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第10話
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「何、先生っ。そのグサッとくる言い方っ。まるで俺が、若いだけが取り柄みたいじゃん」
「若いといっても、今日で二十一だろ。十歳差、というのが新鮮でよかったのに――」
悲鳴を上げた千尋が勢いよくソファから立ち上がり、和彦の隣へとやってくる。
締めたネクタイがどことなく、犬っころの首につけられた首輪に見えなくもない。千尋の必死の表情も相まって、たまらず和彦は噴き出す。
「お前、可愛いな……」
「先生、今、俺のことを、犬っころみたいだと思っただろ」
その言葉を肯定するように、遠慮なく千尋の頭を撫で回す。そして、柔らかな口調で告げた。
「ぼくの前では、意識してそんなふうに振る舞ってくれているんだろ」
次の瞬間、千尋は年齢以上に大人びた表情となり、ネクタイを解く。汚してはいけないと言わんばかりに、きちんと箱に仕舞い、ソファの端に置いた。
千尋の誕生日である今日は、和彦はほぼ千尋に独占されている。午前中はしっかりと買い物を楽しみ、午後からはたっぷりと遊び歩き、ホテルのレストランで豪華な夕食を済ませたあとは、和彦の部屋に移動して寛いでいる。
「……お前に、そういう役回りを押しつけているのかもな、ぼくは。生活が一変した中で、犬っころみたいに人懐っこいお前の姿だけは、元の生活の頃と変わらない。だから、なくしたくないんだ」
自嘲するように洩らした和彦は、テーブルに置いたチョコレートケーキを切り分け、二枚の皿にそれぞれ置く。千尋の誕生日を祝うためにわざわざ予約して、クリームで名まで書いてもらったのだ。
千尋のためというより、子供の頃から誕生日を祝ってもらったことがない和彦が、ささやかな遊び心を満たすために頼んだともいえる。
和彦の手から皿とフォークを受け取った千尋が、軽く肩をすくめる。
「俺は、先生とこうしてベタベタできるんだから、それが嫌なんて思わない。あんな家に生まれてさ、跡継ぐことが決まっていると、俺に望まれる姿なんて一つだけなんだ。だけど先生は、そうじゃない。甘ったれの俺を大事にしてくれる」
「……その甘ったれを、何歳まで続けられるか……」
「だから、歳の話はやめてよっ。というか俺、まだ二十一なんだからね」
声を洩らして笑った和彦は、せっかく買ってきたケーキを味わう。
「千尋、がんばって全部食べろよ。お前のために、買ったんだから」
「全部食べるまで、先生が隣にいてくれるなら」
横目でじろりと見ると、千尋ににんまりと笑いかけられた。その千尋の唇の端に、チョコレートがついている。ここで指先で掬い取ってやるほど甘くない和彦は、反対に、指先にクリームをたっぷり取って、千尋の高い鼻につけてやる。しかし、千尋も負けていない。目をキラキラさせて、和彦の頬にクリームをつけてきた。
「――生意気」
「いくら先生が年上でも、こういうところじゃ遠慮しないよ、俺」
「よし、わかった。ぼくも遠慮しない」
和彦の言葉に、またクリームをつけられると思ったのか、犬っころのような従順さを発揮した千尋が、ぎゅっと目を閉じて待ち構える。その顔を見た和彦は、必死に笑いを噛み殺しながら、鼻につけたクリームを指で掬い取ってやる。
「あっ……」
目を開いた千尋に、その指先を突きつける。
「食べ物は、粗末にしない」
和彦の意図がわかったのか、千尋は素直に指先を咥えた。千尋に指先のクリームを舐めさせながら和彦も、自分の頬についたクリームを掬い取って舐める。
誕生日である千尋は、今日は王様だ。甘えられれば、それがどんなことであろうが、和彦は逆らえない。せがまれるまま、千尋にケーキを食べさせてやる。
甘ったれぶりに拍車がかかっているなと、つい和彦は苦笑を洩らしていた。
そして千尋は、調子に乗る。
「先生、誕生日プレゼントとして、俺のわがままを聞いてほしいんだけど」
大きくため息をついた和彦は、もう一度千尋の鼻にクリームをつける。
「――こんなにお前を甘やかすのは、今日だけだからな」
「そうは言うけど、先生って、いつでも俺に甘いよね」
反論できなかった和彦は、悔し紛れに千尋の頬をつねり上げてやった。
ぬるま湯と柔らかな入浴剤の香りに包まれながら、ほっと吐息を洩らした和彦は、知らず知らずのうちに熱くなる頬を撫でる。すると、背後から頬ずりされた挙げ句に、唇が押し当てられた。たまりかねた和彦は、とうとう本音を洩らした。
「……千尋、お前は機嫌がよさそうだが、ぼくは恥ずかしくてたまらないんだが……」
