202 / 1,268
第11話
(4)
しおりを挟む
「変なことは言ってないだろ。何かとストレスを溜めやすい繊細な先生のために、遊び相手になってくれと言ってるんだ。この色男は、なかなか安全な遊び相手だぞ。なんといっても今は、長嶺組の紐付きだ。下手を打てば、自分の身がヤバくなる。自分の居場所を確保するために、死ぬ気で先生のストレス解消につき合ってくれるぞ」
賢吾が本気でこんなことを考えているのか、怪しいものだった。和彦に対して執着を見せる一方で、千尋や三田村を含めた奔放な関係を許容して、楽しんでいる。それに、敵対しているはずの鷹津に自分たちの行為を見せつけ、刺激もした。そのせいで和彦は、鷹津に汚されたのだ。
非難を込めて和彦が睨みつけても、賢吾は一向に気にかけた様子もなく、それどころか、秦に向けてこう言い放った。
「――大事な先生を退屈させるなよ、色男」
秦は、賢吾の迫力に気圧された様子もなく、それどころかすべてを心得たように、唇だけの艶然とした笑みを浮かべて頷いた。
応接間を出ていく秦の姿を見送った和彦は、何かしたわけでもないのに疲労感に襲われ、深くソファに座り直す。そんな和彦の隣で、賢吾はニヤニヤと笑っている。これが、大蛇の化身のような男でなければ、不愉快だといって、顔を背けさせるところだ。
「……あんたがここまで、寛大で優しい男だと、初めて知った」
和彦の精一杯の皮肉を、賢吾は純粋に冗談として受け止めたらしく、短く声を洩らして笑った。
「俺は先生の前ではいつでも、寛大で優しい男だろ」
「ぼくに薬を飲ませた不埒な男を、遊び相手として与えてくれるほど、か?」
「先生の目の前で、秦を半殺しにすれば満足するというなら、今から呼び戻して、そうしてやるが」
冗談を装っているが、賢吾の場合、本当にやりかねない。
獲物を巨体でじわじわと締め上げるのは、残酷な性質を持つ大蛇にとっては、さぞかし楽しいだろう。たとえ戯れであろうが、締め上げられるほうは堪ったものではないが。
和彦は片手を伸ばし、賢吾の頬にてのひらを押し当てる。骨格は千尋とよく似ているが、年齢を重ねた分、さらにしっかりとした造りで、そこからごっそりと甘さだけを削ぎ落とした男の顔だ。
「――せっかくぼくが診て、完治が近いところまできているのに、またぼくの手を煩わせる気か」
「なるほど。先生のきれいな指が、他の男の体を這い回るのかと思うと、少しばかりムカつくな」
「変な言い方をするなっ……。用が済んだんなら、ぼくはこれで帰るからな」
立ち上がろうとした和彦だが、すかさず手首を掴まれて引っ張られ、バランスを崩して賢吾の胸元に倒れ込む。そのまましっかりと両腕で抱き締められた。
「先生への本題はこれからだ」
嫌な予感がした和彦は、露骨に顔をしかめて見せる。すると賢吾は表情を和らげてから、耳元に唇を寄せてきた。
「頼みたいことがある」
「……聞きたくない」
「結婚披露宴に、俺の名代として祝儀を持っていってほしい」
一瞬聞き間違えたのかと、和彦は目を丸くして賢吾を見つめる。
「えっ……」
「結婚披露宴だ。俺のオヤジが、昔から面倒を見てやっている男がいるんだが、そこの次男坊が結婚する。昵懇だから、何もしないわけにはいかない。だが、ヤクザと繋がりがあるなんて、人に知られるわけにもいかない。だから、先生に頼むってわけだ」
どんな物騒なことを言われるのかと身構えた和彦は、正直拍子抜けした。意外に、というのも変だが、まっとうな頼み事だ。だからといって、素直に引き受けられるわけではない。
「……結婚披露宴なんて目立つ場に、足を運ばなくてもいいだろ。相手も事情がわかっているんだから、日を改めて祝いの気持ちを伝えたところで――」
「ヤクザは、いつ生きるか死ぬかわからない連中の集まりだ。日を改めたとして、そのとき生きているかわからないし、もしかすると、ムショにぶち込まれているかもしれない。そういう事情があるから、祝えるときに祝い、弔えるときに弔う。相手の顔を潰すわけにもいかんしな」
賢吾の話が本当かウソか、和彦には確かめようがない。ただ、心は動いた。
「――……あんたでも、頼みたい、なんて言うんだな」
ぼそりと和彦が洩らすと、賢吾が機嫌よさそうに軽く唇を吸ってくる。
「ああ、これは命令じゃないからな」
「つまり、嫌だと言えるんだな」
賢吾が微かに笑い、息遣いが唇に触れる。誘われるように今度は和彦から、賢吾の唇をそっと吸った。
「嫌か?」
「……祝儀を持っていくだけなら」
「受付で、記帳もしてくれ。誰の名前を書くかは、あとで教える」
「それだけ?」
「それだけだ。簡単だろ」
和彦が返事をする前に、賢吾は本格的に唇と舌を貪り始める。こんな口づけを与えられて、嫌と言えるはずがなかった。
