血と束縛と

北川とも

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第11話

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「変なことは言ってないだろ。何かとストレスを溜めやすい繊細な先生のために、遊び相手になってくれと言ってるんだ。この色男は、なかなか安全な遊び相手だぞ。なんといっても今は、長嶺組の紐付きだ。下手を打てば、自分の身がヤバくなる。自分の居場所を確保するために、死ぬ気で先生のストレス解消につき合ってくれるぞ」
 賢吾が本気でこんなことを考えているのか、怪しいものだった。和彦に対して執着を見せる一方で、千尋や三田村を含めた奔放な関係を許容して、楽しんでいる。それに、敵対しているはずの鷹津に自分たちの行為を見せつけ、刺激もした。そのせいで和彦は、鷹津に汚されたのだ。
 非難を込めて和彦が睨みつけても、賢吾は一向に気にかけた様子もなく、それどころか、秦に向けてこう言い放った。
「――大事な先生を退屈させるなよ、色男」
 秦は、賢吾の迫力に気圧された様子もなく、それどころかすべてを心得たように、唇だけの艶然とした笑みを浮かべて頷いた。


 応接間を出ていく秦の姿を見送った和彦は、何かしたわけでもないのに疲労感に襲われ、深くソファに座り直す。そんな和彦の隣で、賢吾はニヤニヤと笑っている。これが、大蛇の化身のような男でなければ、不愉快だといって、顔を背けさせるところだ。
「……あんたがここまで、寛大で優しい男だと、初めて知った」
 和彦の精一杯の皮肉を、賢吾は純粋に冗談として受け止めたらしく、短く声を洩らして笑った。
「俺は先生の前ではいつでも、寛大で優しい男だろ」
「ぼくに薬を飲ませた不埒な男を、遊び相手として与えてくれるほど、か?」
「先生の目の前で、秦を半殺しにすれば満足するというなら、今から呼び戻して、そうしてやるが」
 冗談を装っているが、賢吾の場合、本当にやりかねない。
 獲物を巨体でじわじわと締め上げるのは、残酷な性質を持つ大蛇にとっては、さぞかし楽しいだろう。たとえ戯れであろうが、締め上げられるほうは堪ったものではないが。
 和彦は片手を伸ばし、賢吾の頬にてのひらを押し当てる。骨格は千尋とよく似ているが、年齢を重ねた分、さらにしっかりとした造りで、そこからごっそりと甘さだけを削ぎ落とした男の顔だ。
「――せっかくぼくが診て、完治が近いところまできているのに、またぼくの手を煩わせる気か」
「なるほど。先生のきれいな指が、他の男の体を這い回るのかと思うと、少しばかりムカつくな」
「変な言い方をするなっ……。用が済んだんなら、ぼくはこれで帰るからな」
 立ち上がろうとした和彦だが、すかさず手首を掴まれて引っ張られ、バランスを崩して賢吾の胸元に倒れ込む。そのまましっかりと両腕で抱き締められた。
「先生への本題はこれからだ」
 嫌な予感がした和彦は、露骨に顔をしかめて見せる。すると賢吾は表情を和らげてから、耳元に唇を寄せてきた。
「頼みたいことがある」
「……聞きたくない」
「結婚披露宴に、俺の名代として祝儀を持っていってほしい」
 一瞬聞き間違えたのかと、和彦は目を丸くして賢吾を見つめる。
「えっ……」
「結婚披露宴だ。俺のオヤジが、昔から面倒を見てやっている男がいるんだが、そこの次男坊が結婚する。昵懇だから、何もしないわけにはいかない。だが、ヤクザと繋がりがあるなんて、人に知られるわけにもいかない。だから、先生に頼むってわけだ」
 どんな物騒なことを言われるのかと身構えた和彦は、正直拍子抜けした。意外に、というのも変だが、まっとうな頼み事だ。だからといって、素直に引き受けられるわけではない。
「……結婚披露宴なんて目立つ場に、足を運ばなくてもいいだろ。相手も事情がわかっているんだから、日を改めて祝いの気持ちを伝えたところで――」
「ヤクザは、いつ生きるか死ぬかわからない連中の集まりだ。日を改めたとして、そのとき生きているかわからないし、もしかすると、ムショにぶち込まれているかもしれない。そういう事情があるから、祝えるときに祝い、弔えるときに弔う。相手の顔を潰すわけにもいかんしな」
 賢吾の話が本当かウソか、和彦には確かめようがない。ただ、心は動いた。
「――……あんたでも、頼みたい、なんて言うんだな」
 ぼそりと和彦が洩らすと、賢吾が機嫌よさそうに軽く唇を吸ってくる。
「ああ、これは命令じゃないからな」
「つまり、嫌だと言えるんだな」
 賢吾が微かに笑い、息遣いが唇に触れる。誘われるように今度は和彦から、賢吾の唇をそっと吸った。
「嫌か?」
「……祝儀を持っていくだけなら」
「受付で、記帳もしてくれ。誰の名前を書くかは、あとで教える」
「それだけ?」
「それだけだ。簡単だろ」
 和彦が返事をする前に、賢吾は本格的に唇と舌を貪り始める。こんな口づけを与えられて、嫌と言えるはずがなかった。

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