血と束縛と

北川とも

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第10話

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「あのときは、ぼくの意識は朦朧としていたっ。だいたいお前も、変な気になってなかっただろ」
「今はなってる?」
 千尋が耳に直接唇を押し当て、意味ありげに囁いてくる。わざわざ確認しなくても、ニヤニヤとしている表情が容易に想像できる。
「なってないとしたら、ぼくの腰に当たっているものはなんだ」
「俺の正直な気持ち」
 背後から千尋にきつく抱き締められ、隠しようのない熱い欲望がさらに押しつけられる。
 一緒に風呂に入りたいと言われたときから、こういう状況になるのはわかりきっていた。それに、こんなことを言われると――。
「今日は、先生を独占できる。オヤジには何度も念を押しておいたんだ。絶対電話してくるなって」
「何も、そこまでしなくてもいいだろ……」
「先生は、オヤジの意地の悪さを甘く見てる」
 息子にここまで言われるのも、ある意味すごいかもしれない。思わず和彦が声を洩らして笑うと、千尋に首筋を舐め上げられた。驚いて水音を立てた和彦だが、一向に気にかけた様子もなく千尋の片手が胸元に這わされてくる。さらにもう片方の手が、両足の間に差し込まれた。
「お前……、湯に浸かってこんなことをしたら、のぼせるからなっ……」
「だから、こんなにぬるいお湯にしたんじゃん」
 楽しげにそう言った千尋が、さっそく手に握り込んだ和彦のものを緩やかに扱き始める。
「うっ……」
 和彦は小さく呻き声を洩らして、反射的に前に逃れようとしたが、背後からしっかり抱き締められているため身動きが取れない。
「おとなしくしてよ、先生」
 そう囁いてきた千尋の手に下肢をまさぐられ、とうとう内奥の入り口を指先でくすぐられる。
「わざわざ風呂でこんなことをしなくていいだろっ」
「だって普通の日なら、させてくれない――」
「いつだったか、お前に軟禁されて好き勝手されたときに懲りたんだ。……風呂は、体を洗って寛ぐ場だ」
 振り返って和彦が言い切ると、そんな和彦の顔をまじまじと見つめてから、千尋が軽く唇を吸ってきた。
「……こら、千尋、聞いてるのか」
「んー、あんまり聞いてない」
 和彦が呆れてため息をつくと、待ちかねていたように口腔にスルリと舌が入り込む。これ以上小言をいうのも野暮に思え、千尋の舌を吸ってやり、絡め合う。同時に、片足を持ち上げられて、内奥にゆっくりと指を挿入される。和彦はわずかに腰を揺らしながら締め付けていた。
「千尋っ……、せめて、風呂から出るまで我慢しろ」
「嫌。せっかく先生とこうしてるのに、我慢したくない」
 言葉とともに指が付け根まで、内奥に埋め込まれた。和彦は、前に逃れようと伸ばした手で湯を叩き、また水音を立てる。
「うっ、あっ、あぁっ」
 指が内奥で蠢き、そのたびに湯が入り込んでくる。絡みついてくる腕の強さから、千尋にやめる気がないのは明らかだ。湯の中で暴れても疲れるだけだと嫌でも悟った和彦は、仕方なく千尋の胸に体を預ける。
「……お前、誕生日が終わったら覚えてろよ」
「何かお仕置きしてくれるわけ?」
 耳元で楽しそうな声で言いながらも、千尋の指は巧みに内奥で動き続ける。
「相手をするとお前が喜ぶだけだから、しばらく会わないというのはどうだ?」
「そうなったら、この部屋に転がり込んで、住み着く」
 千尋のわがままには敵わない。和彦は顔をしかめてから振り返り、千尋と唇を触れ合わせ、そっと噛み付く。千尋の興奮を煽るのは簡単だった。
 すぐに内奥から指が引き抜かれ、体の位置が入れ替えられる。大きめのバスタブとはいえ、大きな男二人が入っていて余裕たっぷりというわけではない。少々苦労したが、千尋としては満足できる態勢になったらしく、バスタブにもたかれかかった和彦に抱きついてきた。その一方で、開いた両足の間に腰が割り込まされる。
