血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
上 下
255 / 1,268
第13話

(18)

しおりを挟む
「俺が興味あるのは、佐伯だ。とりあえずこいつと繋がっていれば、長嶺や、お前みたいな連中の動向が掴めるからな。……何より、こいつの存在自体が、楽しめる。長嶺どころか、その息子や子分まで垂らし込むぐらいだ。男とはいっても、最高に具合がいい。何より、こんな色男のくせして、女より淫乱だ」
 屈辱と羞恥で、めまいがしてくる。そこに怒りも加わり、本気で鷹津を殴りたくなる。一方、鷹津の生々しい発言を受けても、秦は柔らかな表情を変えなかった。そのくせ唇から出た言葉は、鷹津に負けず劣らず生々しい。
「先生の感じやすさといやらしさを知っているのは、ご自分だけだと思わないほうがいいですよ。わたしも、よく知っていますから。先生の感じやすい場所が、与えたものをいやらしく咥え込む様子も、もちろん、感触も……」
 ほお、と声を洩らした鷹津がこちらを見たので、和彦は必死に睨みつける。虚勢としては、これが限界だった。そしてテーブルの下では、靴先で秦の足を蹴りつける。このときだけは秦は、悪戯っぽい表情で目を眇めた。
「長嶺が何を企んで、自分の大事なオンナに、お前みたいな男が手を出すのを許したか気になるな」
「わたしは、先生の〈遊び相手〉です。あなたが先生の〈番犬〉であるように、役割を与えられているんです」
「――……長嶺といい、お前といい、食えない奴らだ……」
 そう呟いた鷹津が、突然立ち上がる。手首を掴まれたままの和彦も、やむをえず倣う。
「秦との用は済んだ。これからは、俺とお前の用を済ませる時間だ」
 鷹津の言葉の意味をよく理解している和彦は、一度だけ肩を震わせる。
 約束を取り付けて鷹津と会えば、その後に起こりうることは一つしかないのだ。
 なんとか鷹津の手を振り払い、並んで歩きながら振り返る。秦が、嫌味なほど艶やかな笑みで見送っていた。
「長嶺組に、部屋を取らせた」
 ロビーを歩きながら、そう言って鷹津がカードキーを見せてくる。何をされるよりも生々しさを感じ、思わず和彦は顔を背ける。そんな和彦を見て、鷹津は鼻を鳴らす。
「――この間、自分に触れたいなら、しっかり働けと言ったんだ。発言に責任を持たないとな、佐伯」
「悪徳刑事が、人並みのことを言うな……」
 和彦としては精一杯の毒を吐いたつもりだが、鷹津の耳を素通りしたのか、やけに熱心にカードキーを手の中で弄んでいる。そのくせ、エレベーターの到着を告げる音楽には、素早く反応した。
 急に引き返したい気分になったが、それはできない。嫌になるほどヤクザの思考に染まっていると思うが、和彦は、賢吾だけでなく、鷹津の面子のことも考えていた。面子を潰された男は――怖い獣になる。
 長嶺組が取ったという部屋は、男二人が寝ても持て余しそうな広いベッドがある、ダブルルームだった。大きな窓から見渡せる風景は感嘆するほどで、この眺望込みで、部屋の料金は安くないだろう。すでにワインまで準備されていた。
 この部屋は、鷹津のためというより、和彦のために用意されたようだった。部屋を見回して感じるのは、和彦を安く扱う気はないという意思だ。
「俺は、ホテルの部屋を取ってくれとしか言ってないんだぜ」
 ソファにブルゾンを投げ置いた鷹津が口を開く。和彦が見つめると、鷹津は皮肉っぽく唇を歪めた。
「あの組のことだから、それなりの部屋を取ると思ったんだ。それで今日、このホテルに部屋を取ったと連絡が入ったんだが……そのとき、組員がなんと言ったと思う?」
「……さあ」
「さすがに昨日の今日では、スイートルームの予約は無理でした、だと。――大事にされているな。組長のオンナは」
 和彦が何も言えないでいると、鷹津はバスルームのほうを指さした。
「シャワーを浴びてこい」
 ここまできて鷹津に逆らう気も起きなかった。コートとジャケットをハンガーにかけてから、バスルームに向かう。
 バスタオルとバスローブを洗面台のカウンターに並べてから、和彦は鏡を覗き込む。そこには、いつも通りの自分が映っていた。
 落ち着いている自分が不思議だった。感情的にはいろいろと複雑で、割り切れないものもあるのだが、逃げ出すことも、抗うこともせず、和彦はここにいる。
 意外に自分は、男たちの利害や企みに巻き込まれる今の状況が、性に合っているのかもしれない。そんなことを考えながらも和彦は、ワイシャツのボタンを外していた。
 バスタブに入ってシャワーカーテンを引くと、頭から湯を浴びる。
 顔を仰向かせ、目を閉じながら、肌を流れ落ちていく湯の感触に意識を傾けていたが、ふと異変に気づく。ハッとして和彦が視線を向けた先に、いつの間にかシャワーカーテンが開いており、鷹津が立っていた。もちろん、何も身につけていない。

しおりを挟む
感想 80

あなたにおすすめの小説

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

処理中です...