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第13話
(1)
しおりを挟む組員に出迎えられて、組事務所に足を踏み入れた和彦は、ほっと息を吐き出す。車での移動とはいえ、わずかな間でも外に出ると寒さが堪えるようになった。
組事務所の中はよく暖房が効いており、応接間に案内されながら、首からマフラーを外す。これまで、マフラーを巻く習慣はなかった和彦だが、出かけるたびに、賢吾を始めとした長嶺組の人間に、首回りが寒くないかと聞かれ、答えるのも面倒になって巻くようになった。
大事にされているのはわかるが、少々過保護ではないかと感じなくもない。ただ、こんなことで抗議の声を上げるほどではない。和彦がマフラーを巻くことで安心するなら、そうするだけだ。
応接間に通されてコートを脱いでいると、コーヒーが運ばれてきてすぐに、今日、ここで会うことになっている人物が姿を見せた。ファイルを小脇に抱えた姿が、ビジネスマンに見えなくもない三田村だ。
「寒い中、わざわざ出てきてもらってすまない、先生」
コートを傍らに置いた和彦は、小さく首を横に振る。
「とんでもない。仕事なんだから、どこにだって出かける。だいたい、開業したら、ぼくはほぼ毎日、出勤しないといけないんだ」
「ああ。開業までに、先生専属の運転手を決めないとな」
和彦が目を丸くすると、三田村は口元に薄い笑みを刻みながら、正面のソファに腰掛ける。仕事の話をするための位置だ。
「先生は、クリニックの仕事に集中してくれたらいい。組に関わることや、先生自身の身の安全について考えるのは、俺たちの仕事だ」
「……そこは、あんたたちを信用している」
よかった、と小さな声で三田村が呟く。その声があまりに優しくて、和彦の頬は知らず知らずのうちに熱くなる。もしかすると、応接室も暖房が効きすぎているのかもしれない。
「そこで今日来てもらったのは、その、クリニックの仕事と、組に関わることだ」
そう言って三田村が、ファイルを差し出してくる。受け取った和彦が開くと、履歴書のコピーと書類が挟んであった。簡単に履歴書のほうに目を通して、和彦は頷く。
「ああ、クリニックのスタッフ募集で応募してきた人のものだな」
「胡散臭い人間を先生に会わせるわけにはいかないから、履歴書を送ってきた人間の身辺調査を軽くしてみた。組で問題ないと判断した人間のものは、これだけだ。まだ多いぐらいだが、先生に目を通しておいてもらいたい」
コンサルタントに依頼して、クリニックで働くスタッフを、医療系の求人サイトや求人誌で募集をかけてもらっていたのだが、和彦がのんびりしている間にも、長嶺組はしっかりと動いていたようだ。
勤務は日勤のみで、週休二日。給与は、美容外科のスタッフとしては平均的な額。こういった条件を掲載してもらったが、それでもこちらの予想を超えて反応はあった。
好条件で人材を集める必要はなく、日中の、〈表向き〉の業務さえきちんとこなせるなら、それで十分なのだ。長嶺組の人間がチェックして、これだけの人間が問題ないと判断されたのなら、あとは面接を経て、数人を採用することになるだろう。
大事なのはむしろ、組絡みの業務に携わる人材だ。
「それで、数日中には書類選考の結果を連絡して、来月中旬には、面接を行いたいと思っている。もちろん、先生には立ち合ってもらうが、組の関係者も同席させたいと思っている」
「関係者?」
「長嶺組のフロント企業を統括している人間が、こういった席に慣れているから、面接を任せてみたらどうかと組長に提案されたんだ」
話しながら三田村は、気づかうように和彦を見る。何もかも長嶺組主導で決められることに、和彦が気を悪くするのではないかと心配しているのだろう。
「ぼくのほうは、それでかまわない。経営のノウハウも何もないんだ。クリニックを持たせてやると言われたときから、何もかも組の意向で決まると思っていた。むしろ、内装から家具選びまで、ぼくの自由にさせてくれたことのほうが意外だったんだ。あとのぼくの仕事は、開業してから患者を診ていくだけだ」
「……先生は、察しがいい」
「あんたが、わかりやすすぎるんだ。初めて会ったときは、表情がなくて、何を考えているのかわからない男だと思ったが、今は――少しわかりやすすぎるかもな」
驚いたように目を見開いた三田村だが、すぐに微苦笑を浮かべ、自分の頬を撫でた。
「自分では、そんなつもりはないんだが……」
「だったらぼくが、勘がよくなったのかもな。あんたの些細な変化を見抜けるようになった」
「それは……怖いな。先生に隠し事ができない」
和彦は澄ました顔で問いかける。
「隠したいことがあるのか?」
「――先生に知られたくないことは、いくらでもある。俺は、ヤクザだからな」
「だったら、上手く隠してくれ」
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引き続き宜しくお願いします。
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