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第9話
(20)
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食事に関しては、和彦などよりよほどマメな三田村だ。時間さえあれば、きちんとした料理を作れるのかもしれない。
「今度、食べてみたい」
和彦がこう言うと、三田村は微妙な顔となる。
「いや……。先生が期待しているほど、美味いものじゃないと思うが――」
「わからないだろ。実際食べてみないと」
子供のようにムキになった和彦を、到底ヤクザとは思えない優しい眼差しで三田村が見つめてくる。
「なら、近いうちに、先生の部屋のキッチンを借りて作ってみよう」
「楽しみにしている。――ものすごく」
また三田村が微妙な顔をしたので、和彦は声を洩らして笑ってしまう。つられたように三田村も笑みを見せたが、すぐに真剣な顔となる。風で乱れた髪を慣れない動作で掻き上げてくれ、小声で礼を言った和彦は、そのまま三田村に身を寄せる。
一応、周囲の様子をうかがい、人が来る気配がないのを確かめてから、どちらともなく唇を触れ合わせる。二度、三度と互いの唇を啄ばみ合っているうちに、三田村の片手が首の後ろにかかり、引き寄せられてしっかりと唇を重ねた。
こんなつもりはなかったのだが――というのは、言い訳にはならないだろう。三田村と出かけ、見ているだけで気持ちが晴れるような景色の中、身を寄せ合えば、こうなることは必然に近い。
「んっ……」
舌先が触れ合い、緩やかに絡めていた。口づけに夢中になるあまり、持っている缶コーヒーから意識が逸れ、危うく落としそうになったが、すかさず三田村に受け止められ、階段に置かれる。
性急に唇と舌を貪り合いながら、一気に燃え上がった情欲をもどかしく鎮めようとする。触れ合えばこうなるとわかっているのに、触れ合わずにはいられない。和彦だけでなく三田村も、まだ始まったばかりともいえる関係にのぼせているのかもしれない。
自由な外の生活とは違い、何かと制限を受ける中での生活だからこそ、なおいっそう、些細なことで刺激され、熱くなる。
三田村の舌に丹念に口腔をまさぐられると、和彦は三田村の情熱に応えるように、あごの傷跡に唇を押し当て、柔らかく吸い上げる。舌先を這わせたところで、再び三田村に唇を塞がれた。
外ということもあり、なんとか自制心を働かせて体を離したが、与えられれば、いくらでも三田村の感触が欲しくなりそうだ。
熱を帯びた吐息を洩らした和彦は、コーヒーを飲む。
妖しい空気を変えるためなのか、すでに濃厚な口づけの余韻を消した厳しい声で、三田村が切り出した。
「――……組長から教えてもらったが、一昨日の夜は大変だったらしいな」
和彦は思わず顔をしかめるが、返事としてはそれで十分だろう。
三田村が言っているのは、秦に誘われたパーティーに出席したあと、二次会の場に賢吾がいただけでなく、鷹津まで現れたことだ。それだけならまだしも、賢吾は鷹津が見ている前で、和彦を抱いた。
短いつき合いとはいえ、賢吾とは濃厚な関係を持っているが、いまだに、大蛇の化身のような男が何を考えているのかわからない。
何かしら意図があるのかもしれないが、妙なところで強烈で残酷な好奇心を持っている賢吾のことなので、それ故の行動だとしても、和彦は驚かない。
「大変なのは大変だが、お宅の組長が、火に油どころか、灯油をぶち込んだかもしれない」
和彦の例えに、三田村は苦笑に近い表情を浮かべる。片手を伸ばして三田村の頬を撫でると、その手を取った三田村にてのひらにキスされた。
のんびりと海を眺め、心地いい風に吹かれながら、自分の〈オトコ〉に大事にされる。それがひどく幸せだと感じる自分に、和彦は戸惑う。ヤクザの世界に頭の先までどっぷり浸かり、周囲はヤクザばかり。何より、こうして和彦を慈しんでくれる男もまた、ヤクザなのだ。
それなのに幸せだと感じるのは、罪なのだろうか――。
つい考え込む和彦を、いつの間にか三田村がじっと見つめていた。我に返り、誤魔化すように問いかけた。
「……鷹津のことで、組長は何か言っていたか?」
「付け入る隙を与えないよう気をつけろと。正直、今日こうして先生を連れ出す許可をもらえたのは、意外だった。組長なりに、先生を閉じ込めて息苦しい思いをさせないよう、配慮しているのかもしれない」
「するべき配慮は、他にあると思うんだが……」
他人が見ている前で和彦を抱くという行為は、賢吾の中では配慮に値しない事柄らしい。
あの男の常識に合わせていると疲れるだけだと思い、ひとまず和彦は、今のこの景色と、三田村とのんびり過ごせるわずかな時間を楽しむことにする。
しかし、缶コーヒーが空になる前に、穏やかな時間はあっさりと終わりを迎えた。三田村の携帯電話が鳴ったのだ。
「今度、食べてみたい」
和彦がこう言うと、三田村は微妙な顔となる。
「いや……。先生が期待しているほど、美味いものじゃないと思うが――」
「わからないだろ。実際食べてみないと」
子供のようにムキになった和彦を、到底ヤクザとは思えない優しい眼差しで三田村が見つめてくる。
「なら、近いうちに、先生の部屋のキッチンを借りて作ってみよう」
「楽しみにしている。――ものすごく」
また三田村が微妙な顔をしたので、和彦は声を洩らして笑ってしまう。つられたように三田村も笑みを見せたが、すぐに真剣な顔となる。風で乱れた髪を慣れない動作で掻き上げてくれ、小声で礼を言った和彦は、そのまま三田村に身を寄せる。
一応、周囲の様子をうかがい、人が来る気配がないのを確かめてから、どちらともなく唇を触れ合わせる。二度、三度と互いの唇を啄ばみ合っているうちに、三田村の片手が首の後ろにかかり、引き寄せられてしっかりと唇を重ねた。
こんなつもりはなかったのだが――というのは、言い訳にはならないだろう。三田村と出かけ、見ているだけで気持ちが晴れるような景色の中、身を寄せ合えば、こうなることは必然に近い。
「んっ……」
舌先が触れ合い、緩やかに絡めていた。口づけに夢中になるあまり、持っている缶コーヒーから意識が逸れ、危うく落としそうになったが、すかさず三田村に受け止められ、階段に置かれる。
性急に唇と舌を貪り合いながら、一気に燃え上がった情欲をもどかしく鎮めようとする。触れ合えばこうなるとわかっているのに、触れ合わずにはいられない。和彦だけでなく三田村も、まだ始まったばかりともいえる関係にのぼせているのかもしれない。
自由な外の生活とは違い、何かと制限を受ける中での生活だからこそ、なおいっそう、些細なことで刺激され、熱くなる。
三田村の舌に丹念に口腔をまさぐられると、和彦は三田村の情熱に応えるように、あごの傷跡に唇を押し当て、柔らかく吸い上げる。舌先を這わせたところで、再び三田村に唇を塞がれた。
外ということもあり、なんとか自制心を働かせて体を離したが、与えられれば、いくらでも三田村の感触が欲しくなりそうだ。
熱を帯びた吐息を洩らした和彦は、コーヒーを飲む。
妖しい空気を変えるためなのか、すでに濃厚な口づけの余韻を消した厳しい声で、三田村が切り出した。
「――……組長から教えてもらったが、一昨日の夜は大変だったらしいな」
和彦は思わず顔をしかめるが、返事としてはそれで十分だろう。
三田村が言っているのは、秦に誘われたパーティーに出席したあと、二次会の場に賢吾がいただけでなく、鷹津まで現れたことだ。それだけならまだしも、賢吾は鷹津が見ている前で、和彦を抱いた。
短いつき合いとはいえ、賢吾とは濃厚な関係を持っているが、いまだに、大蛇の化身のような男が何を考えているのかわからない。
何かしら意図があるのかもしれないが、妙なところで強烈で残酷な好奇心を持っている賢吾のことなので、それ故の行動だとしても、和彦は驚かない。
「大変なのは大変だが、お宅の組長が、火に油どころか、灯油をぶち込んだかもしれない」
和彦の例えに、三田村は苦笑に近い表情を浮かべる。片手を伸ばして三田村の頬を撫でると、その手を取った三田村にてのひらにキスされた。
のんびりと海を眺め、心地いい風に吹かれながら、自分の〈オトコ〉に大事にされる。それがひどく幸せだと感じる自分に、和彦は戸惑う。ヤクザの世界に頭の先までどっぷり浸かり、周囲はヤクザばかり。何より、こうして和彦を慈しんでくれる男もまた、ヤクザなのだ。
それなのに幸せだと感じるのは、罪なのだろうか――。
つい考え込む和彦を、いつの間にか三田村がじっと見つめていた。我に返り、誤魔化すように問いかけた。
「……鷹津のことで、組長は何か言っていたか?」
「付け入る隙を与えないよう気をつけろと。正直、今日こうして先生を連れ出す許可をもらえたのは、意外だった。組長なりに、先生を閉じ込めて息苦しい思いをさせないよう、配慮しているのかもしれない」
「するべき配慮は、他にあると思うんだが……」
他人が見ている前で和彦を抱くという行為は、賢吾の中では配慮に値しない事柄らしい。
あの男の常識に合わせていると疲れるだけだと思い、ひとまず和彦は、今のこの景色と、三田村とのんびり過ごせるわずかな時間を楽しむことにする。
しかし、缶コーヒーが空になる前に、穏やかな時間はあっさりと終わりを迎えた。三田村の携帯電話が鳴ったのだ。
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