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第9話
(23)
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ビクリと肩を震わせて、和彦は振り返る。鷹津が軽くあごをしゃくり、仕方なく受話器を置く。部屋に上がるまで、ずっと腕を捻り上げられて痛みを与えられ続けていたせいで、激しい反抗心まで捻じ伏せられたようだ。
鷹津は、逆らえば容赦なく、和彦に痛みを与えてくる。その点はヤクザと同じだ。
「このリビングだけで、俺が寝起きしている部屋の何倍だろうな」
「……ぼくに、なんの用だ」
「この間、いいものを見させてもらったから、礼を言いに来た」
ようやく和彦は、鷹津を睨みつける。秦の店での、賢吾との行為を指しているのだと、すぐにわかった。あんなものを見せつけられて、屈辱に感じない男ではないはずだ。礼どころか、報復に来たのだ。
「礼なら、長嶺組長に言えばいい。あんなことをしでかしたのは、あの男だ」
「お前のご主人さまだろ。その言い方はよくねーな」
ゆっくりとした足取りで鷹津がこちらに向かってくるので、和彦は後退るようにして距離を取ろうとする。緊迫した空気の中、一瞬たりとも気が抜けない追いかけっこをしているようだ。
沈黙が訪れるのが怖くて、必死に頭を働かせる。話題はなんでもよかったが、この状況で和彦は、長嶺組のために情報を引き出そうとしていた。
「――……あんた昨日、長嶺組のシマのことで、何かしたか?」
和彦の問いかけに、鷹津は無精ひげが生えたあごを撫でる。
「シマ、か。ヤクザの言葉が身についてきたみたいだな。……お前が言うそのシマを担当区域にしている警察署の生活安全課に、長嶺に飼われているネズミがいると、俺が教えてやっただけだ。ウソの手入れ情報を流してネズミを泳がせ、ヤクザを踊らせる――なんて悪辣なことまでは、俺は関知していない」
「長嶺組に対する嫌がらせか」
「嫌がらせ? 俺は刑事だぜ。あいつらを駆除するのがお仕事だ。長嶺には、総和会なんて厄介なものまで引っ付いてるんだ。一気に潰すのは不可能だが、じわじわと弱体化させるのは可能だ。俺は、ヤクザが嫌がる手口をよく知ってるからな」
「……手口をよく知るぐらい、ヤクザとべったり癒着していたということか」
和彦の言葉に、ただでさえ嫌な険を宿した鷹津の目が、さらに険しくなる。相変わらずこの男の目は、ドロドロとした感情の澱が透けて見え、和彦の嫌悪感や警戒心を煽り立てる。
「当たり、みたいだな。……組の人間は、あんたがヤクザ相手に何をしでかしたのか詳しく話してくれないし、ぼくも聞こうとは思わなかった。あんたを悪党だという組長の言葉と、あんた自身を見ていたら、十分だ」
鷹津が大股で側にやってこようとしたので、和彦はすかさず逃げ、ソファセットを挟んで対峙する。隙を見て寝室か書斎に駆け込めば、中から鍵がかけられるうえに、そこから電話ができる。
「刑事だからと調子に乗りすぎて、ヤクザにハメられたんだろ。あんたがクズだと見下していた連中は、さぞかし気分がよかっただろうな」
「……ああ。ご丁寧に、わざわざ俺の目の前で、嘲笑ったクズがいた。ぶちのめしてやったら、血塗れの顔でのた打ち回ってたな」
鷹津が下卑た笑みを口元に浮かべ、和彦は怖気立つ。鷹津の凶暴性が怖いと同時に、血の濃厚なイメージが重なり、吐き気がした。さきほど肩を捻り上げられたせいで、痛みを想像するのも容易だ。
よほど顔色が変わったらしく、鷹津はニヤリと笑った。
「長嶺のオンナのくせに、ずいぶんお上品で繊細だな。俺の話を聞いただけで、顔が青くなったぞ。さっきまでの強気はどうした」
和彦は反射的に、寝室に通じるドアにちらりと視線を向ける。これ以上、鷹津と対峙するのは無理だと思ったのだ。
次の瞬間、鷹津がソファを乗り越えて、テーブルの上に立つ。驚いた和彦は思わず立ち尽くしてしまうが、すぐに我に返って逃げようとする。だが、鷹津が獣のように飛びかかってくるほうが早かった。
「あっ」
乱暴に絨毯の上に押し倒され、衝撃に数瞬息ができなくなる。その間に、鷹津は悠然と和彦の上に馬乗りになっていた。
あごを掴み上げられた和彦は、なんとか身を捩ろうと足掻きながら、鷹津を睨みつける。一方の鷹津は、余裕たっぷりに笑っていた。その顔がまた、和彦の嫌悪感を増幅させる。触れられているところから、まるで毒が染み込んでくるようだ。
