血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
上 下
236 / 1,268
第12話

(19)

しおりを挟む
 淡々とした口調で三田村が応じると、いきなり鷹津がこちらを見て、和彦の手首を掴んできた。
「違うな。俺は、こいつの番犬だ。あんな蛇みたいな男は関係ない」
「……そのあたりの事情は、俺には関係ない」
 ほお、と声を洩らした鷹津が、掴んだ和彦の手を引き寄せ、指に唇を押し当てた。驚いた和彦は、咄嗟に手を抜き取る。
「何するんだっ」
「そんなに顔色を変えなくてもいいだろ。いまさら、これぐらいのことで」
 これは、自分ではなく、三田村に対する鷹津の嫌がらせだと理解したとき、思いがけず和彦の口から冷ややかな声で出ていた。
「誰が、ぼくに勝手に触っていいと言った」
 鷹津がスッと目を細め、剣呑とした空気を和彦にまで向けてくる。しかし和彦は怯まなかった。
 鷹津を番犬として躾けるために必要なのは、鞭だ。力では敵わないからこそ、言葉という鞭を効果的にふるう必要がある。
「ぼくに触れたいなら、しっかり働け。――ぼくはあんたが嫌いなんだ。だから、安売りはしない」
 できる限り傲慢に言い放ったつもりだった。それでも、和彦と濃密な関係を持つ男たちなら、これが必死の虚勢だと容易にわかるだろう。
 そして、まったくの他人とも言えなくなった鷹津は、多分、見抜いたはずだ。
 和彦の髪先を引っ張ってから、揶揄するような口調でこう言ったのだ。
「……お前は可愛い〈オンナ〉だな、佐伯。蛇みたいな長嶺が、骨抜きになるのもわかる。そっちの若頭補佐も、お前にぞっこんだ。今にも俺に飛びかかりそうな顔をしてる」
 和彦が視線を向けた先で、三田村は相変わらずの無表情だった。ただ眼差しだけは、殺気を帯びて険しい。
 三田村と鷹津は互いを射竦めるように、鋭い眼差しを交わし合ったあと、それぞれ歩き出す。
 三田村は、和彦に向かって。鷹津は廊下のほうに。
 ほっとした和彦が三田村に身を寄せようとしたとき、玄関に向かいながら鷹津が言った。
「佐伯、俺を挑発したことを、しっかり覚えておけよ。俺は、長嶺に負けず劣らず執念深いからな。次にお前を抱くときは、容赦しない。俺が働いた分、しっかり体で払ってもらうからな」
 いろいろと言いたいことはあったが、今は一刻でも早く、鷹津をこの場から立ち去らせるほうが先だ。
 鷹津の姿がドアの向こうに消えるのを待って、すぐに和彦は施錠する。
「――先生」
 三田村に呼ばれて振り返ると、あっという間に腕を掴まれ引き寄せられていた。
 抱き締めてもらったことに安堵して、和彦はほっと息を吐き出し、三田村の肩に額を押し当てた。
「すまなかった……。せっかく来てもらったのに、あの男と鉢合わせするようなことになって……」
 実は今日、クリニックを訪れてすぐに、三田村に連絡を入れていたのだ。しばらくここで過ごすため、時間があれば顔だけでも見せてくれないか、と。
 鷹津と体を重ねてから、初めて三田村と話したが、電話越しに聞くハスキーな声は少し冷たく聞こえた。そのため、来てくれないのではないかと心配していたのだ。その心配は杞憂に終わったが、よりによって鷹津まで顔を出すという事態は、予想外だった。
「嫌な思いをさせた――」
「かまわない。俺も一度、あいつとは先生のことで会わないといけないと思っていた。ちょうどいい機会だ」
 ここで、三田村の手がうなじにかかり、撫でられる。顔を上げた和彦は、やや強引に唇を塞がれた。
 眩暈がするほど、三田村との口づけは心地いい。違和感なく和彦の心と体に溶け込むようだ。
「……本当は、もっと早く会いたかった。だけど、怖かったんだ。鷹津と寝たぼくに対して、あんたがいままでとは違う反応を示すんじゃないかって。組長や千尋とも寝ていて、何を気にしているんだって思うかもしれないが――……怖かった。声を聞いて、顔を見て、こうして抱き締めてほしかったけど、怖かったんだ、三田村」
 何度となく唇を重ね、舌先を触れ合わせながら、和彦はたどたどしく自分の気持ちを言葉にする。三田村は黙って最後まで聞いてくれたあと、優しい声で言った。
「俺は、先生をこんなふうに追い詰めるのが、怖かった。俺なんかとは違って、繊細な先生のことだから、武骨な男の無神経な言葉や仕草で、傷つくんじゃないかと」
 三田村の言葉に、和彦は目を見開いたあと、また笑みをこぼす。そんな和彦を、三田村は慈しむような眼差しで見つめてくる。
 和彦は三田村の頬に両手をかけると、あごの傷跡にそっと舌先を這わせた。
「そんな心配しないでくれ。ぼくのオトコは、誰よりも優しいんだから」
 三田村は返事の代わりに、貪るように激しい口づけを与えてくれる。
 和彦のオトコは、優しい反面、狂おしいほどの独占欲を持っていると、その口づけは雄弁に物語っていた。

しおりを挟む
感想 80

あなたにおすすめの小説

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

処理中です...