血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
上 下
182 / 1,268
第10話

(4)

しおりを挟む




 開けたドアから心地いい風が入り、待合室を吹き抜けていく。空気の入れ替えも兼ねて、待合室に面している部屋のドアや窓はすべて開け放っているので、風の通りは抜群だ。
 髪を掻き上げた和彦は、ページの端を折った医療用品のカタログをテーブルに置き、周囲にぐるりと視線を向ける。運び込まれた備品から小物に至るまで、一応、収まるべきところに収まり、照明器具も設置した。おかげで、ぐっとクリニックの待合室らしくなった。
 医療機器を入れるまで人が出入りすることもないため、当分の間、和彦はここを一人で自由に使える。部屋に閉じこもっていても不健康なので、昼間は毎日通ってくるのもいいと、実は考えていた。外で護衛をしている組員には申し訳ないが、人形でもない限り、生活空間以外で、一人で気楽に過ごす時間は必要なのだ。
 そう、一人で気楽に――。
 和彦はソファの背もたれに頭を預け、ぼんやりと天井を見上げる。すると、前触れもなく声をかけられた。
「――寛いでるね、先生」
 ビクリと体を震わせて、慌てて姿勢を直す。出入り口のドアから待合室へと通じている廊下のほうを見ると、いつからいたのか、窓枠に手をかけた千尋が立っていた。驚いたことに、今日もスーツ姿だ。しかも、髪もきちんとセットしてある。
 千尋の姿に目を丸くした和彦は、率直に感想を洩らした。
「この間も思ったが、就職活動をしている学生みたいだ……」
「ひでー。確かに、スーツは着慣れてないけどさ」
 苦笑した千尋がこちらに歩み寄ってくる。
「普通のスーツが似合わないなら、マオカラーに挑戦してみようかな――」
「あれはやめておけ。あんなものを着たら、ぼくは遠慮なく、『学生服を着ているみたいだ』と言うぞ」
「……先生、厳しい」
 小さく笑い声を洩らした和彦の隣に、当然のように千尋は腰掛ける。
「今日も、総和会の用事か?」
「じいちゃんについてね」
「跡継ぎ修行のために、ずっとついていなくていいのか」
 和彦がこう言うと、急に怖い顔となった千尋が、ぐいっと身を乗り出してくる。間近から顔を覗き込まれ、その迫力にさすがに和彦も息を呑む。
「――何があったのか、オヤジから聞いた」
 千尋の言葉に、和彦はそっとため息を洩らす。
「知らせなくていいと言ったのに……」
「ダメだっ。大事なことだよっ。それに――オヤジだけ知っていて、俺が知らないなんて、おかしいだろ。先生は、オヤジだけじゃなく、俺の〈オンナ〉なんだ」
 和彦はじっと千尋の顔を見つめる。脳裏に、つい最近、三人の男たちに同時に体を嬲られた体験が蘇る。その中に、まだ若い千尋が加わっていたのだ。しかも、行為のあと、和彦の体を丹念に洗ってくれた。その手つきは、優しくはあったが、傲慢でもあった。〈これ〉は自分のものだと、主張しているようだった。
 傲慢で純粋で、甘ったれ。それが、千尋だ。そして和彦は、そんな千尋のオンナとして大事にされている。方法は独特だが。
 苦笑に近い表情を浮かべた和彦が頬を撫でてやると、人懐こい犬っころ並みの反応のよさで、千尋は抱きついてきた。ただし、発言そのものは物騒だ。
「……あいつ、許さない……。先生にひどいことをした」
「殴られたりはしなかったがな。……さすがに、ショックだった。ああいう辱められ方もあるのかと思った。ヤクザの手口は体で覚えたつもりだったが、まさか、刑事に――」
 和彦の淡々とした言葉に刺激されたのか、抱き締めてくる千尋の腕の力が強くなり、息苦しくなる。
「千尋っ」
 咄嗟に呼びかけて、千尋の顔を上げさせる。思ったとおり、千尋は激しい炎を孕んだ目をしていた。大蛇の化身のような賢吾なら、まずこんな目はしないだろう。
「怒るのはいいが、鷹津を見かけても、飛びかかるなよ。あの男は、長嶺組を刺激して、反応するのを待っている。お前みたいに頭に血が上りやすい奴は、絶対にあの男に近づくな」
 両手で千尋の頬を挟み込んで諭すと、なぜか千尋は目を丸くする。和彦は眉をひそめて首を傾げた。
「お前、聞いてるのか?」
「いや……、なんというか、俺としては、鷹津に近づくなというのは、先生に言いたい言葉なんだけど……」
「誰が、あんな男に近づくかっ」
 和彦がムキになって声を荒らげると、千尋は露骨に疑いの眼差しを向けてくる。
「そうは言うけど、先生、ガード甘いじゃん」

しおりを挟む
感想 80

あなたにおすすめの小説

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

処理中です...