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第13話
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携帯電話は持っていくが、念のため、外出することを長嶺組に報告しておく。組員からは、すぐに護衛の人間を向かわせると言われたが、中嶋が同行することを告げると、渋々引き下がってくれた。
総和会の中で出世した中嶋への信頼感の表れか、何かしらの思惑があるのか――と考えるのは、穿ちすぎかもしれない。
身支度を整えた和彦がエントランスに降りたとき、約束した時間には五分ほど早かったが、マンション前まで出ると、すでにタクシーが一台停まっていた。中から中嶋が手を振っている。
「――それで、どこまで行くんだ」
タクシーが走り始めてから、首に巻いたマフラーの端を弄びながら和彦は尋ねる。
「知り合いの店です」
漠然と察するものがあり、和彦はじろりと中嶋を見る。一方の中嶋は、ニヤリと笑ってこう言った。
「先生、そんな顔したら、せっかくの色男ぶりが台無しですよ」
「……なるほど。飲みに行くのは二人だが、他にもう一人、すでに店で待っているんだな」
「そういうことです」
「いろいろと言いたいことはあるが、まあ、いい。誰がいるかわからない場所に連れて行かれるより、よほど安心かもしれない」
多分、と和彦は心の中でひっそりと付け足す。中嶋は、和彦が怒り出さなかったことに安堵したのか、ほっと息を吐き出してシートにもたれかかった。
「正直、どんな顔をして、〈あの人〉と顔を合わせればいいのかわからないんですよ。前のように、気楽につき合いたい気もするが、そうじゃないような気もする――」
「それで、ぼくを利用しようと思ったんだな」
「そう言わないでください。先生と楽しく飲みたい気持ちもあるんですよ」
本音かどうか怪しいものだが、美味いアルコールを飲ませてくれることだけは、確かなようだった。
グラスに口をつけながら和彦は、横目で隣を見る。中嶋は、普通の青年のような顔をして笑っていた。
正体がわかっていながら、こうして見る姿は、とうていヤクザには見えない。ノーネクタイのため、スーツ姿とはいっても寛いで見えるが、それでも雰囲気は若いビジネスマンのものだ。
「――先生、飲んでますか?」
正面に腰掛けた秦に問われ、数瞬言葉に詰まってから、和彦は軽くグラスを掲げて見せる。
中嶋も相変わらずなら、秦も相変わらずだ。相変わらず、柔らかく艶やかな雰囲気をまとい――胡散臭い。秦の場合、自分の独特の存在感を武器にしている節すらあるので、和彦が露骨に警戒する姿を、楽しんでいるかもしれない。
「飲んでる」
「客もホストもいないホストクラブで、男三人で飲むというのも、新鮮でしょう?」
「イイ男二人に囲まれて、贅沢な気分だ」
わざと素っ気ない口調で応じると、隣で中嶋が派手に噴き出す。急に和彦は心配になり、中嶋のあごを掴み寄せて顔を覗き込む。
「もしかして、もう酔っ払ったのか」
和彦の突然の行動に驚いたように中嶋は目を丸くしたあと、やけに嬉しげに笑った。
「まだ、大丈夫ですよ。先生の冷めた口調と冗談の加減が、妙にツボで……」
「ぼくの冗談で笑うようなら、本当に酔ってるんじゃないか」
中嶋がさらに笑い声を洩らし、和彦は、大丈夫かと秦に視線を向ける。優雅に足を組み替えた秦は、中嶋を指さした。
「リラックスしてるときは、こんな感じですよ、こいつは。ホスト時代は、どれだけ客から飲まされようが、顔色一つ変えなかった。だけど、仲間内で飲むと、まっさきに酔っ払って、つまらないことで笑い転げる」
「……つまらないこと……、つまり、ぼくの冗談はつまらないということだな」
ぽつりと和彦が洩らすと、失礼なことに、中嶋と秦が同時に噴き出した。
「先輩・後輩揃って、失礼な連中だな……」
怒ったふりをして席を立った和彦は、カウンターへと向かう。
「先生?」
「カウンターの中に、いいウィスキーを隠してあるだろ。さっき見えたんだ」
なんでも自由に飲んでくれと最初に言われたため、遠慮する気はなかった。秦という男は信頼していない和彦だが、秦の店の品揃えについては信頼しているのだ。
素早く立ち上がった秦が、カウンターに入る。
「封を開けるので、ちょっと待ってください。ついでに、新しい氷も出しますね」
