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第10話
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一言も反論できなかった。しかし、十歳も年下の青年に言い負かされたままでは悔しいので、精一杯の抵抗を試みる。
「……ぼくの周りにいるのが、食えない男ばかりだからだ。だからぼくは、付け込まれる」
「それって、俺も入ってる?」
そう問いかけてくる千尋は、やけに嬉しそうだ。和彦は、そんな千尋の頬をペチペチと軽く叩く。
「目をキラッキラさせて、そういうことをストレートに聞いてくるうちは、まだまだかもな」
答えながら和彦は、笑みをこぼす。すると、ふいに真顔となった千尋が顔を寄せてきて、チュッと軽く音を立てて唇を吸われた。
「千尋……」
「笑えるってことは、大丈夫だと思っていいんだよね?」
千尋の意図がわかり、和彦は小さく声を洩らす。和彦の心に深刻なダメージが残っていないか確認するため、千尋はあえて、〈単純なガキ〉を演じたのだ。
もう一度唇を吸われた和彦は、両腕を千尋の背に回す。
「――……お前も十分、食えないよ」
二十歳だからガキだと思っているのは、案外和彦だけなのかもしれない。いや、ガキだと思いたいだけなのか――。
つい、千尋の二十歳という年齢を意識してしまう和彦に対し、千尋がそっと耳打ちしてきた。
「先生、俺、もうすぐ誕生日なんだ」
「だったら、プレゼントとケーキを用意して、お誕生日会をしてやる」
「……やっぱりガキ扱いだなー」
唇を尖らせる千尋に、今度は和彦のほうから軽くキスしてやる。
「ぼくがやりたいんだ。……いままで、他人の誕生日を祝ったことがないし、ぼく自身、誕生日なんて祝ってもらったことも、意識したこともないからな。今みたいな生活を送っていて、そういう初めての経験をするのもいいだろ」
「先生――」
「他の奴相手なら、気恥ずかしくてこんなことできないが、お前相手なら、バカ騒ぎもちょうどいい」
うん、と頷いた千尋に抱きつかれ、和彦は受け止める。
戯れのようなキスを交わし合っていると、乱暴にドアが開閉され、廊下を走ってくる足音が聞こえてくる。この瞬間、千尋の顔つきが変わった。鋭い眼差しを廊下のほうに向けながら、和彦を守るように両腕をしっかりと体に回してくる。
「千尋……」
「大丈夫。何かあったら、俺が守るよ」
千尋の腕の中、身じろいだ和彦がどうにか振り返ったのと、三田村が待合室に飛び込んでくるのはほぼ同時だった。
三田村はわずかに目を見開いたが、次の瞬間には無表情に戻る。
「――どうかしたのか」
三田村にそう問いかけたのは、千尋だ。
「いえ……。先生に何があったのか、組長に教えられたものですから……」
「電話してくりゃ、それで済む話だろ。忙しい若頭補佐が、わざわざ足を運ぶなんて」
思いがけず千尋の冷たい言葉に、和彦は驚く。
「千尋っ」
叱責するように鋭い声を発すると、途端に千尋はストレートな怒りの表情を見せた。
「……だって、やってることが、俺と同じじゃん。オヤジから鷹津のことを聞かされてから、先生に電話する余裕もなくて、直接こうして先生に会いに来るなんて……。自分の姿を見てるみたいだ」
自分たちの奇妙な関係を思い知らされて、和彦は言葉が出なかった。和彦が気づかないだけで、千尋は日ごろ、賢吾や三田村を相手に心理的な駆け引きを繰り広げているのかもしれない。普通の男なら、千尋に対してなんらかの反応を示すのかもしれないが、やはり相手が悪すぎる。
三田村は、無表情で黙って佇んでいたが、和彦と目が合うと、ただ頷かれ、静かに立ち去ってしまう。
和彦の元気な姿を見られただけでいい。三田村なら、心の中でそう声をかけてくれたのかもしれない。
三田村を追っていきたいところだが、千尋は放っておけない。
なんといっても和彦は、この千尋のオンナなのだ。今優先すべきは、自分のオトコの存在ではない。
「――……千尋、ぼくは大事にされるのは好きだ。いままでずっと、手軽な相手に、手軽な関係ばかり求めていたけど、こういうのは、悪くない。……ただ、抜け出せなくなりそうなぐらい居心地がよすぎて、怖くなるけどな」
千尋の背を撫でながら和彦が囁くと、小さく微笑んだ千尋に柔らかく唇を吸い上げられた。
「抜け出せなくなってよ。そうしたら、ずっと先生を大事にしてあげられる。俺だけじゃなく、オヤジも、……三田村も」
