血と束縛と

北川とも

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第13話

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「だから、その気はないと言ってるだろ」
「オンナの言い分を聞いてくれるうちは、まだいいが、長嶺は蛇みたいな男だぞ。……そのうち、お前の言うことなんて無視して、押さえつけてでも入れるかもしれない」
 のっそりと和彦の背に覆い被さってきた鷹津が、肌を舐め上げてくる。まだ情欲が冷めていない和彦は、心地よさに身を震わせた。
「あんたなら、刺青を入れた〈女〉を抱いたことがあるだろ」
「ああ。ヤクザとは無縁の、興味本位で入れたっていう若い女だ。……あんな体じゃ、普通の男は腰が引けて逃げ出すな。今頃は本当に、ヤクザかチンピラの女になっているかもしれない」
「……悪徳刑事と寝るぐらいなら、ヤクザも怖くないかもな」
 和彦のささやかな皮肉に対して、返ってきたのは低い笑い声だった。そしてふいに、背にひんやりとした液体を垂らされる。反射的に身を起こそうとしたが、鷹津に肩を押さえつけられた。空になったグラスが目の前に放り出されたため、背にワインを垂らされたようだ。
「自分のことを言ってるのか、佐伯?」
「ぼくは……ヤクザは怖い」
「怖いのに逃げ出さないのか」
 うるさい、と囁くように応じた和彦は、微かに喘ぐ。鷹津が、背に垂らしたワインを舐め取り始めたのだ。背骨のラインに沿って舌が這わされ、手慰みのように強く尻を揉まれる。
「俺が知っているヤクザの女は、独特の色気がある。不健康で、危うくて、見るからに厄介そうで。だからこそ、放っておけない。――お前は、逆だ。男で、一見して健康的で健全で、恵まれた環境にいる、真っ当な社会人に見える。だけど内に抱えたものは、下手なヤクザの女より、厄介で、複雑だ。そういうお前にとってヤクザの男どもは、相性がいいのかもな。体の相性は、俺ともいいが」
「……勝手に決めるな」
 和彦はゆっくりと仰向けになると、自分もワインが飲みたいと鷹津にせがむ。思った通り鷹津は、口移しでワインを飲ませてくれた。そのままベッドの上で絡み合い、再び鷹津と一つになる。
「あっ、あぁっ――……」
 緩やかに内奥を突き上げられながら和彦は、浅ましいと十分わかっていながら、鷹津の腰に両足を絡める。この男相手に恥じらいはいらない。嫌悪感を打ち消すほどの快感を貪るだけだ。
 鷹津の背に爪を立てた和彦は、何げなく視線を窓のほうに向ける。いつの間にか日は落ち、夜の闇に街並みの人工的な明かりが浮かび上がっていた。ここで和彦は、自分が昼から何も食べていないことを思い出す。
「先日といい、あんたと寝ると、空きっ腹を抱えたままになる」
「今から、ルームサービスを頼んでやろうか?」
 ニヤニヤと笑いながら鷹津が言い、ぐうっと内奥深くを突き上げてきた。和彦は唇を噛んで顔を背ける。痺れるような快感が、腰から這い上がってくる。こうなると、答えは一つしかなかった。
「――あとで、いい……」


 コーヒーを一口啜った和彦は、テーブルの上に置いた携帯電話を取り上げる。時間を確認すると、ごく普通のビジネスマンならそろそろ出勤している頃だ。
 そういえば、と和彦は視線を正面に向ける。コーヒーを飲みながら、鷹津は優雅に新聞を開いていた。
「……あんた一応、公務員だろ。仕事に行かなくていいのか」
 新聞から顔を上げた鷹津が、芝居がかった動作で自分の腕時計を見る。
「もう一回楽しめるぐらいの時間はあるぜ?」
「冗談じゃないっ」
 ムキになって言い返した和彦だが、すぐに、この反応ははしたないと思い、顔をしかめた。そんな和彦を、鷹津は口元に笑みを湛えて眺めていた。
「そんなツレない言い方をしなくてもいいだろ。仮にも俺は、一晩過ごした相手だぞ」
 鷹津の言葉に、知らず知らずのうちに和彦の顔は熱くなる。確かに、鷹津の言う通りだった。
 昨日から今朝まで、ずっとこの部屋で過ごしていた。しかも大半の時間は、ベッドの上で絡み合っていた。情欲が鎮まっても、まるで嫌がらせのように鷹津は、和彦を離してくれなかったのだ。
「今朝は目覚めがすっきりだ。なんといっても、ヤクザに踏み込まれる心配もなく、お前とこうしてのんびりと、ルームサービスで頼んだコーヒーを味わえるんだからな」
「あんたはゆっくりすればいい。ぼくにはもうすぐ、迎えが来るんだ」
 これは、本当だ。ロビーで待ち合わせることになっており、その時間は近い。和彦はもう一度携帯電話で時間を確認してから、コーヒーを飲み干した。
 少し早めにロビーに下りておこうと思い、立ち上がる。クロゼットに掛けていたジャケットとコートを着込んでいて、ある大事なことを思い出した。
「なあ、一つ聞いていいか?」
 和彦が声をかけると、鷹津は新聞を畳む。このとき、オールバックにしていない髪を鬱陶しそうに掻き上げた。

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