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第12話
(19)
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淡々とした口調で三田村が応じると、いきなり鷹津がこちらを見て、和彦の手首を掴んできた。
「違うな。俺は、こいつの番犬だ。あんな蛇みたいな男は関係ない」
「……そのあたりの事情は、俺には関係ない」
ほお、と声を洩らした鷹津が、掴んだ和彦の手を引き寄せ、指に唇を押し当てた。驚いた和彦は、咄嗟に手を抜き取る。
「何するんだっ」
「そんなに顔色を変えなくてもいいだろ。いまさら、これぐらいのことで」
これは、自分ではなく、三田村に対する鷹津の嫌がらせだと理解したとき、思いがけず和彦の口から冷ややかな声で出ていた。
「誰が、ぼくに勝手に触っていいと言った」
鷹津がスッと目を細め、剣呑とした空気を和彦にまで向けてくる。しかし和彦は怯まなかった。
鷹津を番犬として躾けるために必要なのは、鞭だ。力では敵わないからこそ、言葉という鞭を効果的にふるう必要がある。
「ぼくに触れたいなら、しっかり働け。――ぼくはあんたが嫌いなんだ。だから、安売りはしない」
できる限り傲慢に言い放ったつもりだった。それでも、和彦と濃密な関係を持つ男たちなら、これが必死の虚勢だと容易にわかるだろう。
そして、まったくの他人とも言えなくなった鷹津は、多分、見抜いたはずだ。
和彦の髪先を引っ張ってから、揶揄するような口調でこう言ったのだ。
「……お前は可愛い〈オンナ〉だな、佐伯。蛇みたいな長嶺が、骨抜きになるのもわかる。そっちの若頭補佐も、お前にぞっこんだ。今にも俺に飛びかかりそうな顔をしてる」
和彦が視線を向けた先で、三田村は相変わらずの無表情だった。ただ眼差しだけは、殺気を帯びて険しい。
三田村と鷹津は互いを射竦めるように、鋭い眼差しを交わし合ったあと、それぞれ歩き出す。
三田村は、和彦に向かって。鷹津は廊下のほうに。
ほっとした和彦が三田村に身を寄せようとしたとき、玄関に向かいながら鷹津が言った。
「佐伯、俺を挑発したことを、しっかり覚えておけよ。俺は、長嶺に負けず劣らず執念深いからな。次にお前を抱くときは、容赦しない。俺が働いた分、しっかり体で払ってもらうからな」
いろいろと言いたいことはあったが、今は一刻でも早く、鷹津をこの場から立ち去らせるほうが先だ。
鷹津の姿がドアの向こうに消えるのを待って、すぐに和彦は施錠する。
「――先生」
三田村に呼ばれて振り返ると、あっという間に腕を掴まれ引き寄せられていた。
抱き締めてもらったことに安堵して、和彦はほっと息を吐き出し、三田村の肩に額を押し当てた。
「すまなかった……。せっかく来てもらったのに、あの男と鉢合わせするようなことになって……」
実は今日、クリニックを訪れてすぐに、三田村に連絡を入れていたのだ。しばらくここで過ごすため、時間があれば顔だけでも見せてくれないか、と。
鷹津と体を重ねてから、初めて三田村と話したが、電話越しに聞くハスキーな声は少し冷たく聞こえた。そのため、来てくれないのではないかと心配していたのだ。その心配は杞憂に終わったが、よりによって鷹津まで顔を出すという事態は、予想外だった。
「嫌な思いをさせた――」
「かまわない。俺も一度、あいつとは先生のことで会わないといけないと思っていた。ちょうどいい機会だ」
ここで、三田村の手がうなじにかかり、撫でられる。顔を上げた和彦は、やや強引に唇を塞がれた。
眩暈がするほど、三田村との口づけは心地いい。違和感なく和彦の心と体に溶け込むようだ。
「……本当は、もっと早く会いたかった。だけど、怖かったんだ。鷹津と寝たぼくに対して、あんたがいままでとは違う反応を示すんじゃないかって。組長や千尋とも寝ていて、何を気にしているんだって思うかもしれないが――……怖かった。声を聞いて、顔を見て、こうして抱き締めてほしかったけど、怖かったんだ、三田村」
何度となく唇を重ね、舌先を触れ合わせながら、和彦はたどたどしく自分の気持ちを言葉にする。三田村は黙って最後まで聞いてくれたあと、優しい声で言った。
「俺は、先生をこんなふうに追い詰めるのが、怖かった。俺なんかとは違って、繊細な先生のことだから、武骨な男の無神経な言葉や仕草で、傷つくんじゃないかと」
三田村の言葉に、和彦は目を見開いたあと、また笑みをこぼす。そんな和彦を、三田村は慈しむような眼差しで見つめてくる。
和彦は三田村の頬に両手をかけると、あごの傷跡にそっと舌先を這わせた。
「そんな心配しないでくれ。ぼくのオトコは、誰よりも優しいんだから」
