血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
上 下
196 / 1,268
第10話

(18)

しおりを挟む
「先生は物腰が柔らかいから、つい余計なことまでしゃべってしまいますね。こんな仕事をしていると、気恥ずかしくなるような話題とは無縁なので、俺も油断してしまいました」
 ようやく中嶋がいつもの笑みを見せたので、和彦は安堵する。ちょうどコーヒーも飲み終えたので、シャワーを浴びに行くことにしたが、中嶋も同時に立ち上がる。
 示し合わせたわけではないが、行動をともにする流れになっていた。
 着替えを取りに一旦更衣室に向かい、ロッカーは別々なので中嶋とは出入り口で別れる。
 和彦が借りているロッカーがある列に客は二人しかおらず、着替えながら世間話をしていた。軽く会釈して傍らを通り、自分のロッカーを開ける。
 バスタオルや替えのTシャツを取り出しているうちに会話の声は遠ざかり、和彦一人となったが、入れ替わるように足音が聞こえ、こちらに誰かが近づいてくる。和彦は開けたロッカーの扉から顔だけを出して、足音の主の姿を確認した。
「中嶋くん……」
 傍らに立った中嶋が手ぶらであることを訝しみつつ、声をかける。
「どうかしたのか。これからシャワーを浴びに――」
「先生、さっきの俺の発言は訂正します」
「えっ?」
「秦さんに甘い感情はないけど、興味はあります。特に、あの人の感触に」
 どういう意味かと問いかける間もなかった。いきなり中嶋に肩を掴まれて押される。眼前に中嶋の顔が迫ってきて、唇を塞がれた。中嶋の思いがけない行動に和彦は目を見開くが、奇妙なほど冷静でいられた。
 中嶋は、乱暴ではなかった。何かを確かめるようにゆっくりと丁寧に和彦の唇を吸い、和彦はその中嶋の目を、間近から覗き込む。こんな場所で、突拍子もない行為に及んでいるにもかかわらず、中嶋の目は静かだった。おそらく和彦も、同じような目をしているだろう。
 何度も唇を吸われているうちに、和彦もつい中嶋の唇を吸い返す。
 欲情は刺激されないが、不快ではないキスだった。心地いいと表現していいかもしれない。漠然と、秦とのキスに似ていると思ったところで、中嶋の目的がわかった気がした。
 ロッカーの列の向こう側で人の話し声がする。それをきっかけに唇が離れ、うつむいた中嶋が息を吐き出した。
「……まあ、こんなことをして、わかるはずがないですよね。あの人の感触が」
「悪い。ぼくが余計なことを吹き込んでしまったから……」
「被害者である先生が謝らないでください。下手をしたら、俺は長嶺組長の前で、落とし前をつけなきゃいけない」
 中嶋は自己嫌悪に陥っているようだが、もしかすると演技かもしれない。そんな穿った見方をする自分に、和彦のほうが自己嫌悪に陥りそうだ。
 中嶋の肩をポンポンと叩き、声を潜めて話しかけた。
「やましいことはしてないんだから、別に話す必要はない。君は秦静馬という男のことが知りたくて、ぼくは少しだけ彼のことを知っているから教えた。――それだけだ」
 顔を上げた中嶋が苦笑する。
「どうして、この間まで堅気だった先生が物騒な男たちに大事にされるのか、初めてわかった気がします」
「ぼくは、ズルイ人間だからな。どこでも上手く立ち回れる。……自分の実家以外では」
 最後の言葉はほとんど囁きに近く、中嶋には聞き取れなかったかもしれない。
 何事もなかった顔をして声をかけられた。
「先生、シャワーに行きませんか?」
「……ああ」
 頷いた和彦は、ロッカーから着替えとバスタオルを取り出した。




 パーティー用の飾りつけも買ってくるべきだったかもしれないと、まるで子供のように嬉しそうにプレゼントを開ける千尋を見ながら、そんなことを和彦は考える。
「すげーっ、先生から誕生日プレゼントなんて、初めてもらった」
「……語弊のある言い方をするな。一年前の今頃、ぼくとお前はまだ知り合ってなかっただろ」
「そうだっけ?」
「そうだ」
 応じながら和彦は、自分の言葉に奇妙な感慨深さを覚える。これだけ濃密なつき合いをしている千尋と、知り合ってまだ一年も経っていないのだと。それは千尋だけでなく、今、和彦の身近にいる男たちに対しても同じことがいえる。千尋よりもさらに、知り合ってからの期間は短い。
「――……ぼくがいままでつき合ってきた男の中じゃ、お前が一番長いかもな。十歳も年下とつき合うのは初めてで、一週間ももたないんじゃないかと思っていたが……」
「予想を超えて、俺とのセックスがよかった?」
 和彦が誕生日プレゼントとして贈ったネクタイを首に締めながら、千尋がニヤリと笑いかけてくる。そんな千尋をわざと冷めた視線で一瞥してから、和彦は顔を背けてため息をつく。
「まあ、若さが〈売り〉だからな」

しおりを挟む
感想 80

あなたにおすすめの小説

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

処理中です...