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第11話
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悔しさのあまり声が出なかった。それよりも今は、一刻も早く汚らわしいものを拭いたくて、急いでトイレットペーパーを巻き取る。下着とパンツを引き上げただけの姿で、何度も手を拭う和彦を、鷹津がじっと見つめてくる。さきほどまでジーンズの前を寛げていたが、すでにもう身支度を整えている。
自分の惨めな姿を自覚して和彦が睨み返すと、肩をすくめられた。
「俺の手でイッたくせに、そんな目をするな」
「それはっ――」
和彦が反論しようとしたとき、ジャケットのポケットで携帯電話が震えた。すると鷹津の手がポケットに突っ込まれる。あっという間に電源を切られてしまった。おそらく電話は、隣のホテルで待機している護衛の組員からのものだ。祝儀を渡して記帳するだけにしては、あまりに時間がかかりすぎているため、様子を知るためかけてきたのだろう。
「心配するな。お前の身柄は、きちんと護衛の奴らに渡してやる。なんといっても俺は、正体不明の男たちに追われるお前を助けただけだからな」
もう一度鷹津の頬を打とうとしたが、手首を掴まれ、体ごとドアに押し付けられる。凄みを帯びた口調で言われた。
「――格好を整えてやる。この姿のまま外に出すのは、さすがに可哀想だからな」
拾い上げたアスコットタイをパンツのポケットに突っ込まれ、鷹津の手がシャツにかかる。和彦は身構えたまま動けず、その間に、乱れた格好を整えられた。
予想外に紳士的な振る舞いを見せた鷹津に、和彦は戸惑い、どう反応すればいいのかわからない。見つめ合うのも違う気がして、急いで個室から出ようとしたが、身じろいだ次の瞬間には肩を掴まれていた。
「最後にもう一つある」
「何がだ……」
「別れのキスを頼む。――濃厚なのを」
怒鳴りつけようとした瞬間、またレストルームに入ってきた物音がする。しかも今度は一人ではない。ドアの向こうの気配をうかがいながら鷹津を見ると、どうする、と言いたげに笑っていた。
外にいる人間に助けを求めるという選択肢は、和彦にはなかった。一般人と関わりたくないし、万が一にも、さきほどの男たちである可能性もある。
和彦は静かに息を吐き出すと、無精ひげの生えた鷹津の頬に両手をかけた。どちらともなく身を寄せ合い、唇を重ねる。
熱い舌に傲慢に唇を割り開かれ、口腔に押し入られる。おとなしく受け入れた和彦は、吐き気を堪えて鷹津の舌を吸い、微かに響いた濡れた音にヒヤリとしながら、そっと歯を立てた。
体に回された腕に力が込められて、鷹津が興奮しているのがわかった。鷹津のその反応に、なぜか和彦の体は熱くなる。
外から男二人のにぎやかな話し声が聞こえてくる状況で、求められるまま、やむをえず舌を絡め合い、唾液を交わす。引き出された舌を痛いほど吸われると、たまらず和彦は鷹津の肩にすがりついていた。
ますます鷹津の腕の力が強くなり、和彦の中で奇妙な変化が起こっていた。鷹津のことがどうしようもなく嫌いで、嫌悪しているのに、そんな男にねじ伏せられるように口づけを交わしていると、高揚感に襲われ、体の奥深くから強引に官能を引き出される。
官能に形を借りた、サソリの毒かもしれないと、ふとそんな考えが脳裏を過る。鷹津の毒を注入され、体も心も侵されていくのだ。
思わず身じろごうとしたが、後頭部を押さえられ、熱い舌に口腔をまさぐられる。軽く揉み合ったが、外にいる人間に悟られるのを恐れ、結局和彦は、鷹津との口づけを続けるしかなかった。
外にいる二人組は、何事もなくレストルームを出ていったが、それでも鷹津は、和彦を離そうとはしなかった。ここぞとばかりに、屈辱的な口づけを堪能しているのだ。
ようやく唇を離したとき、すっかり和彦の息は上がっていたが、一方の鷹津は、余裕たっぷりの表情で耳元に顔を寄せてきた。
「キスだけでイかされそうだったぜ」
「……うるさい」
「そう、ツンケンするな。なんといっても、ホテルの外までエスコートしてやるんだ。最後までしっかり俺の機嫌を取っておいたほうがいいぞ」
睨みつけるのも疲れ、和彦は黙って唇を手の甲で拭う。
鷹津が先に個室を出て、和彦はあとに続く。さすがに、というべきか、鷹津は素早くレストルームを一度出て、すぐにまた戻ってきた。
「妙な奴はうろついてない」
和彦はほっと安堵の吐息を洩らし、いくらか緊張を解く。二人揃ってレストルームを出ようとしたが、ドアに手をかけた鷹津が不自然に動きを止めた。
「どうした――」
和彦が問いかけようとしたとき、急に鷹津が振り返り、腕を掴まれて引き寄せられる。怖いほど真剣な顔が眼前に迫ってきて、有無を言わさず唇を塞がれていた。
和彦にも、自分の身に何が起こったのかわからなかった。わからなかったが――気がついたときには、差し出した舌を鷹津と大胆に絡め合っていた。
