったとしても、三田村の携帯電話に連絡が入るため、あまり意味のある行為ではないが、少なくともこの部屋では、自分の携帯電話の着信音は聞きたくない。
時間を確認するつもりで携帯電話を開いた和彦だが、メールが届いていることに気がついた。
誰からだろうかと思いながら操作して、送信者の名を確認する。その途端、心臓の鼓動が一度だけ大きく跳ねた。送信者は澤村だった。
ホテルのショップで千尋と一緒にいるところを見られて以来、初めて澤村から連絡をくれたのだ。すっかり距離を置かれたものと思っていた和彦としては、嬉しい反面、戸惑いもある。
「先生、どうかしたか?」
「いや……、友人からメールがきてるんだ」
澤村からのメールは画像つきで、それを見た和彦はつい口元に笑みを浮かべてしまう。
メールの内容は、拍子抜けするほど〈普通〉だった。他愛ないことを、当たり前のように書いてあり、自然だ。自然すぎて不自然だとも言えるが、澤村なりに、和彦に気をつかわせないようにしているのだろう。
自分に都合よく解釈するなら、このメールは、これまで通りつき合っていこうという澤村からのサインなのかもしれない。
「……本当に、見た目によらずお節介で、優しいな、澤村先生は」
小さく呟いた和彦は、携帯電話を三田村に差し出す。三田村は一瞬、物言いたげな顔をしたあと、黙って受け取った。
「タイミングがいいと思わないか、その画像」
携帯電話に視線を落とした三田村に話しかける。
「これはもしかして――」
「クリスマスツリー。他のイルミネーションもきれいで、友人が今時期、女の子を口説くときによく使っている場所だ。去年までは、ぼくも出かけて眺めてたんだ。……そうか、もう、そんな時期なんだな……」
昨夜、ベッドの中で三田村とクリスマスについて話したと思ったら、澤村からはクリスマスツリーの画像が送られてきたのだ。偶然とはいえ、和彦の気持ちを高ぶらせる。
同時に、感傷も刺激された。
ほんの一年前までの、自分の生活を振り返っていた。大手のクリニックで毎日何人もの患者を診てはやり甲斐を感じ、合間に気の置けない友人とバカ話をして笑い、仕事が終われば遊びに出かける。無為に過ごしているようで、あれはあれで充実した日々だった。
今は――。
ふっと三田村と目が合い、こちらから何か言う前に、伸ばされた片手に頬を撫でられた。
「……あまり、寂しそうな顔をしないでくれ、先生」
そう言う三田村のほうが寂しそうな顔をしているように見え、慌ててイスから腰を浮かせた和彦は身を乗り出し、三田村の首にしがみついた。
「違うんだ。そうじゃないっ……」
自分でも何を言い訳したいのかわからないまま、咄嗟にこんなことを言ってしまう。三田村は宥めるように髪を撫でてくれた。
「――先生、このクリスマスツリーを見に行かないか?」
驚いた和彦は三田村から離れると、ストンとイスに座る。
「今晩?」
咄嗟にこう答えたあと、自分の性急さに思わず苦笑を洩らす。三田村は、〈今日〉とは言っていないのだ。
もちろん、優しい三田村は、否とは言わなかった。
「先生の友人が、こうしてメールを送ってきたんだ。先生にも見せたいと思ったんだろ。それに……俺が誘わないと、先生から見に行きたいとは切り出しにくいだろ。武骨で、情緒の欠片なんて持ち合わせてなさそうなヤクザに」
柄にもないことを三田村に言わせているなと思った途端、和彦は笑みをこぼす。ここまで言ってくれた〈オトコ〉に、恥をかかせるわけにはいかなかった。
「行く。……あんたと一緒に」
和彦がこう答えると、三田村は心底ほっとしたような顔をした。
三田村に促され、サンドイッチを手に取る。和彦が眠っている間に、近くのファストフード店まで三田村が買いに行ってくれたものだ。具がたっぷりの大きなサンドイッチとスープは、和彦の普段の朝食としては十分すぎる量だ。
「昼まで一緒にいられるんだろ?」
サンドイッチを頬張る合間に問いかけると、和彦を安心させるように三田村は目元を和らげる。
「ああ。もうそんなに時間はないが、先生の行きたいところがあればつき合う」
「別に今日、どうしても行きたいってところは……ないな。あんたこそ、出かける用はないのか? どこだってつき合うぞ」
