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第13話
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もともとイベント事に疎く、興味もないため、誰かと集まって騒ぐこともなかったのだが、今年は特別だ。特殊な環境で日々を過ごし、普通の人間であればありえないような出来事を体験してきた。世間と切り離されたような世界にいても、人並みに何かのイベントに立ち合えるかもしれない。
ここでふと、ヤクザにもクリスマスなど関係あるのだろうかと考えた途端、和彦は顔を伏せて笑ってしまう。あまりに似合わなくて、おかしかったのだ。
「どうした、佐伯?」
「今年はいろいろあったから、クリスマスぐらい能天気に楽しめるかなと思ったんだ」
「いい傾向じゃないか。お友達と集まって、クリスマスパーティーでもしたらどうだ」
明らかにからかわれているとわかり、笑いながら和彦は、澤村の脇腹を肘で小突く。
エレベーターで一階に降り、当然のように澤村はロビーに向かおうとしたが、和彦は立ち止まって声をかける。
「澤村、ぼくはここで」
振り返った澤村が、不思議そうに首を傾げる。
「車で来たんじゃないのか? 駐車場はこっちからのほうが近いだろ。タクシーに乗るにしても――」
「ホテルのショッピングアーケードで、ちょっと買いたいものがあるんだ」
「買いたいもの?」
「手袋。それに、マフラーも変わった色合いのものがあれば欲しいなと」
和彦は、首に巻いたマフラーの端を弄ぶ。実は昨日、千尋と会ったとき、もう少し華やかな柄や色のマフラーを巻いてはどうかと言われたのだ。渋い色のマフラーばかりなのもどうかと思っていた和彦としては、当然、買い物好きの血が騒ぐ。
「残念。俺も時間があればつき合いたいところだが、これから用があるんだ」
「せっかくクリニックが休みだっていうのに、忙しいみたいだな」
「俺の体は一つしかないっていうのに、女の子たちが独占したがってな」
適当な返事をした和彦はヒラヒラと手を振り、澤村は笑いながらロビーへと向かう。その後ろ姿を見送ってから、さっそく和彦も場所を移動する。
紳士用品を扱っているショップに入り、手袋が置いてあるスペースにまっすぐ向かおうとして、その途中で目についたワイシャツについ気を取られる。
今の生活で和彦は、スーツを着る機会はそう多くない。今日は澤村と会うため、無難にスーツを選びはしたが、普段はラフな服装で過ごしている。対照的に、スーツばかり身につけているのは、和彦の〈オトコ〉のほうだ。
地味な色のスーツに合わせて、ワイシャツの色もごくありふれたものばかりを身につけている三田村に、注文をつける気はない。地味ではあっても、いい品を選んでいることを和彦は知っている。
二人が逢瀬に使っている部屋にワイシャツの買い置きがある。その中に、新しく買ったものを紛れ込ませておこうかと思いながら、陳列されているさまざまな色のワイシャツを眺める。
「――ワイシャツをお探しですか、お客様」
目移りしている和彦に、そう話しかけてきた人物がいた。その声と口調には覚えがあり、同時に懐かしい。
思わず笑みをこぼした和彦が隣を見ると、スーツ姿の千尋が立っていた。意外な場所での、意外な出会いだ。
「その口調を聞くと、お前と初めてカフェで会ったときを思い出すな」
「なかなかの好青年っぷりだったろ。今はさらに磨きがかかって――」
「スーツ姿も板についてきたな」
和彦がこう言うと、千尋は嬉しそうに目を輝かせる。和彦は周囲を見回してから、そんな千尋の頬を軽く抓り上げた。
「……ところで、なんでお前がここにいる。仕事じゃないのか」
「仕事とはいっても、ちょっとした雑用で、もう終わったよ。だから、先生が今日、澤村先生とここでメシを食うって聞いてたから、寄ってみたんだ。でも、メシ食ってるとこに顔出すわけにはいかないじゃん?」
「そうだな」
「先生のことだから、昨日、俺が言ったことを気にかけて、さっそく新しいマフラーを探してるんじゃないかと思ってさ。ここに来ると踏んでたわけ」
得意げに話す千尋だが、和彦が立ち寄らなければどうするつもりだったのだろうと、思わなくもない。せめてメールでも送ってくれたら、澤村と別れたあと簡単に待ち合わせもできたのだ。それをしなかったということは――。
和彦は千尋の腕を引っ張り、マフラーを置いてあるスペースへと移動する。
「気をつかってくれたんだな、千尋。ぼくの邪魔をしないように」
「どうかな。なんか、かっこいいじゃん。待ち合わせもしてないのに、俺が先生の行動をピタリと予測して、こうして会えるなんて」