三田村は返事の代わりに、貪るように激しい口づけを与えてくれる。
和彦のオトコは、優しい反面、狂おしいほどの独占欲を持っていると、その口づけは雄弁に物語っていた。
「違うな。俺は、こいつの番犬だ。あんな蛇みたいな男は関係ない」
「……そのあたりの事情は、俺には関係ない」
ほお、と声を洩らした鷹津が、掴んだ和彦の手を引き寄せ、指に唇を押し当てた。驚いた和彦は、咄嗟に手を抜き取る。
「何するんだっ」
「そんなに顔色を変えなくてもいいだろ。いまさら、これぐらいのことで」
これは、自分ではなく、三田村に対する鷹津の嫌がらせだと理解したとき、思いがけず和彦の口から冷ややかな声で出ていた。
「誰が、ぼくに勝手に触っていいと言った」
鷹津がスッと目を細め、剣呑とした空気を和彦にまで向けてくる。しかし和彦は怯まなかった。
鷹津を番犬として躾けるために必要なのは、鞭だ。力では敵わないからこそ、言葉という鞭を効果的にふるう必要がある。
「ぼくに触れたいなら、しっかり働け。――ぼくはあんたが嫌いなんだ。だから、安売りはしない」
できる限り傲慢に言い放ったつもりだった。それでも、和彦と濃密な関係を持つ男たちなら、これが必死の虚勢だと容易にわかるだろう。
そして、まったくの他人とも言えなくなった鷹津は、多分、見抜いたはずだ。
和彦の髪先を引っ張ってから、揶揄するような口調でこう言ったのだ。
「……お前は可愛い〈オンナ〉だな、佐伯。蛇みたいな長嶺が、骨抜きになるのもわかる。そっちの若頭補佐も、お前にぞっこんだ。今にも俺に飛びかかりそうな顔をしてる」
和彦が視線を向けた先で、三田村は相変わらずの無表情だった。ただ眼差しだけは、殺気を帯びて険しい。
三田村と鷹津は互いを射竦めるように、鋭い眼差しを交わし合ったあと、それぞれ歩き出す。
三田村は、和彦に向かって。鷹津は廊下のほうに。
ほっとした和彦が三田村に身を寄せようとしたとき、玄関に向かいながら鷹津が言った。
「佐伯、俺を挑発したことを、しっかり覚えておけよ。俺は、長嶺に負けず劣らず執念深いからな。次にお前を抱くときは、容赦しない。俺が働いた分、しっかり体で払ってもらうからな」
いろいろと言いたいことはあったが、今は一刻でも早く、鷹津をこの場から立ち去らせるほうが先だ。
鷹津の姿がドアの向こうに消えるのを待って、すぐに和彦は施錠する。
「――先生」
三田村に呼ばれて振り返ると、あっという間に腕を掴まれ引き寄せられていた。
抱き締めてもらったことに安堵して、和彦はほっと息を吐き出し、三田村の肩に額を押し当てた。
「すまなかった……。せっかく来てもらったのに、あの男と鉢合わせするようなことになって……」
実は今日、クリニックを訪れてすぐに、三田村に連絡を入れていたのだ。しばらくここで過ごすため、時間があれば顔だけでも見せてくれないか、と。
鷹津と体を重ねてから、初めて三田村と話したが、電話越しに聞くハスキーな声は少し冷たく聞こえた。そのため、来てくれないのではないかと心配していたのだ。その心配は杞憂に終わったが、よりによって鷹津まで顔を出すという事態は、予想外だった。
「嫌な思いをさせた――」
「かまわない。俺も一度、あいつとは先生のことで会わないといけないと思っていた。ちょうどいい機会だ」
ここで、三田村の手がうなじにかかり、撫でられる。顔を上げた和彦は、やや強引に唇を塞がれた。
眩暈がするほど、三田村との口づけは心地いい。違和感なく和彦の心と体に溶け込むようだ。
「……本当は、もっと早く会いたかった。だけど、怖かったんだ。鷹津と寝たぼくに対して、あんたがいままでとは違う反応を示すんじゃないかって。組長や千尋とも寝ていて、何を気にしているんだって思うかもしれないが――……怖かった。声を聞いて、顔を見て、こうして抱き締めてほしかったけど、怖かったんだ、三田村」
何度となく唇を重ね、舌先を触れ合わせながら、和彦はたどたどしく自分の気持ちを言葉にする。三田村は黙って最後まで聞いてくれたあと、優しい声で言った。
「俺は、先生をこんなふうに追い詰めるのが、怖かった。俺なんかとは違って、繊細な先生のことだから、武骨な男の無神経な言葉や仕草で、傷つくんじゃないかと」
三田村の言葉に、和彦は目を見開いたあと、また笑みをこぼす。そんな和彦を、三田村は慈しむような眼差しで見つめてくる。
和彦は三田村の頬に両手をかけると、あごの傷跡にそっと舌先を這わせた。
「そんな心配しないでくれ。ぼくのオトコは、誰よりも優しいんだから」
三田村は返事の代わりに、貪るように激しい口づけを与えてくれる。
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