血と束縛と

北川とも

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第12話

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 組員たちによって鷹津の部屋から連れ出された和彦は、まるで貴重品のように丁寧に扱われた。車の運転はいつも以上に慎重で、半ば抱えられるようにして自分の部屋に送り届けられる。
 しかもその部屋は、和彦の帰りを待っていたようにしっかりと暖められ、バスタブにはたっぷりの湯が張られている。食事まで用意されている徹底ぶりで、なんとなくだが、賢吾の気遣いを感じた。
 組員が帰って一人となった和彦は、眠気と疲れでぼんやりとしながらも、食事を済ませてから、時間をかけて湯に浸かる。
 最初に鷹津に触れられて、精で汚されたときは、とにかく体をきれいにしようと必死だったが、今日は違った。ひととおり体を洗いはしたものの、執拗に肌を擦るまではしない。
 この変化はなんだろうかと、ふと和彦は考える。鷹津に対する気持ちの変化――は素直に認めがたい。あの男は嫌な男で、やはり嫌いだ。
 多分、疲れきっているせいだろうと、半ば強引に納得しておくことにした。
 バスルームから出て、歯を磨き、髪を乾かし、そこまで済ませてやっと、ベッドに潜り込む気になる。なるべくなら安定剤を使いたくないと思っていたが、その必要はなかった。
 何も考えられないほど、猛烈に眠い。
 倒れるようにベッドに入った和彦は、手足を伸ばしたところまでは記憶があったが、あとはもう、一気に深い眠りへと引きずり込まれる。
 どれだけ眠っていたか、もちろんわからない。ただ、ふと目を覚ましたとき、カーテンを開けたままの大きな窓から、きれいな夕焼けが見えた。
 もう夕方なのかと思いながら、再び目を閉じようとした和彦だが、あることに気づく。一人でベッドに潜り込んだはずなのに、当然のように自分の隣で眠っている人物がいた。
 まるで子供のように無邪気な寝顔を披露しているのは、千尋だ。
 この部屋で、千尋と同じベッドで眠ることは珍しくないため、一瞬異変に気づかなかった。
「どうして……」
 推測するまでもなく、和彦が熟睡しているところに、こっそりと部屋を訪れた千尋が、悪戯っ子のようにベッドに潜り込んできたのだろう。なぜ、千尋まで熟睡しているのかまでは、さすがにわからないが。
 すっかり目が覚めた和彦は、千尋の寝顔を眺める。二十一歳になったばかりとはいえ、こうして見る千尋の顔は、まだ大人とは言いがたい。それどころか――。
「可愛いな、千尋」
 和彦は声に出して呟くと、千尋の引き締まった頬にそっとてのひらを押し当てる。すると、モゾモゾと身じろいだ千尋がまばたきを繰り返してから、ゆっくりと目覚めた。さっそく和彦は、千尋の頬を軽く抓る。
「こら、お前、どうしてここで寝てるんだ」
 千尋はまず大きなあくびをしてから、和彦にすり寄ってくる。胸にしがみつかれると、突き放す気にもなれない。
「先生が起きるまで、隣で横になって待ってようかと思ったんだ。そうしたら、俺まで眠くなって、ちょっと昼寝」
「……もう夕方だぞ」
 ニヤリと笑った千尋が、胸にグリグリと顔を押し付けてくる。
「お前、ぼくが寝ている側にいるのが好きだな。前も確か――」
 言いかけて、秦のことを思い出す。千尋にとっても、いまさら聞きたい話題ではないだろうと考え、ため息をついた和彦は、千尋の髪をくしゃくしゃと掻き乱してやる。千尋とじゃれていると、すっかり馴染んだ自分の日常が戻ってくる気がした。
 今朝まで、鷹津の腕の中にいて、与えられる快感によがり狂っていたのだ。
 ふと、何かを思い出したように千尋が顔を上げ、和彦の片手を掴んでくる。手首を指先でなぞられ、わずかに体を震わせる。いつの間にか千尋は、目に強い輝きを取り戻していた。それだけでなく、苛立ちと怒りも入り混じっている。
「千尋?」
「手首にできた痣、見たよ。……赤くなってる。鷹津に、ひどいことされたんじゃ……」
 和彦と鷹津の間で何があったか、千尋が知っていて当然だ。それでも、なんとも気まずい気持ちと羞恥を味わいながら、和彦は手を引く。千尋には、鷹津との行為の痕跡を見られたくなかった。
「痛めつけられたりはしなかった。この点は、長嶺組長――お前のオヤジが、ぼくを拉致したときと同じだな。ぼくに傷をつけるようなことはしない」
「だって手首に傷つけられてるじゃん……」
「手錠をかけられたときについたものだ。痛めたというほどじゃない」
 和彦の言葉を聞くなり、千尋は露骨に顔をしかめる。
「……先生、あの男に何されたんだよ」
 和彦は千尋の頭を抱き締め、耳元にそっと囁いた。
「お前たちと、いつもしているようなこと、だ」
 すかさず千尋が、ぎゅっと抱きついてくる。
「感じた?」
「――……ああ」
「俺と鷹津、どっちが上手い?」

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