子供っぽいことを言う千尋の顔つきは、すでにもう立派な青年のものだ。いつもはこんな凛々しい顔で、長嶺組の跡継ぎとして忙しく仕事をし、人と会っているのだろう。
ここでふと、ヤクザにもクリスマスなど関係あるのだろうかと考えた途端、和彦は顔を伏せて笑ってしまう。あまりに似合わなくて、おかしかったのだ。
「どうした、佐伯?」
「今年はいろいろあったから、クリスマスぐらい能天気に楽しめるかなと思ったんだ」
「いい傾向じゃないか。お友達と集まって、クリスマスパーティーでもしたらどうだ」
明らかにからかわれているとわかり、笑いながら和彦は、澤村の脇腹を肘で小突く。
エレベーターで一階に降り、当然のように澤村はロビーに向かおうとしたが、和彦は立ち止まって声をかける。
「澤村、ぼくはここで」
振り返った澤村が、不思議そうに首を傾げる。
「車で来たんじゃないのか? 駐車場はこっちからのほうが近いだろ。タクシーに乗るにしても――」
「ホテルのショッピングアーケードで、ちょっと買いたいものがあるんだ」
「買いたいもの?」
「手袋。それに、マフラーも変わった色合いのものがあれば欲しいなと」
和彦は、首に巻いたマフラーの端を弄ぶ。実は昨日、千尋と会ったとき、もう少し華やかな柄や色のマフラーを巻いてはどうかと言われたのだ。渋い色のマフラーばかりなのもどうかと思っていた和彦としては、当然、買い物好きの血が騒ぐ。
「残念。俺も時間があればつき合いたいところだが、これから用があるんだ」
「せっかくクリニックが休みだっていうのに、忙しいみたいだな」
「俺の体は一つしかないっていうのに、女の子たちが独占したがってな」
適当な返事をした和彦はヒラヒラと手を振り、澤村は笑いながらロビーへと向かう。その後ろ姿を見送ってから、さっそく和彦も場所を移動する。
紳士用品を扱っているショップに入り、手袋が置いてあるスペースにまっすぐ向かおうとして、その途中で目についたワイシャツについ気を取られる。
今の生活で和彦は、スーツを着る機会はそう多くない。今日は澤村と会うため、無難にスーツを選びはしたが、普段はラフな服装で過ごしている。対照的に、スーツばかり身につけているのは、和彦の〈オトコ〉のほうだ。
地味な色のスーツに合わせて、ワイシャツの色もごくありふれたものばかりを身につけている三田村に、注文をつける気はない。地味ではあっても、いい品を選んでいることを和彦は知っている。
二人が逢瀬に使っている部屋にワイシャツの買い置きがある。その中に、新しく買ったものを紛れ込ませておこうかと思いながら、陳列されているさまざまな色のワイシャツを眺める。
「――ワイシャツをお探しですか、お客様」
目移りしている和彦に、そう話しかけてきた人物がいた。その声と口調には覚えがあり、同時に懐かしい。
思わず笑みをこぼした和彦が隣を見ると、スーツ姿の千尋が立っていた。意外な場所での、意外な出会いだ。
「その口調を聞くと、お前と初めてカフェで会ったときを思い出すな」
「なかなかの好青年っぷりだったろ。今はさらに磨きがかかって――」
「スーツ姿も板についてきたな」
和彦がこう言うと、千尋は嬉しそうに目を輝かせる。和彦は周囲を見回してから、そんな千尋の頬を軽く抓り上げた。
「……ところで、なんでお前がここにいる。仕事じゃないのか」
「仕事とはいっても、ちょっとした雑用で、もう終わったよ。だから、先生が今日、澤村先生とここでメシを食うって聞いてたから、寄ってみたんだ。でも、メシ食ってるとこに顔出すわけにはいかないじゃん?」
「そうだな」
「先生のことだから、昨日、俺が言ったことを気にかけて、さっそく新しいマフラーを探してるんじゃないかと思ってさ。ここに来ると踏んでたわけ」
得意げに話す千尋だが、和彦が立ち寄らなければどうするつもりだったのだろうと、思わなくもない。せめてメールでも送ってくれたら、澤村と別れたあと簡単に待ち合わせもできたのだ。それをしなかったということは――。
和彦は千尋の腕を引っ張り、マフラーを置いてあるスペースへと移動する。
「気をつかってくれたんだな、千尋。ぼくの邪魔をしないように」
「どうかな。なんか、かっこいいじゃん。待ち合わせもしてないのに、俺が先生の行動をピタリと予測して、こうして会えるなんて」
子供っぽいことを言う千尋の顔つきは、すでにもう立派な青年のものだ。いつもはこんな凛々しい顔で、長嶺組の跡継ぎとして忙しく仕事をし、人と会っているのだろう。
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