「千尋、盛り上がっているところ悪いが、少し背中が痛い……」
「じゃあ、俺にしっかりしがみついててよ」
 素直に従うのも癪だが、仕方ない。和彦は両腕を千尋の首に回してしがみつく。千尋の体は熱くなっていた。
「……先生の体、熱いね」
 ふいに千尋に指摘され、自覚がなかった和彦はうろたえる。一気に顔が熱くなり、のぼせてしまいそうだ。
「恥ずかしいんだっ」
 和彦が自分の反応を誤魔化すために睨みつけると、すべてわかっているような顔で千尋は笑い、唇を塞いでくる。さらに片手で、和彦のものを再び扱き始めていた。
「あっ、はあぁ……」
 いつもならとっくに先端から透明なしずくが滲んでいるだろうが、今は確認のしようがない。それでも千尋は、指の腹で先端を執拗に撫で、和彦が腰を浮かせるようになると、柔らかな膨らみを弄ぶように愛撫を加えてくる。
「んっ……、んっ、あっ、あぅっ」
 仰け反った拍子に、後ろ髪どころか、耳まで湯に浸かってしまう。すかさず千尋の片手で頭を支えられ、笑いを含んだ声で問われた。
「先生、沈んじゃうよ」
「……誰の、せいだ」
 和彦がしがみつくと、千尋も限界を迎えていたらしく、内奥の入り口に熱い欲望が押し当てられる。ゾクゾクするような興奮が和彦の体を駆け抜け、思わず身震いする。
 千尋がゆっくりと押し入ってこようとした瞬間、バスルームのドアの向こうから聞こえてくる音があった。二人は動きを止め、間近で見つめ合う。
「千尋、あれ――」
「俺の携帯だ……。しかもあの着信音、じいちゃんから……」
「早く電話に出ろっ」
 和彦は千尋の肩を押し退け、なんとか姿勢を戻す。そんな和彦を恨みがましそうに見ていた千尋だが、さすがに祖父からの電話は無視できないらしく、勢いよく立ち上がった。
 バスルームを出る千尋の後ろ姿を見送ってから、和彦は肩までしっかり湯に浸かる。すっかり千尋の言葉に乗せられていたが、自分たちがいかに恥知らずな行為に及ぼうとしていたのか、今になって痛感していた。
 バスタブの縁に腕をかけ、濡れた髪を掻き上げる。ドアの向こうから千尋の声が聞こえてくるが、何を話しているかまではわからない。
 千尋は千尋で、周囲から大事にされている存在だ。本来は、誕生日という大事な日に、和彦が独占するのは許されないのかもしれない。
 そんなことを考えているとドアが開き、千尋がひょこっと顔を覗かせる。申し訳なさそうな表情に目にして、和彦は思わず笑ってしまう。
「その顔は、呼び出されたな」
「ごめんね、先生。俺が無理言って、こうして一緒に過ごしてもらってるのに……」
「かまわないさ。誕生日に必要なことは、もう済ませたんだし。プレゼントを渡して、おめでとうを言って、ケーキのロウソクを吹き消してもらった。ぼくは、お前の誕生日を祝ってやれたと思って、満足している」
 和彦の反応にほっとしたように、千尋がちらりと笑みを見せる。腰にタオルを巻いて、バスタブの側までやってきた。何事かと、和彦は千尋を見上げる。
「どうした?」
「――和彦」
 突然名を呼ばれて、驚いた和彦は派手な水音を立てて立ち上がる。和彦の反応を笑いもせず、それどころか真剣な顔をして、千尋が唇に軽くキスしてきた。
「十歳差じゃなくなった記念に、先生の名前を呼びたかったんだ」
 もう一度、囁くように名を呼ばれてから、しっとりと唇が重ねられる。
 ただ、名を呼ばれただけだというのに、和彦の心臓の鼓動は速くなっていた。この瞬間、千尋がとても大人びて見え、照れていたのだ。
 そんな和彦を、千尋はしっかりと抱き締めてくれた。

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