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第12話
(7)
しおりを挟む組員たちによって鷹津の部屋から連れ出された和彦は、まるで貴重品のように丁寧に扱われた。車の運転はいつも以上に慎重で、半ば抱えられるようにして自分の部屋に送り届けられる。
しかもその部屋は、和彦の帰りを待っていたようにしっかりと暖められ、バスタブにはたっぷりの湯が張られている。食事まで用意されている徹底ぶりで、なんとなくだが、賢吾の気遣いを感じた。
組員が帰って一人となった和彦は、眠気と疲れでぼんやりとしながらも、食事を済ませてから、時間をかけて湯に浸かる。
最初に鷹津に触れられて、精で汚されたときは、とにかく体をきれいにしようと必死だったが、今日は違った。ひととおり体を洗いはしたものの、執拗に肌を擦るまではしない。
この変化はなんだろうかと、ふと和彦は考える。鷹津に対する気持ちの変化――は素直に認めがたい。あの男は嫌な男で、やはり嫌いだ。
多分、疲れきっているせいだろうと、半ば強引に納得しておくことにした。
バスルームから出て、歯を磨き、髪を乾かし、そこまで済ませてやっと、ベッドに潜り込む気になる。なるべくなら安定剤を使いたくないと思っていたが、その必要はなかった。
何も考えられないほど、猛烈に眠い。
倒れるようにベッドに入った和彦は、手足を伸ばしたところまでは記憶があったが、あとはもう、一気に深い眠りへと引きずり込まれる。
どれだけ眠っていたか、もちろんわからない。ただ、ふと目を覚ましたとき、カーテンを開けたままの大きな窓から、きれいな夕焼けが見えた。
もう夕方なのかと思いながら、再び目を閉じようとした和彦だが、あることに気づく。一人でベッドに潜り込んだはずなのに、当然のように自分の隣で眠っている人物がいた。
まるで子供のように無邪気な寝顔を披露しているのは、千尋だ。
この部屋で、千尋と同じベッドで眠ることは珍しくないため、一瞬異変に気づかなかった。
「どうして……」
推測するまでもなく、和彦が熟睡しているところに、こっそりと部屋を訪れた千尋が、悪戯っ子のようにベッドに潜り込んできたのだろう。なぜ、千尋まで熟睡しているのかまでは、さすがにわからないが。
すっかり目が覚めた和彦は、千尋の寝顔を眺める。二十一歳になったばかりとはいえ、こうして見る千尋の顔は、まだ大人とは言いがたい。それどころか――。
「可愛いな、千尋」
和彦は声に出して呟くと、千尋の引き締まった頬にそっとてのひらを押し当てる。すると、モゾモゾと身じろいだ千尋がまばたきを繰り返してから、ゆっくりと目覚めた。さっそく和彦は、千尋の頬を軽く抓る。
「こら、お前、どうしてここで寝てるんだ」
千尋はまず大きなあくびをしてから、和彦にすり寄ってくる。胸にしがみつかれると、突き放す気にもなれない。
「先生が起きるまで、隣で横になって待ってようかと思ったんだ。そうしたら、俺まで眠くなって、ちょっと昼寝」
「……もう夕方だぞ」
ニヤリと笑った千尋が、胸にグリグリと顔を押し付けてくる。
「お前、ぼくが寝ている側にいるのが好きだな。前も確か――」
言いかけて、秦のことを思い出す。千尋にとっても、いまさら聞きたい話題ではないだろうと考え、ため息をついた和彦は、千尋の髪をくしゃくしゃと掻き乱してやる。千尋とじゃれていると、すっかり馴染んだ自分の日常が戻ってくる気がした。
今朝まで、鷹津の腕の中にいて、与えられる快感によがり狂っていたのだ。
ふと、何かを思い出したように千尋が顔を上げ、和彦の片手を掴んでくる。手首を指先でなぞられ、わずかに体を震わせる。いつの間にか千尋は、目に強い輝きを取り戻していた。それだけでなく、苛立ちと怒りも入り混じっている。
「千尋?」
「手首にできた痣、見たよ。……赤くなってる。鷹津に、ひどいことされたんじゃ……」
和彦と鷹津の間で何があったか、千尋が知っていて当然だ。それでも、なんとも気まずい気持ちと羞恥を味わいながら、和彦は手を引く。千尋には、鷹津との行為の痕跡を見られたくなかった。
「痛めつけられたりはしなかった。この点は、長嶺組長――お前のオヤジが、ぼくを拉致したときと同じだな。ぼくに傷をつけるようなことはしない」
「だって手首に傷つけられてるじゃん……」
「手錠をかけられたときについたものだ。痛めたというほどじゃない」
和彦の言葉を聞くなり、千尋は露骨に顔をしかめる。
「……先生、あの男に何されたんだよ」
和彦は千尋の頭を抱き締め、耳元にそっと囁いた。
「お前たちと、いつもしているようなこと、だ」
すかさず千尋が、ぎゅっと抱きついてくる。
「感じた?」
「――……ああ」
「俺と鷹津、どっちが上手い?」
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