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第11話
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和彦は無視して、さらに階下に下りるエスカレーターに乗ろうとしたが、手首を掴まれて止められる。
「おい――」
「最低な男だなっ。こんな場所にまで、ぼくをつけてきたのかっ」
開口一番に和彦が鋭い声を発すると、さすがの鷹津も目を丸くしたが、すぐに気を取り直したようにニヤッと笑った。
「どうした。せっかくの華やかな場だっていうのに、機嫌が悪そうだな」
「あんたの相手をしている暇はない。離せっ」
鷹津を怒鳴りつけた和彦は、慌ただしくエスカレーターを降りてくる足音を聞き、振り返る。さきほどの男たちだ。
鷹津の手を振り払って行こうとすると、反対に手を引き寄せられ、ぐいっと引っ張られる。勢いに圧されるようによろめいた和彦は、そのまま鷹津に引きずられる。
「何するんだっ。離せと言っている」
「追われているのか」
凄みのある声で問われ、和彦は唇を引き結ぶ。鷹津が肩越しにちらりと振り返った。
「どうなんだ」
「……追われる謂れはないが、あの人たちに捕まりたくはない」
「なら、俺と来い。何かあれば、俺が警察手帳で追い払ってやる」
迷う時間はなかった。ここで鷹津と揉み合えば、父親と繋がりのある男たちに捕まってしまう。鷹津は嫌いだが、それ以上に、家族と引き合わされるのは嫌だった。
鷹津に腕を引かれるまま走り、目立つ宴会場フロアから離れる。たまたまこのフロアの宴会場では、結婚披露宴が終わったところらしく、ラウンジは大勢の招待客で混雑している。ぶつかりそうになりながらも、鷹津とともに人を掻き分けて進んでいく。
エレベーターホールに向かうのかと思ったが、鷹津は逆方向に進み、階段を使って下のフロアに移動する。
「どこに――」
「このまま外に出て、護衛と合流したら、お前を追いかけていた奴らは、余計な勘繰りをするぞ。三十歳の美容外科医が、どうしていかつい男に守られているのか、ってな。それとも、お前が長嶺に飼われているオンナだと、すでに知られているのか?」
階段を駆け下りながら鷹津に言われ、一瞬返事に詰まった和彦は、唇を引き結ぶ。
彼らに出会ったのは、偶然だ。和彦が結婚披露宴に祝儀を持っていくよう言われたのはほんの数日前だし、そもそも、かつて和彦とつき合いがあった人間は、今の生活を知らない。誰にも告げていないからだ。
ヤクザとの繋がりを知られて迷惑をかけたくなかったということもあるし、何より、自分の家族に知られたくなかったのだ。
もし自分が、ヤクザに飼われていると知られたら――。
「……ぼくの今の生活を、知られるわけにはいかない」
そう呟いて和彦が強い眼差しを向けると、鷹津は軽く鼻を鳴らした。
「だったら、しばらくは見つからないよう、ホテルの中でおとなしくしているしかないな」
「そうする。でも――あんたはもういらない。ぼく一人でいい」
「お前、俺がどうして、あとをつけてきたのか、わかってないようだな。俺はお前の護衛じゃないぜ」
肩越しに嫌な笑みを投げかけられ、和彦は顔を強張らせる。立ち止まろうとしたが、乱暴に腕を引っ張られて歩かされる。
鷹津は、ホテル内の構造を把握しているのか、足取りに迷いはない。どんどん歩かされて、宴会場のフロアを通り抜けると、あまり人気のないエリアに出る。歩きながら、やっと見つけた案内板を素早く見たが、どうやらコンベンションホールのようだ。
「ここなら、人もあまり来ないだろう。どうやら、どこの部屋も使ってないようだしな」
急に鷹津が方向を変え、腕を掴まれたまま和彦はレストルームに引き込まれた。運悪く人がおらず、きれいに磨かれた空間に二人分の荒い足音が響く。
和彦は、一番奥の個室に押し込まれ、当然のように鷹津も入ってきて、ドアが閉められた。
そんな鷹津を警戒しながら、狭い個室の隅に身を寄せようとしたが、反対に力強い腕に引き寄せられ、ドアに乱暴に押し付けられた。威圧するように鷹津が顔を近づけてきたので、和彦は思いきり顔を背ける。
「――あいつら、何者だ。組絡みの人間じゃねーだろ。あれはどう見ても、真っ当な勤め人だ。それがどうして、ヤクザのオンナを追いかける?」
「あんたに関係ない」
「俺は、助けてやったんだから、少しは感謝して見せたらどうだ」
「あんたが余計なことをしなかったら、すぐにホテルの外に逃げ出せた。あんたのせいだ」
「助け甲斐のない奴だ……」
