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第12話
(1)
しおりを挟む鷹津が住んでいるのは、見るからに古いマンションだった。周辺にいくらでも小ぎれいなマンションやアパートがあるためか、あまり人気のない物件なのだろう。歯が抜けたように、いくつかの部屋は空いている。
鷹津の素行に問題はあるだろうが、刑事といえば公務員だ。もう少しマシなところに住めるだけの稼ぎも、信用もあるはずなのに、どうしてこんなところに住んでいるのかと、薄暗い通路を歩きながら、和彦はささやかな疑問を感じる。
その疑問は、両隣が空き室となっている鷹津の部屋に足を踏み入れて、氷解した。
古いせいか、部屋のそこかしこが傷んでいるようだった。それに、どことなく殺伐とした空気が漂っている。散らかってはいるのだが、生活臭というものが乏しい。
ダイニングに接した二部屋のドアが空いているので、生活空間がほぼすべてが見渡せるが、おそらく鷹津は、ここに愛着や執着といった感情を持っていないのだろう。まさに、寝るためだけに必要とされている空間だ。
新聞も何日分か畳んだままテーブルの上に放置してあり、郵便物の封すら切っていない。ここで和彦は、郵便物の表に印字された文字に目を留める。このとき初めて、鷹津の名が〈秀〉であると知った。
視線だけを動かして観察している和彦に気づいたのか、ジャケットを脱ぎ捨てながら鷹津が言った。
「ムサい男の一人暮らしなんて、こんなもんだぜ。広くてきれいな部屋に住んで、買い物から掃除まで、すべて組員にやってもらうような生活を送る奴なんて、そうそういない」
こんなときでも皮肉を忘れない鷹津を、和彦は睨みつける。しかし鷹津は鼻先で笑い、和彦の着ているコートの襟元を掴んだ。乱暴に引き寄せられ、眼前に鷹津の顔が迫る。
ドロドロとした感情の澱が透けて見える目は、相変わらずだ。だが今は、その感情はすべて狂おしい欲情に支配されているようだ。鷹津は、和彦に欲情していることを、隠そうともしていなかった。
それを感じ取った途端、嫌悪感から鳥肌が立った。
顔を強張らせる和彦に対して、鷹津はニヤリと笑いかけてくる。
「そんな顔するなよ。お前は覚悟して、あそこに立っていたんだろ。番犬を伴わずに。……俺を番犬にしたいんじゃないのか?」
「……そのつもりだったが、やっぱり、あんたは嫌いだ」
「俺だって、ヤクザのオンナになってぬくぬくと生きている男は嫌いだ。だが――たまらなく抱きたいんだ。お前を」
和彦が目を見開いた次の瞬間、鷹津の大きな手が後頭部にかかり、ぶつけるような勢いで唇を塞がれた。
「んんっ」
和彦は必死で顔を背けようとしたが、鷹津に後ろ髪を鷲掴まれ、唇に噛みつかれる。そのまま、もつれるようにして隣の部屋に引きずり込まれ、突き飛ばされた。
簡素な作りのベッドに倒れ込んだ拍子に、鉄製のパイプと床が擦れ、不快な音を立てる。確実に階下に響いただろうが、鷹津は気にかける様子はない。その理由を、ネクタイを解きながら鷹津本人が口にした。
「こんな汚いマンションだから、新しい住人が入らないんだ。下の階なんて、角部屋に一世帯入っているだけだ。つまり、近所迷惑なんて気にしなくていいというわけだ」
ワイシャツを脱ぎ捨てた鷹津が、和彦の上に馬乗りになってくる。薄笑いを浮かべた鷹津を睨みつけはしたものの、コートを脱がされ始めると、たまらず和彦は顔を背け、体を強張らせる。
長袖のTシャツをゆっくりと捲り上げられ、剥き出しとなった脇腹を撫でられてから、パンツと下着を手荒に引き下ろされて、脱がされた。粗雑な男らしくない手つきで靴下まで脱がされてしまうと、Tシャツ一枚という自分の姿が、ひどく心細くなる。和彦はぐっと奥歯を噛み締めていた。
スラックスのベルトを外す金属音が聞こえ、衣擦れの音に続いて、床に何かが落ちる重々しい音がした。
ふいに鷹津にのしかかられ、重みに息が詰まる。続いて、首筋に熱く濡れた感触が這わされた。
「うっ……」
鷹津の舌だとすぐにわかった。首筋に、獣のような息遣いがかかるからだ。不快さと嫌悪感から、必死に唇を引き結ぶが、鷹津は和彦のそんな反応を楽しんでいた。
「気持ち悪くてたまらない、って顔だな」
和彦の顔を覗き込んできて、鷹津が嬉しそうに囁いてくる。嫌悪感を隠そうとしない和彦の反応が、かえって鷹津を興奮させているのだ。
「……あんたに触られると、吐き気がするんだっ……」
「ああ、たっぷり嫌がってくれ。吐いてもいいぞ。そんなお前が、悔しそうに感じる様を見ているのが、俺は楽しくてたまらないんだ。媚びる女を抱いてイかせるより、嫌がる〈オンナ〉をいたぶって射精させたいんだ」
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