258 / 1,268
第13話
(21)
しおりを挟む
「だから、その気はないと言ってるだろ」
「オンナの言い分を聞いてくれるうちは、まだいいが、長嶺は蛇みたいな男だぞ。……そのうち、お前の言うことなんて無視して、押さえつけてでも入れるかもしれない」
のっそりと和彦の背に覆い被さってきた鷹津が、肌を舐め上げてくる。まだ情欲が冷めていない和彦は、心地よさに身を震わせた。
「あんたなら、刺青を入れた〈女〉を抱いたことがあるだろ」
「ああ。ヤクザとは無縁の、興味本位で入れたっていう若い女だ。……あんな体じゃ、普通の男は腰が引けて逃げ出すな。今頃は本当に、ヤクザかチンピラの女になっているかもしれない」
「……悪徳刑事と寝るぐらいなら、ヤクザも怖くないかもな」
和彦のささやかな皮肉に対して、返ってきたのは低い笑い声だった。そしてふいに、背にひんやりとした液体を垂らされる。反射的に身を起こそうとしたが、鷹津に肩を押さえつけられた。空になったグラスが目の前に放り出されたため、背にワインを垂らされたようだ。
「自分のことを言ってるのか、佐伯?」
「ぼくは……ヤクザは怖い」
「怖いのに逃げ出さないのか」
うるさい、と囁くように応じた和彦は、微かに喘ぐ。鷹津が、背に垂らしたワインを舐め取り始めたのだ。背骨のラインに沿って舌が這わされ、手慰みのように強く尻を揉まれる。
「俺が知っているヤクザの女は、独特の色気がある。不健康で、危うくて、見るからに厄介そうで。だからこそ、放っておけない。――お前は、逆だ。男で、一見して健康的で健全で、恵まれた環境にいる、真っ当な社会人に見える。だけど内に抱えたものは、下手なヤクザの女より、厄介で、複雑だ。そういうお前にとってヤクザの男どもは、相性がいいのかもな。体の相性は、俺ともいいが」
「……勝手に決めるな」
和彦はゆっくりと仰向けになると、自分もワインが飲みたいと鷹津にせがむ。思った通り鷹津は、口移しでワインを飲ませてくれた。そのままベッドの上で絡み合い、再び鷹津と一つになる。
「あっ、あぁっ――……」
緩やかに内奥を突き上げられながら和彦は、浅ましいと十分わかっていながら、鷹津の腰に両足を絡める。この男相手に恥じらいはいらない。嫌悪感を打ち消すほどの快感を貪るだけだ。
鷹津の背に爪を立てた和彦は、何げなく視線を窓のほうに向ける。いつの間にか日は落ち、夜の闇に街並みの人工的な明かりが浮かび上がっていた。ここで和彦は、自分が昼から何も食べていないことを思い出す。
「先日といい、あんたと寝ると、空きっ腹を抱えたままになる」
「今から、ルームサービスを頼んでやろうか?」
ニヤニヤと笑いながら鷹津が言い、ぐうっと内奥深くを突き上げてきた。和彦は唇を噛んで顔を背ける。痺れるような快感が、腰から這い上がってくる。こうなると、答えは一つしかなかった。
「――あとで、いい……」
コーヒーを一口啜った和彦は、テーブルの上に置いた携帯電話を取り上げる。時間を確認すると、ごく普通のビジネスマンならそろそろ出勤している頃だ。
そういえば、と和彦は視線を正面に向ける。コーヒーを飲みながら、鷹津は優雅に新聞を開いていた。
「……あんた一応、公務員だろ。仕事に行かなくていいのか」
新聞から顔を上げた鷹津が、芝居がかった動作で自分の腕時計を見る。
「もう一回楽しめるぐらいの時間はあるぜ?」
「冗談じゃないっ」
ムキになって言い返した和彦だが、すぐに、この反応ははしたないと思い、顔をしかめた。そんな和彦を、鷹津は口元に笑みを湛えて眺めていた。
「そんなツレない言い方をしなくてもいいだろ。仮にも俺は、一晩過ごした相手だぞ」
鷹津の言葉に、知らず知らずのうちに和彦の顔は熱くなる。確かに、鷹津の言う通りだった。
昨日から今朝まで、ずっとこの部屋で過ごしていた。しかも大半の時間は、ベッドの上で絡み合っていた。情欲が鎮まっても、まるで嫌がらせのように鷹津は、和彦を離してくれなかったのだ。
「今朝は目覚めがすっきりだ。なんといっても、ヤクザに踏み込まれる心配もなく、お前とこうしてのんびりと、ルームサービスで頼んだコーヒーを味わえるんだからな」
「あんたはゆっくりすればいい。ぼくにはもうすぐ、迎えが来るんだ」
これは、本当だ。ロビーで待ち合わせることになっており、その時間は近い。和彦はもう一度携帯電話で時間を確認してから、コーヒーを飲み干した。
少し早めにロビーに下りておこうと思い、立ち上がる。クロゼットに掛けていたジャケットとコートを着込んでいて、ある大事なことを思い出した。
「なあ、一つ聞いていいか?」
和彦が声をかけると、鷹津は新聞を畳む。このとき、オールバックにしていない髪を鬱陶しそうに掻き上げた。
「オンナの言い分を聞いてくれるうちは、まだいいが、長嶺は蛇みたいな男だぞ。……そのうち、お前の言うことなんて無視して、押さえつけてでも入れるかもしれない」
のっそりと和彦の背に覆い被さってきた鷹津が、肌を舐め上げてくる。まだ情欲が冷めていない和彦は、心地よさに身を震わせた。