「どうして? 俺たち二人きりだし、先生と風呂に入るなんて、初めてじゃないだろ。ついこの間なんて、先生の体を俺が洗って――」
「若いといっても、今日で二十一だろ。十歳差、というのが新鮮でよかったのに――」
悲鳴を上げた千尋が勢いよくソファから立ち上がり、和彦の隣へとやってくる。
締めたネクタイがどことなく、犬っころの首につけられた首輪に見えなくもない。千尋の必死の表情も相まって、たまらず和彦は噴き出す。
「お前、可愛いな……」
「先生、今、俺のことを、犬っころみたいだと思っただろ」
その言葉を肯定するように、遠慮なく千尋の頭を撫で回す。そして、柔らかな口調で告げた。
「ぼくの前では、意識してそんなふうに振る舞ってくれているんだろ」
次の瞬間、千尋は年齢以上に大人びた表情となり、ネクタイを解く。汚してはいけないと言わんばかりに、きちんと箱に仕舞い、ソファの端に置いた。
千尋の誕生日である今日は、和彦はほぼ千尋に独占されている。午前中はしっかりと買い物を楽しみ、午後からはたっぷりと遊び歩き、ホテルのレストランで豪華な夕食を済ませたあとは、和彦の部屋に移動して寛いでいる。
「……お前に、そういう役回りを押しつけているのかもな、ぼくは。生活が一変した中で、犬っころみたいに人懐っこいお前の姿だけは、元の生活の頃と変わらない。だから、なくしたくないんだ」
自嘲するように洩らした和彦は、テーブルに置いたチョコレートケーキを切り分け、二枚の皿にそれぞれ置く。千尋の誕生日を祝うためにわざわざ予約して、クリームで名まで書いてもらったのだ。
千尋のためというより、子供の頃から誕生日を祝ってもらったことがない和彦が、ささやかな遊び心を満たすために頼んだともいえる。
和彦の手から皿とフォークを受け取った千尋が、軽く肩をすくめる。
「俺は、先生とこうしてベタベタできるんだから、それが嫌なんて思わない。あんな家に生まれてさ、跡継ぐことが決まっていると、俺に望まれる姿なんて一つだけなんだ。だけど先生は、そうじゃない。甘ったれの俺を大事にしてくれる」
「……その甘ったれを、何歳まで続けられるか……」
「だから、歳の話はやめてよっ。というか俺、まだ二十一なんだからね」
声を洩らして笑った和彦は、せっかく買ってきたケーキを味わう。
「千尋、がんばって全部食べろよ。お前のために、買ったんだから」
「全部食べるまで、先生が隣にいてくれるなら」
横目でじろりと見ると、千尋ににんまりと笑いかけられた。その千尋の唇の端に、チョコレートがついている。ここで指先で掬い取ってやるほど甘くない和彦は、反対に、指先にクリームをたっぷり取って、千尋の高い鼻につけてやる。しかし、千尋も負けていない。目をキラキラさせて、和彦の頬にクリームをつけてきた。
「――生意気」
「いくら先生が年上でも、こういうところじゃ遠慮しないよ、俺」
「よし、わかった。ぼくも遠慮しない」
和彦の言葉に、またクリームをつけられると思ったのか、犬っころのような従順さを発揮した千尋が、ぎゅっと目を閉じて待ち構える。その顔を見た和彦は、必死に笑いを噛み殺しながら、鼻につけたクリームを指で掬い取ってやる。
「あっ……」
目を開いた千尋に、その指先を突きつける。
「食べ物は、粗末にしない」
和彦の意図がわかったのか、千尋は素直に指先を咥えた。千尋に指先のクリームを舐めさせながら和彦も、自分の頬についたクリームを掬い取って舐める。
誕生日である千尋は、今日は王様だ。甘えられれば、それがどんなことであろうが、和彦は逆らえない。せがまれるまま、千尋にケーキを食べさせてやる。
甘ったれぶりに拍車がかかっているなと、つい和彦は苦笑を洩らしていた。
そして千尋は、調子に乗る。
「先生、誕生日プレゼントとして、俺のわがままを聞いてほしいんだけど」
大きくため息をついた和彦は、もう一度千尋の鼻にクリームをつける。
「――こんなにお前を甘やかすのは、今日だけだからな」
「そうは言うけど、先生って、いつでも俺に甘いよね」
反論できなかった和彦は、悔し紛れに千尋の頬をつねり上げてやった。
ぬるま湯と柔らかな入浴剤の香りに包まれながら、ほっと吐息を洩らした和彦は、知らず知らずのうちに熱くなる頬を撫でる。すると、背後から頬ずりされた挙げ句に、唇が押し当てられた。たまりかねた和彦は、とうとう本音を洩らした。
「……千尋、お前は機嫌がよさそうだが、ぼくは恥ずかしくてたまらないんだが……」
「どうして? 俺たち二人きりだし、先生と風呂に入るなんて、初めてじゃないだろ。ついこの間なんて、先生の体を俺が洗って――」
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