本当に和彦には、自分の身に何が起こったのかわからない。だが、粗野なくせに、鷹津は口づけが上手いということだけは、わかるのだ。
忌々しいことに。
自分の惨めな姿を自覚して和彦が睨み返すと、肩をすくめられた。
「俺の手でイッたくせに、そんな目をするな」
「それはっ――」
和彦が反論しようとしたとき、ジャケットのポケットで携帯電話が震えた。すると鷹津の手がポケットに突っ込まれる。あっという間に電源を切られてしまった。おそらく電話は、隣のホテルで待機している護衛の組員からのものだ。祝儀を渡して記帳するだけにしては、あまりに時間がかかりすぎているため、様子を知るためかけてきたのだろう。
「心配するな。お前の身柄は、きちんと護衛の奴らに渡してやる。なんといっても俺は、正体不明の男たちに追われるお前を助けただけだからな」
もう一度鷹津の頬を打とうとしたが、手首を掴まれ、体ごとドアに押し付けられる。凄みを帯びた口調で言われた。
「――格好を整えてやる。この姿のまま外に出すのは、さすがに可哀想だからな」
拾い上げたアスコットタイをパンツのポケットに突っ込まれ、鷹津の手がシャツにかかる。和彦は身構えたまま動けず、その間に、乱れた格好を整えられた。
予想外に紳士的な振る舞いを見せた鷹津に、和彦は戸惑い、どう反応すればいいのかわからない。見つめ合うのも違う気がして、急いで個室から出ようとしたが、身じろいだ次の瞬間には肩を掴まれていた。
「最後にもう一つある」
「何がだ……」
「別れのキスを頼む。――濃厚なのを」
怒鳴りつけようとした瞬間、またレストルームに入ってきた物音がする。しかも今度は一人ではない。ドアの向こうの気配をうかがいながら鷹津を見ると、どうする、と言いたげに笑っていた。
外にいる人間に助けを求めるという選択肢は、和彦にはなかった。一般人と関わりたくないし、万が一にも、さきほどの男たちである可能性もある。
和彦は静かに息を吐き出すと、無精ひげの生えた鷹津の頬に両手をかけた。どちらともなく身を寄せ合い、唇を重ねる。
熱い舌に傲慢に唇を割り開かれ、口腔に押し入られる。おとなしく受け入れた和彦は、吐き気を堪えて鷹津の舌を吸い、微かに響いた濡れた音にヒヤリとしながら、そっと歯を立てた。
体に回された腕に力が込められて、鷹津が興奮しているのがわかった。鷹津のその反応に、なぜか和彦の体は熱くなる。
外から男二人のにぎやかな話し声が聞こえてくる状況で、求められるまま、やむをえず舌を絡め合い、唾液を交わす。引き出された舌を痛いほど吸われると、たまらず和彦は鷹津の肩にすがりついていた。
ますます鷹津の腕の力が強くなり、和彦の中で奇妙な変化が起こっていた。鷹津のことがどうしようもなく嫌いで、嫌悪しているのに、そんな男にねじ伏せられるように口づけを交わしていると、高揚感に襲われ、体の奥深くから強引に官能を引き出される。
官能に形を借りた、サソリの毒かもしれないと、ふとそんな考えが脳裏を過る。鷹津の毒を注入され、体も心も侵されていくのだ。
思わず身じろごうとしたが、後頭部を押さえられ、熱い舌に口腔をまさぐられる。軽く揉み合ったが、外にいる人間に悟られるのを恐れ、結局和彦は、鷹津との口づけを続けるしかなかった。
外にいる二人組は、何事もなくレストルームを出ていったが、それでも鷹津は、和彦を離そうとはしなかった。ここぞとばかりに、屈辱的な口づけを堪能しているのだ。
ようやく唇を離したとき、すっかり和彦の息は上がっていたが、一方の鷹津は、余裕たっぷりの表情で耳元に顔を寄せてきた。
「キスだけでイかされそうだったぜ」
「……うるさい」
「そう、ツンケンするな。なんといっても、ホテルの外までエスコートしてやるんだ。最後までしっかり俺の機嫌を取っておいたほうがいいぞ」
睨みつけるのも疲れ、和彦は黙って唇を手の甲で拭う。
鷹津が先に個室を出て、和彦はあとに続く。さすがに、というべきか、鷹津は素早くレストルームを一度出て、すぐにまた戻ってきた。
「妙な奴はうろついてない」
和彦はほっと安堵の吐息を洩らし、いくらか緊張を解く。二人揃ってレストルームを出ようとしたが、ドアに手をかけた鷹津が不自然に動きを止めた。
「どうした――」
和彦が問いかけようとしたとき、急に鷹津が振り返り、腕を掴まれて引き寄せられる。怖いほど真剣な顔が眼前に迫ってきて、有無を言わさず唇を塞がれていた。
和彦にも、自分の身に何が起こったのかわからなかった。わからなかったが――気がついたときには、差し出した舌を鷹津と大胆に絡め合っていた。
本当に和彦には、自分の身に何が起こったのかわからない。だが、粗野なくせに、鷹津は口づけが上手いということだけは、わかるのだ。
忌々しいことに。
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