言葉とは裏腹に、鷹津の声は笑いを含んでいた。そこには、和彦を狭い場所に閉じ込めたという余裕が表われている。
「おい――」
「最低な男だなっ。こんな場所にまで、ぼくをつけてきたのかっ」
開口一番に和彦が鋭い声を発すると、さすがの鷹津も目を丸くしたが、すぐに気を取り直したようにニヤッと笑った。
「どうした。せっかくの華やかな場だっていうのに、機嫌が悪そうだな」
「あんたの相手をしている暇はない。離せっ」
鷹津を怒鳴りつけた和彦は、慌ただしくエスカレーターを降りてくる足音を聞き、振り返る。さきほどの男たちだ。
鷹津の手を振り払って行こうとすると、反対に手を引き寄せられ、ぐいっと引っ張られる。勢いに圧されるようによろめいた和彦は、そのまま鷹津に引きずられる。
「何するんだっ。離せと言っている」
「追われているのか」
凄みのある声で問われ、和彦は唇を引き結ぶ。鷹津が肩越しにちらりと振り返った。
「どうなんだ」
「……追われる謂れはないが、あの人たちに捕まりたくはない」
「なら、俺と来い。何かあれば、俺が警察手帳で追い払ってやる」
迷う時間はなかった。ここで鷹津と揉み合えば、父親と繋がりのある男たちに捕まってしまう。鷹津は嫌いだが、それ以上に、家族と引き合わされるのは嫌だった。
鷹津に腕を引かれるまま走り、目立つ宴会場フロアから離れる。たまたまこのフロアの宴会場では、結婚披露宴が終わったところらしく、ラウンジは大勢の招待客で混雑している。ぶつかりそうになりながらも、鷹津とともに人を掻き分けて進んでいく。
エレベーターホールに向かうのかと思ったが、鷹津は逆方向に進み、階段を使って下のフロアに移動する。
「どこに――」
「このまま外に出て、護衛と合流したら、お前を追いかけていた奴らは、余計な勘繰りをするぞ。三十歳の美容外科医が、どうしていかつい男に守られているのか、ってな。それとも、お前が長嶺に飼われているオンナだと、すでに知られているのか?」
階段を駆け下りながら鷹津に言われ、一瞬返事に詰まった和彦は、唇を引き結ぶ。
彼らに出会ったのは、偶然だ。和彦が結婚披露宴に祝儀を持っていくよう言われたのはほんの数日前だし、そもそも、かつて和彦とつき合いがあった人間は、今の生活を知らない。誰にも告げていないからだ。
ヤクザとの繋がりを知られて迷惑をかけたくなかったということもあるし、何より、自分の家族に知られたくなかったのだ。
もし自分が、ヤクザに飼われていると知られたら――。
「……ぼくの今の生活を、知られるわけにはいかない」
そう呟いて和彦が強い眼差しを向けると、鷹津は軽く鼻を鳴らした。
「だったら、しばらくは見つからないよう、ホテルの中でおとなしくしているしかないな」
「そうする。でも――あんたはもういらない。ぼく一人でいい」
「お前、俺がどうして、あとをつけてきたのか、わかってないようだな。俺はお前の護衛じゃないぜ」
肩越しに嫌な笑みを投げかけられ、和彦は顔を強張らせる。立ち止まろうとしたが、乱暴に腕を引っ張られて歩かされる。
鷹津は、ホテル内の構造を把握しているのか、足取りに迷いはない。どんどん歩かされて、宴会場のフロアを通り抜けると、あまり人気のないエリアに出る。歩きながら、やっと見つけた案内板を素早く見たが、どうやらコンベンションホールのようだ。
「ここなら、人もあまり来ないだろう。どうやら、どこの部屋も使ってないようだしな」
急に鷹津が方向を変え、腕を掴まれたまま和彦はレストルームに引き込まれた。運悪く人がおらず、きれいに磨かれた空間に二人分の荒い足音が響く。
和彦は、一番奥の個室に押し込まれ、当然のように鷹津も入ってきて、ドアが閉められた。
そんな鷹津を警戒しながら、狭い個室の隅に身を寄せようとしたが、反対に力強い腕に引き寄せられ、ドアに乱暴に押し付けられた。威圧するように鷹津が顔を近づけてきたので、和彦は思いきり顔を背ける。
「――あいつら、何者だ。組絡みの人間じゃねーだろ。あれはどう見ても、真っ当な勤め人だ。それがどうして、ヤクザのオンナを追いかける?」
「あんたに関係ない」
「俺は、助けてやったんだから、少しは感謝して見せたらどうだ」
「あんたが余計なことをしなかったら、すぐにホテルの外に逃げ出せた。あんたのせいだ」
「助け甲斐のない奴だ……」
言葉とは裏腹に、鷹津の声は笑いを含んでいた。そこには、和彦を狭い場所に閉じ込めたという余裕が表われている。
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