賢吾が本気でこんなことを考えているのか、怪しいものだった。和彦に対して執着を見せる一方で、千尋や三田村を含めた奔放な関係を許容して、楽しんでいる。それに、敵対しているはずの鷹津に自分たちの行為を見せつけ、刺激もした。そのせいで和彦は、鷹津に汚されたのだ。
非難を込めて和彦が睨みつけても、賢吾は一向に気にかけた様子もなく、それどころか、秦に向けてこう言い放った。
「――大事な先生を退屈させるなよ、色男」
秦は、賢吾の迫力に気圧された様子もなく、それどころかすべてを心得たように、唇だけの艶然とした笑みを浮かべて頷いた。
応接間を出ていく秦の姿を見送った和彦は、何かしたわけでもないのに疲労感に襲われ、深くソファに座り直す。そんな和彦の隣で、賢吾はニヤニヤと笑っている。これが、大蛇の化身のような男でなければ、不愉快だといって、顔を背けさせるところだ。
「……あんたがここまで、寛大で優しい男だと、初めて知った」
和彦の精一杯の皮肉を、賢吾は純粋に冗談として受け止めたらしく、短く声を洩らして笑った。
「俺は先生の前ではいつでも、寛大で優しい男だろ」
「ぼくに薬を飲ませた不埒な男を、遊び相手として与えてくれるほど、か?」
「先生の目の前で、秦を半殺しにすれば満足するというなら、今から呼び戻して、そうしてやるが」
冗談を装っているが、賢吾の場合、本当にやりかねない。
獲物を巨体でじわじわと締め上げるのは、残酷な性質を持つ大蛇にとっては、さぞかし楽しいだろう。たとえ戯れであろうが、締め上げられるほうは堪ったものではないが。
和彦は片手を伸ばし、賢吾の頬にてのひらを押し当てる。骨格は千尋とよく似ているが、年齢を重ねた分、さらにしっかりとした造りで、そこからごっそりと甘さだけを削ぎ落とした男の顔だ。
「――せっかくぼくが診て、完治が近いところまできているのに、またぼくの手を煩わせる気か」
「なるほど。先生のきれいな指が、他の男の体を這い回るのかと思うと、少しばかりムカつくな」
「変な言い方をするなっ……。用が済んだんなら、ぼくはこれで帰るからな」
立ち上がろうとした和彦だが、すかさず手首を掴まれて引っ張られ、バランスを崩して賢吾の胸元に倒れ込む。そのまましっかりと両腕で抱き締められた。
「先生への本題はこれからだ」
嫌な予感がした和彦は、露骨に顔をしかめて見せる。すると賢吾は表情を和らげてから、耳元に唇を寄せてきた。
「頼みたいことがある」
「……聞きたくない」
「結婚披露宴に、俺の名代として祝儀を持っていってほしい」
一瞬聞き間違えたのかと、和彦は目を丸くして賢吾を見つめる。
「えっ……」
「結婚披露宴だ。俺のオヤジが、昔から面倒を見てやっている男がいるんだが、そこの次男坊が結婚する。昵懇だから、何もしないわけにはいかない。だが、ヤクザと繋がりがあるなんて、人に知られるわけにもいかない。だから、先生に頼むってわけだ」
どんな物騒なことを言われるのかと身構えた和彦は、正直拍子抜けした。意外に、というのも変だが、まっとうな頼み事だ。だからといって、素直に引き受けられるわけではない。
「……結婚披露宴なんて目立つ場に、足を運ばなくてもいいだろ。相手も事情がわかっているんだから、日を改めて祝いの気持ちを伝えたところで――」
「ヤクザは、いつ生きるか死ぬかわからない連中の集まりだ。日を改めたとして、そのとき生きているかわからないし、もしかすると、ムショにぶち込まれているかもしれない。そういう事情があるから、祝えるときに祝い、弔えるときに弔う。相手の顔を潰すわけにもいかんしな」
賢吾の話が本当かウソか、和彦には確かめようがない。ただ、心は動いた。
「――……あんたでも、頼みたい、なんて言うんだな」
ぼそりと和彦が洩らすと、賢吾が機嫌よさそうに軽く唇を吸ってくる。
「ああ、これは命令じゃないからな」
「つまり、嫌だと言えるんだな」
賢吾が微かに笑い、息遣いが唇に触れる。誘われるように今度は和彦から、賢吾の唇をそっと吸った。
「嫌か?」
「……祝儀を持っていくだけなら」
「受付で、記帳もしてくれ。誰の名前を書くかは、あとで教える」
「それだけ?」
「それだけだ。簡単だろ」
和彦が返事をする前に、賢吾は本格的に唇と舌を貪り始める。こんな口づけを与えられて、嫌と言えるはずがなかった。
43
お気に入りに追加
1,391
あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…



塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる