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第13話
(9)
しおりを挟む文庫を開いたまま畳に伏せて、片腕ずつ動かす。うつ伏せで、枕を抱えるような姿勢でずっと本を読んでいたため、背と腕が痛い。
そろそろ寝ようかと思いながら和彦は、仰向けとなる。枕元のライトだけでは、美しい木目の天井を照らすことができず、まるで怪物のような闇が張り付いている。
耳を澄ませば、微かながら人の話し声や物音が聞こえてくる。それに、中庭に吹き込んでくる風の音も。
常に人が出入りする長嶺の本宅を気忙しいと最初は感じていたものだが、慣れてしまえば、これはこれで居心地のいい空間だと思えてきた。本当に一人で落ち着いて過ごしたければ、今住んでいるマンションに閉じこもればいい。
つまり今の和彦は、一人でいたくない気持ちだということだ。
マフラーと手袋を買ったあと、千尋につき合って街を少しぶらついていると、本宅に泊まらないかと切り出された。らしくなく、遠慮がちな表情を浮かべる千尋を見ていると、甘いと言われそうだが、無碍には断れなかった。
意外なことに、本宅に着いてから知らされたのだが、今夜は賢吾はいないそうだ。父親宅――というより、総和会会長宅に呼ばれて、そのまま泊まることになったらしい。
親子水入らずといえば微笑ましいが、長嶺組組長と総和会会長という組み合わせだと考えると、なんとも物騒に思えてくるから不思議だ。
ぼんやりと天井を見上げ、怪物のような闇にも慣れてきた頃、障子の向こうで抑えた足音がした。和彦が顔を横に向けると、静かに障子が開く。
案の定、立っていたのは千尋だった。しかも、小脇にはしっかり枕を抱えている。
昼間、しっかりスーツを着こなしていたくせに、これではまるで、図体の大きな子供のようだ。和彦は小さく噴き出すと、声をかけた。
「ぬいぐるみは抱えてこなくていいのか?」
「俺が抱えるものは、別にあるから」
恥ずかしげもなく言い切られ、和彦のほうが恥ずかしくなってくる。
「……バカ」
許可もしていないのに、千尋はいそいそと部屋に入ってきて障子を閉める。そして、まるで犬のように大きく身震いした。
「先生、この部屋寒くない? エアコン入れたらいいのに」
「寝るときに入れると、空気が乾燥して喉が痛くなるから、あまり好きじゃないんだ」
「それじゃあ、俺の出番だね」
にんまりと笑った千尋に布団を指さされ、仕方なく和彦は自分の枕の位置をずらして、スペースを作ってやる。ポンッと枕を置いた千尋が、布団に潜り込んできた。
自分とは明らかに違う体温が、浴衣を通してじんわりと伝わってくる。和彦は片手を伸ばして文庫を閉じると、その手で千尋の頭を抱き寄せてやる。可愛い〈犬っころ〉は、嬉々とした様子で和彦にしがみついてきた。
「――昼間のこと、気にしてくれているのか?」
頭を撫でながら和彦が尋ねると、胸に顔を埋め、くぐもった声で千尋が答えた。
「俺と先生とじゃ違うと言うかもしれないけど、堅気の人間が離れていく寂しさは、俺も知ってるし、避けられるのが嫌で、自分から離れたこともある。……いや、まだ、澤村先生が離れていくって決まったわけじゃないけどさ」
和彦は千尋の髪に顔を埋めると、唇に笑みを刻む。
「お前、そんなに優しくて甘くて、本当に将来、長嶺組を背負っていけるのか」
「俺が優しくて甘いのは、先生に対してだけだ。ヤクザとしての俺は……嫌な奴だよ。そうなるよう、努力している。なんといっても、大蛇の息子だからね」
「……大蛇の息子、か。お前もそのうち――」
話しながら和彦は、てのひらを千尋の背に這わせる。しなやかな筋肉に覆われた体は、千尋だけが持っている感触だ。
「父親みたいに、大蛇の刺青を背中に入れるのかな」
千尋が着ているトレーナーの下に手を忍び込ませ、刺青の入っていない滑らかな肌を撫でる。千尋はブルリと身震いした。
「あっ、悪い。手が冷たかったか」
「違う。先生の手つきが、ものすごくいやらしくて、興奮した……」
上目遣いに見上げてきた千尋が、悪戯っぽく笑いかけてくる。そのくせ、ライトの光を受けた目は、強い輝きを放っていた。確かに、欲情している目だ。
胸の奥で妖しい衝動がうねるのを自覚しながら、和彦は努めて平静な声で告げた。
「おとなしく寝ろ。そうじゃないと、布団に入れてやらないぞ」
「――先生、お母さんみたい」
和彦は、千尋の髪を軽く引っ張る。
「誰がお母さんだ」
「だって、俺にベタベタに甘いじゃん。……俺だけ、甘やかしてくれる」
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