血と束縛と

北川とも

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第10話

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「彼は、手札にするには危険すぎる人物だと、思ったことはないか?」
 この瞬間、中嶋の目に鋭い光が戻ったことに和彦は気づいた。
「――秦さんについて、何か知っているんですか?」
「あっ、いや……」
 見えない刃を喉元に突きつけられたような圧迫感を覚え、和彦は思わず姿勢を正す。
「聞きたいのは、ぼくのほうだ。君は彼とつき合いが長いから、ウソか本当かはともかく、いろいろと話を聞いているんだろう。例えば……ホストになる以前のこととか」
「先生がどうしてそんなことを知りたいのか、俺はむしろ、そっちのほうが気になりますね」
 これ以上、中嶋から物騒な眼差しを向けられたくない和彦は、咄嗟にこう口にした。
「……気にしているのは、組長だ。どうしてか、なんて聞くなよ。ぼくにもわからないんだ」
 へえ、と声を洩らした中嶋の顔は、切れ者のヤクザのそれだった。
「秦さん、いつの間にか、長嶺組長に気にかけられるような存在になっていたんですね」
「みたいだな。……先日、組長が彼の店で飲んだときにぼくも一緒にいたが、そのあと、何かしら二人の間でやり取りがあったんだろう」
 賢吾と秦が何をしようが、勝手にやってくれという思いがある反面、小さな棘のような疎外感が、胸の奥でチクチクと痛んでいる。そんな自分に、和彦は驚いていた。ヤクザの世界の事情に関わりたくないという考えとは、この疎外感は相反している。
 秦が日本人でないかもしれないという、鷹津からもたらされた情報は、当然、賢吾の耳に入れてある。インパクトは十分だが、だからどうしたと問われれば返事に詰まる情報だ。それを賢吾はどうやって処理するか、和彦はずっと気にしていた。
 中嶋も思うことがあるのか、足を組み、じっと何かを考え込む表情となる。
「さっきの先生の質問ですけど――、ホストになる前、秦さんが何をしていたか、いろいろ聞かされましたよ。留年続きの大学生だったとか、海外を放浪していたとか、親の仕事を手伝っていた……。あとは、女のヒモをしていた、ですね」
「のらりくらりと躱された、というところか」
「あの人なら、全部本当だとしても驚きませんが、全部ウソかもしれませんね」
 小さく声を洩らして笑った中嶋だが、目だけは変わらず鋭い光を湛えている。普通の青年を装うことが上手い中嶋も、秦の話題になると、地が出てしまうようだ。
「それでもいいんですよ。俺にとっては、ホストクラブなんかで先輩風を吹かして、生意気なガキの面倒を見てくれて、今も腐れ縁が続いている程度のもので。過去は、どうでもいい」
「――厄介な過去を背負っていたとしても?」
 意識しないまま、和彦はつい鋭い問いかけをしてしまう。呼応するように、中嶋から鋭い眼差しを向けられた。
「先生やっぱり、何か知っているんですね」
「いや、そういうわけじゃ……」
「ついでに聞かせてください。先生と秦さんの間に、何があったのか」
 和彦は視線をさまよわせ、汗で湿っている髪を掻き上げる。
「……彼に利用されただけだ。ヤクザでもない彼にとって、長嶺組長と話をするためには、ぼくに近づくのが手っ取り早かったんだろう。ただ、危険な賭けだと思う。長嶺組長が、〈自分のもの〉に指一本でも手を出されたと知って激昂する人間だったなら、今頃彼は――」
「指一本でも、手を出されたということですか」
 外見は立派な青年である中嶋だが、こうして秦のことを話していると、和彦はどうしても、厄介な〈女〉を相手にしている錯覚に陥る。女の神経を逆撫でないよう気をつかいながら、彼とは深い仲ではないのだと説明しているのは、ヤクザの〈オンナ〉だ。
 自分の想像は悪趣味だなと、和彦は心の中で自戒する。この悪趣味な想像を断ち切るために、単刀直入に尋ねた。
「君は、彼――秦さんに、性的な関心があるのか?」
 和彦の問いかけは意外だったらしく、中嶋は驚いたように目を見開いたあと、肩を震わせて笑い始めた。中嶋のその反応を眺めながら和彦は、自分の考えが的外れなものだったのだろうかと、顔を熱くする。今の生活に毒されてしまったのかもしれない。
「変なことを聞いて悪かった……」
「いえ、面と向かって初めてそんなことを言われたので、驚いて」
 さんざん笑ったあと、中嶋はスッと無表情に戻り、遠い目をした。
「……あの人は、あまりに掴み所がなくて、ヤクザとは違う怖さがあるんです。そこが魅力といえば魅力ですが、あの人相手に甘い感情は――」
 和彦は片手を上げ、話を打ち切る。
「もう、いい。別に、君の繊細な部分に踏み込みたいわけじゃなかったんだ」

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