ここで三田村を含められるのが、千尋の器の大きさかもしれないと思ったが、もしかすると、和彦の欲目かもしれない。
「……ぼくの周りにいるのが、食えない男ばかりだからだ。だからぼくは、付け込まれる」
「それって、俺も入ってる?」
そう問いかけてくる千尋は、やけに嬉しそうだ。和彦は、そんな千尋の頬をペチペチと軽く叩く。
「目をキラッキラさせて、そういうことをストレートに聞いてくるうちは、まだまだかもな」
答えながら和彦は、笑みをこぼす。すると、ふいに真顔となった千尋が顔を寄せてきて、チュッと軽く音を立てて唇を吸われた。
「千尋……」
「笑えるってことは、大丈夫だと思っていいんだよね?」
千尋の意図がわかり、和彦は小さく声を洩らす。和彦の心に深刻なダメージが残っていないか確認するため、千尋はあえて、〈単純なガキ〉を演じたのだ。
もう一度唇を吸われた和彦は、両腕を千尋の背に回す。
「――……お前も十分、食えないよ」
二十歳だからガキだと思っているのは、案外和彦だけなのかもしれない。いや、ガキだと思いたいだけなのか――。
つい、千尋の二十歳という年齢を意識してしまう和彦に対し、千尋がそっと耳打ちしてきた。
「先生、俺、もうすぐ誕生日なんだ」
「だったら、プレゼントとケーキを用意して、お誕生日会をしてやる」
「……やっぱりガキ扱いだなー」
唇を尖らせる千尋に、今度は和彦のほうから軽くキスしてやる。
「ぼくがやりたいんだ。……いままで、他人の誕生日を祝ったことがないし、ぼく自身、誕生日なんて祝ってもらったことも、意識したこともないからな。今みたいな生活を送っていて、そういう初めての経験をするのもいいだろ」
「先生――」
「他の奴相手なら、気恥ずかしくてこんなことできないが、お前相手なら、バカ騒ぎもちょうどいい」
うん、と頷いた千尋に抱きつかれ、和彦は受け止める。
戯れのようなキスを交わし合っていると、乱暴にドアが開閉され、廊下を走ってくる足音が聞こえてくる。この瞬間、千尋の顔つきが変わった。鋭い眼差しを廊下のほうに向けながら、和彦を守るように両腕をしっかりと体に回してくる。
「千尋……」
「大丈夫。何かあったら、俺が守るよ」
千尋の腕の中、身じろいだ和彦がどうにか振り返ったのと、三田村が待合室に飛び込んでくるのはほぼ同時だった。
三田村はわずかに目を見開いたが、次の瞬間には無表情に戻る。
「――どうかしたのか」
三田村にそう問いかけたのは、千尋だ。
「いえ……。先生に何があったのか、組長に教えられたものですから……」
「電話してくりゃ、それで済む話だろ。忙しい若頭補佐が、わざわざ足を運ぶなんて」
思いがけず千尋の冷たい言葉に、和彦は驚く。
「千尋っ」
叱責するように鋭い声を発すると、途端に千尋はストレートな怒りの表情を見せた。
「……だって、やってることが、俺と同じじゃん。オヤジから鷹津のことを聞かされてから、先生に電話する余裕もなくて、直接こうして先生に会いに来るなんて……。自分の姿を見てるみたいだ」
自分たちの奇妙な関係を思い知らされて、和彦は言葉が出なかった。和彦が気づかないだけで、千尋は日ごろ、賢吾や三田村を相手に心理的な駆け引きを繰り広げているのかもしれない。普通の男なら、千尋に対してなんらかの反応を示すのかもしれないが、やはり相手が悪すぎる。
三田村は、無表情で黙って佇んでいたが、和彦と目が合うと、ただ頷かれ、静かに立ち去ってしまう。
和彦の元気な姿を見られただけでいい。三田村なら、心の中でそう声をかけてくれたのかもしれない。
三田村を追っていきたいところだが、千尋は放っておけない。
なんといっても和彦は、この千尋のオンナなのだ。今優先すべきは、自分のオトコの存在ではない。
「――……千尋、ぼくは大事にされるのは好きだ。いままでずっと、手軽な相手に、手軽な関係ばかり求めていたけど、こういうのは、悪くない。……ただ、抜け出せなくなりそうなぐらい居心地がよすぎて、怖くなるけどな」
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「抜け出せなくなってよ。そうしたら、ずっと先生を大事にしてあげられる。俺だけじゃなく、オヤジも、……三田村も」
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