「あんたなら、刺青を入れた〈女〉を抱いたことがあるだろ」
「ああ。ヤクザとは無縁の、興味本位で入れたっていう若い女だ。……あんな体じゃ、普通の男は腰が引けて逃げ出すな。今頃は本当に、ヤクザかチンピラの女になっているかもしれない」
「……悪徳刑事と寝るぐらいなら、ヤクザも怖くないかもな」
和彦のささやかな皮肉に対して、返ってきたのは低い笑い声だった。そしてふいに、背にひんやりとした液体を垂らされる。反射的に身を起こそうとしたが、鷹津に肩を押さえつけられた。空になったグラスが目の前に放り出されたため、背にワインを垂らされたようだ。
「自分のことを言ってるのか、佐伯?」
「ぼくは……ヤクザは怖い」
「怖いのに逃げ出さないのか」
うるさい、と囁くように応じた和彦は、微かに喘ぐ。鷹津が、背に垂らしたワインを舐め取り始めたのだ。背骨のラインに沿って舌が這わされ、手慰みのように強く尻を揉まれる。
「俺が知っているヤクザの女は、独特の色気がある。不健康で、危うくて、見るからに厄介そうで。だからこそ、放っておけない。――お前は、逆だ。男で、一見して健康的で健全で、恵まれた環境にいる、真っ当な社会人に見える。だけど内に抱えたものは、下手なヤクザの女より、厄介で、複雑だ。そういうお前にとってヤクザの男どもは、相性がいいのかもな。体の相性は、俺ともいいが」
「……勝手に決めるな」
和彦はゆっくりと仰向けになると、自分もワインが飲みたいと鷹津にせがむ。思った通り鷹津は、口移しでワインを飲ませてくれた。そのままベッドの上で絡み合い、再び鷹津と一つになる。
「あっ、あぁっ――……」
緩やかに内奥を突き上げられながら和彦は、浅ましいと十分わかっていながら、鷹津の腰に両足を絡める。この男相手に恥じらいはいらない。嫌悪感を打ち消すほどの快感を貪るだけだ。
鷹津の背に爪を立てた和彦は、何げなく視線を窓のほうに向ける。いつの間にか日は落ち、夜の闇に街並みの人工的な明かりが浮かび上がっていた。ここで和彦は、自分が昼から何も食べていないことを思い出す。
「先日といい、あんたと寝ると、空きっ腹を抱えたままになる」
「今から、ルームサービスを頼んでやろうか?」
ニヤニヤと笑いながら鷹津が言い、ぐうっと内奥深くを突き上げてきた。和彦は唇を噛んで顔を背ける。痺れるような快感が、腰から這い上がってくる。こうなると、答えは一つしかなかった。
「――あとで、いい……」
コーヒーを一口啜った和彦は、テーブルの上に置いた携帯電話を取り上げる。時間を確認すると、ごく普通のビジネスマンならそろそろ出勤している頃だ。
そういえば、と和彦は視線を正面に向ける。コーヒーを飲みながら、鷹津は優雅に新聞を開いていた。
「……あんた一応、公務員だろ。仕事に行かなくていいのか」
新聞から顔を上げた鷹津が、芝居がかった動作で自分の腕時計を見る。
「もう一回楽しめるぐらいの時間はあるぜ?」
「冗談じゃないっ」
ムキになって言い返した和彦だが、すぐに、この反応ははしたないと思い、顔をしかめた。そんな和彦を、鷹津は口元に笑みを湛えて眺めていた。
「そんなツレない言い方をしなくてもいいだろ。仮にも俺は、一晩過ごした相手だぞ」
鷹津の言葉に、知らず知らずのうちに和彦の顔は熱くなる。確かに、鷹津の言う通りだった。
昨日から今朝まで、ずっとこの部屋で過ごしていた。しかも大半の時間は、ベッドの上で絡み合っていた。情欲が鎮まっても、まるで嫌がらせのように鷹津は、和彦を離してくれなかったのだ。
「今朝は目覚めがすっきりだ。なんといっても、ヤクザに踏み込まれる心配もなく、お前とこうしてのんびりと、ルームサービスで頼んだコーヒーを味わえるんだからな」
「あんたはゆっくりすればいい。ぼくにはもうすぐ、迎えが来るんだ」
これは、本当だ。ロビーで待ち合わせることになっており、その時間は近い。和彦はもう一度携帯電話で時間を確認してから、コーヒーを飲み干した。
少し早めにロビーに下りておこうと思い、立ち上がる。クロゼットに掛けていたジャケットとコートを着込んでいて、ある大事なことを思い出した。
「なあ、一つ聞いていいか?」
和彦が声をかけると、鷹津は新聞を畳む。このとき、オールバックにしていない髪を鬱陶しそうに掻き上げた。
44
お気に入りに追加
1,391
あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

朝起きたら幼なじみと番になってた。
オクラ粥
BL
寝ぼけてるのかと思った。目が覚めて起き上がると全身が痛い。
隣には昨晩一緒に飲みにいった幼なじみがすやすや寝ていた
思いつきの書き殴り
オメガバースの設定をお借りしてます
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…


ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる