血と束縛と

北川とも

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第9話

(22)

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 どこかに出かけるとき、和彦には必ずといっていいほど護衛がつき、外で一人になることはほとんどない。この生活に入ったばかりの頃は、比較的自由だったのだが、今となっては、その頃の解放感が懐かしい。
 長嶺組での和彦の重要性が増したうえに、ある男の登場によって、自由は侵食されつつあった。
 そんな状況下で、夜のコンビニにふらりと出かけることは、和彦のささやかな楽しみとなっていた。もちろん、組員たちはいい顔をしないが、賢吾が何か言ったのか、黙認される形となっている。
 マンションからコンビニまで、片道ほんの数分ほどの道のりをのんびりと歩きながら、濡れた髪を掻き上げる。秋めいてきたとはいえ、日中は陽射しの強さによっては暑いぐらいのときもあるのだが、さすがに夜風はひんやりと冷たくなってきた。ただ、シャワーを浴びて火照った頬には、その風が心地いい。
 このまま夜の散歩といきたいところだが、さすがにそれは自重しておく。
 和彦は、昨夜、三田村から聞かされたことを思い出し、そっと眉をひそめていた。
 結局、警察による手入れはなかったが、風営法違反の際どいサービスを行っている店もいくつかあったため、警察に踏み込まれるのを恐れて臨時休業したらしい。手入れがあるという情報がもたらされた以上、しばらくは警察の動きを警戒して、まともな営業は望めないそうだ。
 情報に振り回されたと、三田村は淡々とした口調で電話で話していた。警察内で何が起こっているのか和彦には知りようがないが、〈誰か〉は、長嶺組がこの状態に陥ることを狙っていたはずだ。この程度で組が危機に陥ることはないが、煩わされるのは確かだ。
 落ち着くまで長嶺の本宅で過ごしたらどうかとも三田村に言われたのだが、さすがにそれは断った。一日、二日をあの家で過ごすのはかまわないが、何日ともなると、和彦の精神が参りそうだ。
 そもそも和彦は、人と一緒に暮らすことに慣れていない。これまで何人かの恋人とつき合ってきたが、同棲にまで至らなかったのは、そのためだ。
 コンビニで牛乳とガムを買い、まっすぐマンションに戻っていた和彦だが、ふと足を止めて振り返る。三田村と交わした会話のせいではないが、さすがに和彦も、自分の危なっかしさを自覚し、最低限の自衛手段は取ることにしたのだ。
 もっともそれは、夜道を歩いていて、背後を気にする程度のものだが――。
 背後から誰もついてきていないことを確認して、和彦は足早にマンションのアーチをくぐる。エントランスのロックを解除しようと、操作盤に触れたそのときだった。こちらに近づいてくる足音に気づく。
 マンションの住人だろうかと、顔を上げた和彦は、そっと息を呑む。悠然とした足取りでやってくるのは、鷹津だった。
 アーチから正面玄関にかけて、照明によって明るく照らされているのだが、黒のソリッドシャツにジーンズという見覚えのある格好をした鷹津の姿は、やけに不気味に見える。
 無精ひげを生やした口元が、ニヤリと笑みを刻む。ハッと我に返った和彦は、慌てて部屋番号を入力してエントランスに入ったが、突然駆け出した鷹津も、素早く身を滑り込ませてきた。
 和彦は本能的に駆け出し、エレベーターに乗り込もうとしたが、扉が開く前に鷹津に腕を掴まれる。
「離せっ」
 鋭い声を上げ、手を振り払おうとしたが、次の瞬間、掴まれた腕を捩じ上げられた。肩まで痺れるような傷みに和彦は呻き声を洩らし、動けなくなる。手からコンビニの袋が落ちそうになり、鷹津に奪い取られた。
「黙って、部屋まで行け。なんならこの場で、肩を外してやってもいいぞ。――大の男が絶叫するような痛みを味わってみるか?」
 鷹津は、和彦が極端に痛みに弱いことは知らないはずだ。普通の男であっても、鷹津のような粗暴な刑事からこんなことを言われれば、従うしかない。鷹津の本性の一端を知っている和彦であれば、なおさらだ。
 睨みつける気力もなく、促されるままエレベーターに乗り込んだ。
 当然のように部屋に上がり込んだ鷹津は、胡乱な目つきですべての部屋を見て回り、リビングで立ち尽くす和彦は痛む腕の付け根を押さえながら、そんな鷹津を目で追う。
 自分の迂闊さを悔やんだが、もう遅い。自分は危なっかしいと自覚したところで、まだ事態を――鷹津を甘く見ていたのだ。危機感すら欠けていた。
 和彦は、鷹津の姿が寝室のほうに消えたのを見て、電話に駆け寄ろうとする。長嶺組に助けを求めようとしたのだ。しかし、受話器を取り上げたところで、待ちかねていたように鷹津の声がした。
「――いい暮らしをさせてもらってるな」

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