「何が、目的だ……。ぼくを痛めつけたところで、単なる弱い者イジメだろ。それとも、そんな人間をいたぶって、ヤクザに報復したつもりになるのか?」
「――震えてるぞ、佐伯」
薄笑いで鷹津に指摘され、和彦は唇を噛む。実際、恐怖と嫌悪と動揺から、和彦の体は小刻みに震えていた。
鷹津は、逆らえば容赦なく、和彦に痛みを与えてくる。その点はヤクザと同じだ。
「このリビングだけで、俺が寝起きしている部屋の何倍だろうな」
「……ぼくに、なんの用だ」
「この間、いいものを見させてもらったから、礼を言いに来た」
ようやく和彦は、鷹津を睨みつける。秦の店での、賢吾との行為を指しているのだと、すぐにわかった。あんなものを見せつけられて、屈辱に感じない男ではないはずだ。礼どころか、報復に来たのだ。
「礼なら、長嶺組長に言えばいい。あんなことをしでかしたのは、あの男だ」
「お前のご主人さまだろ。その言い方はよくねーな」
ゆっくりとした足取りで鷹津がこちらに向かってくるので、和彦は後退るようにして距離を取ろうとする。緊迫した空気の中、一瞬たりとも気が抜けない追いかけっこをしているようだ。
沈黙が訪れるのが怖くて、必死に頭を働かせる。話題はなんでもよかったが、この状況で和彦は、長嶺組のために情報を引き出そうとしていた。
「――……あんた昨日、長嶺組のシマのことで、何かしたか?」
和彦の問いかけに、鷹津は無精ひげが生えたあごを撫でる。
「シマ、か。ヤクザの言葉が身についてきたみたいだな。……お前が言うそのシマを担当区域にしている警察署の生活安全課に、長嶺に飼われているネズミがいると、俺が教えてやっただけだ。ウソの手入れ情報を流してネズミを泳がせ、ヤクザを踊らせる――なんて悪辣なことまでは、俺は関知していない」
「長嶺組に対する嫌がらせか」
「嫌がらせ? 俺は刑事だぜ。あいつらを駆除するのがお仕事だ。長嶺には、総和会なんて厄介なものまで引っ付いてるんだ。一気に潰すのは不可能だが、じわじわと弱体化させるのは可能だ。俺は、ヤクザが嫌がる手口をよく知ってるからな」
「……手口をよく知るぐらい、ヤクザとべったり癒着していたということか」
和彦の言葉に、ただでさえ嫌な険を宿した鷹津の目が、さらに険しくなる。相変わらずこの男の目は、ドロドロとした感情の澱が透けて見え、和彦の嫌悪感や警戒心を煽り立てる。
「当たり、みたいだな。……組の人間は、あんたがヤクザ相手に何をしでかしたのか詳しく話してくれないし、ぼくも聞こうとは思わなかった。あんたを悪党だという組長の言葉と、あんた自身を見ていたら、十分だ」
鷹津が大股で側にやってこようとしたので、和彦はすかさず逃げ、ソファセットを挟んで対峙する。隙を見て寝室か書斎に駆け込めば、中から鍵がかけられるうえに、そこから電話ができる。
「刑事だからと調子に乗りすぎて、ヤクザにハメられたんだろ。あんたがクズだと見下していた連中は、さぞかし気分がよかっただろうな」
「……ああ。ご丁寧に、わざわざ俺の目の前で、嘲笑ったクズがいた。ぶちのめしてやったら、血塗れの顔でのた打ち回ってたな」
鷹津が下卑た笑みを口元に浮かべ、和彦は怖気立つ。鷹津の凶暴性が怖いと同時に、血の濃厚なイメージが重なり、吐き気がした。さきほど肩を捻り上げられたせいで、痛みを想像するのも容易だ。
よほど顔色が変わったらしく、鷹津はニヤリと笑った。
「長嶺のオンナのくせに、ずいぶんお上品で繊細だな。俺の話を聞いただけで、顔が青くなったぞ。さっきまでの強気はどうした」
和彦は反射的に、寝室に通じるドアにちらりと視線を向ける。これ以上、鷹津と対峙するのは無理だと思ったのだ。
次の瞬間、鷹津がソファを乗り越えて、テーブルの上に立つ。驚いた和彦は思わず立ち尽くしてしまうが、すぐに我に返って逃げようとする。だが、鷹津が獣のように飛びかかってくるほうが早かった。
「あっ」
乱暴に絨毯の上に押し倒され、衝撃に数瞬息ができなくなる。その間に、鷹津は悠然と和彦の上に馬乗りになっていた。
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「何が、目的だ……。ぼくを痛めつけたところで、単なる弱い者イジメだろ。それとも、そんな人間をいたぶって、ヤクザに報復したつもりになるのか?」
「――震えてるぞ、佐伯」
薄笑いで鷹津に指摘され、和彦は唇を噛む。実際、恐怖と嫌悪と動揺から、和彦の体は小刻みに震えていた。
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