「……そんなふうに言われたら、何か考えないとな」
生まじめな顔で考え込む三田村を眺めながら、サンドイッチを食べていた和彦だが、ふと今の時間が気になる。三田村とあとどれぐらい一緒にいられるか、知っておきたかったのだ。
イスの背もたれにかけたジャケットのポケットをまさぐり、携帯電話を取り出す。この部屋を訪れたときは、電源を切るまではしないが、着信音を消しておくようにしている。仮に急な呼び出しがあったとしても、三田村の携帯電話に連絡が入るため、あまり意味のある行為ではないが、少なくともこの部屋では、自分の携帯電話の着信音は聞きたくない。
時間を確認するつもりで携帯電話を開いた和彦だが、メールが届いていることに気がついた。
誰からだろうかと思いながら操作して、送信者の名を確認する。その途端、心臓の鼓動が一度だけ大きく跳ねた。送信者は澤村だった。
ホテルのショップで千尋と一緒にいるところを見られて以来、初めて澤村から連絡をくれたのだ。すっかり距離を置かれたものと思っていた和彦としては、嬉しい反面、戸惑いもある。
「先生、どうかしたか?」
「いや……、友人からメールがきてるんだ」
澤村からのメールは画像つきで、それを見た和彦はつい口元に笑みを浮かべてしまう。
メールの内容は、拍子抜けするほど〈普通〉だった。他愛ないことを、当たり前のように書いてあり、自然だ。自然すぎて不自然だとも言えるが、澤村なりに、和彦に気をつかわせないようにしているのだろう。
自分に都合よく解釈するなら、このメールは、これまで通りつき合っていこうという澤村からのサインなのかもしれない。
「……本当に、見た目によらずお節介で、優しいな、澤村先生は」
小さく呟いた和彦は、携帯電話を三田村に差し出す。三田村は一瞬、物言いたげな顔をしたあと、黙って受け取った。
「タイミングがいいと思わないか、その画像」
携帯電話に視線を落とした三田村に話しかける。
「これはもしかして――」
「クリスマスツリー。他のイルミネーションもきれいで、友人が今時期、女の子を口説くときによく使っている場所だ。去年までは、ぼくも出かけて眺めてたんだ。……そうか、もう、そんな時期なんだな……」
昨夜、ベッドの中で三田村とクリスマスについて話したと思ったら、澤村からはクリスマスツリーの画像が送られてきたのだ。偶然とはいえ、和彦の気持ちを高ぶらせる。
同時に、感傷も刺激された。
ほんの一年前までの、自分の生活を振り返っていた。大手のクリニックで毎日何人もの患者を診てはやり甲斐を感じ、合間に気の置けない友人とバカ話をして笑い、仕事が終われば遊びに出かける。無為に過ごしているようで、あれはあれで充実した日々だった。
今は――。
ふっと三田村と目が合い、こちらから何か言う前に、伸ばされた片手に頬を撫でられた。
「……あまり、寂しそうな顔をしないでくれ、先生」
そう言う三田村のほうが寂しそうな顔をしているように見え、慌ててイスから腰を浮かせた和彦は身を乗り出し、三田村の首にしがみついた。
「違うんだ。そうじゃないっ……」
自分でも何を言い訳したいのかわからないまま、咄嗟にこんなことを言ってしまう。三田村は宥めるように髪を撫でてくれた。
「――先生、このクリスマスツリーを見に行かないか?」
驚いた和彦は三田村から離れると、ストンとイスに座る。
「今晩?」
咄嗟にこう答えたあと、自分の性急さに思わず苦笑を洩らす。三田村は、〈今日〉とは言っていないのだ。
もちろん、優しい三田村は、否とは言わなかった。
「先生の友人が、こうしてメールを送ってきたんだ。先生にも見せたいと思ったんだろ。それに……俺が誘わないと、先生から見に行きたいとは切り出しにくいだろ。武骨で、情緒の欠片なんて持ち合わせてなさそうなヤクザに」
柄にもないことを三田村に言わせているなと思った途端、和彦は笑みをこぼす。ここまで言ってくれた〈オトコ〉に、恥をかかせるわけにはいかなかった。
「行く。……あんたと一緒に」
和彦がこう答えると、三田村は心底ほっとしたような顔をした。
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