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第11話
(1)
しおりを挟むいつものように仰々しい出迎えを受けて、和彦は車から降りる。辺りを見回す余裕すら与えられず、組員にやや強引に促されて、監視カメラに見下ろされながら威圧的な門扉をくぐる。
自分は長嶺組にとって貴重な存在であると、嫌でも自覚が芽生えてきた和彦だが、だからといってヤクザの慣習や生活様式に馴染んだわけではない。この世界で和彦の扱いは、組長ほどではないにしても、幹部並みの厚遇だ。
組事務所などでは、顔馴染みとなった組員たちと世間話をする程度には打ち解けて、扱いも、堅苦しいほどのものではない。だが、長嶺の本宅に足を踏み入れるときは、別だ。やはり和彦は特別扱いなのだ。
ヤクザの世界で長年積み上げたものがない人間にとっては、それはひたすら重い。
「……ぼく相手に、出迎えはいらないんだがな……」
靴を脱ぎながら和彦が独りごちると、傍らに立っている組員にまじめな口調で言われた。
「そういうわけにはいきません。先生は、うちの組にとって大事な方ですから」
反射的に和彦は、ごめん、と頭を下げてしまい、組員が奇妙な表情を浮かべる。
「先生、いい加減、うちでのもてなし方に慣れてください」
「たかが医者に、無茶を言わないでくれ」
そんなやり取りを交わしながら、応接間に案内される。
今朝、賢吾から電話があり、話したいことがあるので本宅に来いと言われたため、当然、応接間に賢吾の姿があると思っていた。だが、ソファに腰掛けていたのは――。
「どうして……」
和彦が思わず声を洩らすと、スーツ姿の秦が軽く肩をすくめる。
案内の組員はすぐに立ち去ったが、入れ替わるように別の組員がコーヒーを運んできたため、和彦は秦の向かいに腰を下ろした。
ドアが閉まるのを待ってから、秦が口を開く。
「長嶺組長に、いろいろと相談をしていたんです。先生もあとから見えられると聞いたので、せっかくなのでご挨拶をしようと思って、待たせてもらっていました」
和彦は遠慮なく、胡乱な眼差しを秦に向ける。ヤクザの組長の本宅にいるというのに、緊張した素振りも見せず、柔らかく艶やかな雰囲気をまとい、優しげな笑みを浮かべている。
ふいに、鷹津から聞かされた話が脳裏を過る。別に外国人に対して抵抗があるわけではないが、今、目の前にいる男は、実は日本人ではないかもしれないと思うと、不思議な感覚が和彦の中で芽生える。
「先生?」
いつの間にか秦を凝視していたらしい。声をかけられてハッとした和彦は、わずかに視線を逸らしつつ、誤魔化すように言った。
「どうやら、組長と関わりが持てたらしいな。ここに来るのは、今日が初めてじゃないんだろ」
「ええ、まあ……。初めて呼び出されたときは、さすがに膝が震えましたよ。もしかすると、わたしの命も今日までなのかもしれないと思って」
物騒なことを言うわりには、秦の口調は滑らかで、楽しげだ。
「……こうして元気なところを見ると、組長からは、なんのお咎めもなく済んだようだな」
「まさか」
短く言い切って、秦は唇を歪める。優雅な存在感を放つ男には不似合いな表情に、和彦は目を丸くする。
「噂以上に怖い方ですよ、長嶺組長は。覚悟はしていましたが、今のわたしは、生殺与奪の権をしっかりと長嶺組長に握られている状態です。――許しがあるから、こうして息ができている」
あまりに大仰な物言いに、かえって和彦は、自分はからかわれているのではないかと疑ってしまう。そんな和彦に対しては秦は、すぐに表情を一変させ、安心させるかのように微笑を向けてきた。
「そう、驚いた顔をしないでください。わたしの今の状況は、別の見方ができるんです」
「別の見方?」
「長嶺組の庇護を受けていることと同義なんですよ。わたしを生かすも殺すも、決められるのは長嶺組長だけ、という状況は」
秦は先日、誰かに暴行を受けて大怪我を負った。和彦に手を出したことによる、長嶺組の報復だろうかと、ちらりと考えたことがあるのだが、どうやらそちらの件は、秦個人の事情によるものらしい。つまり、秦を脅かす存在がいるのだ。
そして今、本人の口から語られたが、秦の生殺与奪の権は賢吾が握っているという。秦を襲った者たちからすれば、この事態をどう感じるか――。
「……いろいろと、わからないことがあるんだが……」
「なんでしょうか?」
「君を襲った相手は、一体誰なのか。そして、襲った理由。その連中と長嶺組が、敵対する危険はないのか。仮に危険があるとして、厄介な存在となる君を、どうして組長はわざわざ本宅に呼んだりしたのか。君と関わりを持つことに、組長は何かしら利益を得るのか――」
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