そこに、中嶋からカクテルの注文が入り、苦笑しながら秦が準備を始める。和彦は、カウンターにもたれかかりながら、改めて店内を見回していた。
このホストクラブを訪れるのは初めてではない。実は前に一度、来ていた。
そのときのことを思い出し、和彦の頬は熱くなってくる。もちろん、酔いのせいではない。
総和会の中で出世した中嶋への信頼感の表れか、何かしらの思惑があるのか――と考えるのは、穿ちすぎかもしれない。
身支度を整えた和彦がエントランスに降りたとき、約束した時間には五分ほど早かったが、マンション前まで出ると、すでにタクシーが一台停まっていた。中から中嶋が手を振っている。
「――それで、どこまで行くんだ」
タクシーが走り始めてから、首に巻いたマフラーの端を弄びながら和彦は尋ねる。
「知り合いの店です」
漠然と察するものがあり、和彦はじろりと中嶋を見る。一方の中嶋は、ニヤリと笑ってこう言った。
「先生、そんな顔したら、せっかくの色男ぶりが台無しですよ」
「……なるほど。飲みに行くのは二人だが、他にもう一人、すでに店で待っているんだな」
「そういうことです」
「いろいろと言いたいことはあるが、まあ、いい。誰がいるかわからない場所に連れて行かれるより、よほど安心かもしれない」
多分、と和彦は心の中でひっそりと付け足す。中嶋は、和彦が怒り出さなかったことに安堵したのか、ほっと息を吐き出してシートにもたれかかった。
「正直、どんな顔をして、〈あの人〉と顔を合わせればいいのかわからないんですよ。前のように、気楽につき合いたい気もするが、そうじゃないような気もする――」
「それで、ぼくを利用しようと思ったんだな」
「そう言わないでください。先生と楽しく飲みたい気持ちもあるんですよ」
本音かどうか怪しいものだが、美味いアルコールを飲ませてくれることだけは、確かなようだった。
グラスに口をつけながら和彦は、横目で隣を見る。中嶋は、普通の青年のような顔をして笑っていた。
正体がわかっていながら、こうして見る姿は、とうていヤクザには見えない。ノーネクタイのため、スーツ姿とはいっても寛いで見えるが、それでも雰囲気は若いビジネスマンのものだ。
「――先生、飲んでますか?」
正面に腰掛けた秦に問われ、数瞬言葉に詰まってから、和彦は軽くグラスを掲げて見せる。
中嶋も相変わらずなら、秦も相変わらずだ。相変わらず、柔らかく艶やかな雰囲気をまとい――胡散臭い。秦の場合、自分の独特の存在感を武器にしている節すらあるので、和彦が露骨に警戒する姿を、楽しんでいるかもしれない。
「飲んでる」
「客もホストもいないホストクラブで、男三人で飲むというのも、新鮮でしょう?」
「イイ男二人に囲まれて、贅沢な気分だ」
わざと素っ気ない口調で応じると、隣で中嶋が派手に噴き出す。急に和彦は心配になり、中嶋のあごを掴み寄せて顔を覗き込む。
「もしかして、もう酔っ払ったのか」
和彦の突然の行動に驚いたように中嶋は目を丸くしたあと、やけに嬉しげに笑った。
「まだ、大丈夫ですよ。先生の冷めた口調と冗談の加減が、妙にツボで……」
「ぼくの冗談で笑うようなら、本当に酔ってるんじゃないか」
中嶋がさらに笑い声を洩らし、和彦は、大丈夫かと秦に視線を向ける。優雅に足を組み替えた秦は、中嶋を指さした。
「リラックスしてるときは、こんな感じですよ、こいつは。ホスト時代は、どれだけ客から飲まされようが、顔色一つ変えなかった。だけど、仲間内で飲むと、まっさきに酔っ払って、つまらないことで笑い転げる」
「……つまらないこと……、つまり、ぼくの冗談はつまらないということだな」
ぽつりと和彦が洩らすと、失礼なことに、中嶋と秦が同時に噴き出した。
「先輩・後輩揃って、失礼な連中だな……」
怒ったふりをして席を立った和彦は、カウンターへと向かう。
「先生?」
「カウンターの中に、いいウィスキーを隠してあるだろ。さっき見えたんだ」
なんでも自由に飲んでくれと最初に言われたため、遠慮する気はなかった。秦という男は信頼していない和彦だが、秦の店の品揃えについては信頼しているのだ。
素早く立ち上がった秦が、カウンターに入る。
「封を開けるので、ちょっと待ってください。ついでに、新しい氷も出しますね」
そこに、中嶋からカクテルの注文が入り、苦笑しながら秦が準備を始める。和彦は、カウンターにもたれかかりながら、改めて店内を見回していた。
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