167 / 1,268
第9話
(15)
しおりを挟む
何か飲めと賢吾に言われ、和彦はハイボールを頼む。ちなみに賢吾が飲んでいるものは、ギブソンだ。この男に甘口のカクテルは似合わないので、納得できるオーダーだ。
物騒な男が隣にいて安心して飲めるというのも妙な話だが、和彦はこの夜初めて、やっとアルコールを味わうことができる。冷えたソーダの刺激が舌の上で弾け、美味しかった。
いつものことだが、賢吾と二人で飲むとき、特に何かを話すわけではない。じっくりとアルコールを味わい、その場の雰囲気を楽しむのだ。
いつものように賢吾とそうやって飲んでいると、次々に客がやってきて、店内はあっという間ににぎやかになる。ただ、盛り上げ役のホストたちがいないせいか、眉をひそめるほどの騒々しさはない。
「――お楽しみですか」
賢吾の傍らに立ち、声をかけてきた人物がいる。秦だ。賢吾は悠然と顔を上げると、カクテルグラスを軽く掲げた。
「ああ。ここがホストクラブじゃなかったら、通ってもいいぐらいだ。俺は、男に接客される趣味はないからな」
賢吾の言葉に、さすがの色男もどういう顔をしていいかわからなかったらしい。いくぶん困惑したようにちらりと和彦を見た。もっとも和彦のほうも、賢吾の言葉の真意はわからない。この男なりの性質の悪い冗談なのか、案外、本音なのか。
「気分がいいから、今夜は難しい話はなしだ。――色男、ガツガツするなよ。そういう姿は人に見せるもんじゃねーし、俺も、見たくねーからな」
上機嫌ともいえる声音で賢吾がそんなことを言ったが、和彦には、大蛇がわずかに鎌首をもたげた姿が脳裏に浮かんだ。威嚇ではない。ただ、相手を値踏みしているのだ。
賢吾の刺青について知らないはずの秦は、違う光景を頭に描いたのか、顔を強張らせている。いくつもの組と関わり、ヤクザとつき合いのある秦でも、賢吾が相手だと気圧されるらしい。
秦が口を開きかけたそのとき、受付にいたボーイが慌ただしく秦に駆け寄り、何かを耳打ちした。眉をひそめた秦が、賢吾だけでなく、和彦にも視線を向けてくる。思わず和彦は問いかけた。
「どうかしたのか?」
「いえ……、今夜は貸切だと説明しても、入れてくれとおっしゃるお客様が見えられているのですが、佐伯先生のお知り合いだと――……」
ピンとくるものがあり、まさかと思いながら賢吾を見る。賢吾は、今にも人を食らいそうな、剣呑とした笑みを浮かべた。
「いいじゃねーか。俺の顔を立てて、入れてやってくれ」
賢吾の言葉を受け、秦はすぐにボーイに指示を出す。
案の定、姿を見せたのは、鷹津だった。相変わらずのオールバックに無精ひげだが、今夜はスーツを着ていた。
肩越しに振り返りながら鷹津を確認した賢吾は、短く声を洩らして笑う。
「千客万来ってやつか?」
「……あんたが言える台詞じゃないだろ」
呟きで応じた和彦は、こちらに向かって歩いてくる鷹津を見据える。先日、鷹津から与えられた屈辱は、和彦の胸の奥で傷となってジクジクと痛んでいた。
一方、事情がわからない様子の秦だったが、先日、自分が腹を殴った男が現れたことで、いくらか緊張した表情を見せる。鷹津のほうは、秦を一瞥したものの、声をかけることすらしなかった。賢吾しか目に入っていないようだ。
秦は、立ち入ったことを尋ねてこようとはせず、別室に移動しないかと申し出て、尊大な態度で賢吾が頷いた。
「――そんなに俺の〈オンナ〉が気になるか、鷹津」
重苦しい沈黙を破ったのは、賢吾の挑発的な言葉だった。新たに運ばれてきた水割りを飲んでいた和彦は驚いて、乱暴にグラスをテーブルに置く。正面のソファに腰掛けた鷹津のほうは、ウーロン茶に入った氷をカランと鳴らし、嫌悪感も露わに顔をしかめた。
ただ一人、悠然とした態度を崩さない賢吾は、鷹津の反応に満足そうに喉を鳴らして笑ってから、ウイスキーミストの氷の粒をガリッと噛み砕いた。
「先生のあとをつけ回しては、脅かしているんだってな。可哀想に、先生がすっかり怯えちまっている。今夜だって、尾行していたんだろ。さすがに現役刑事だけあって、他人のケツを追いかけ回すのは得意ってことか」
「……なんとでも言え。こっちも言わせてもらうが、お前のオンナがそんな繊細なタマか。男のくせに、ヤクザの組長を咥え込んでいるってだけでも大したものなのに、その飼い犬とも寝ている」
「それだけじゃない。俺の息子のオンナでもあるんだぜ、この先生は」
さすがに意表を突かれたように鷹津が目を見開く。和彦は賢吾を睨みつけたが、いつの間にか賢吾は、凄みのある目で鷹津を見据えていた。
物騒な男が隣にいて安心して飲めるというのも妙な話だが、和彦はこの夜初めて、やっとアルコールを味わうことができる。冷えたソーダの刺激が舌の上で弾け、美味しかった。
いつものことだが、賢吾と二人で飲むとき、特に何かを話すわけではない。じっくりとアルコールを味わい、その場の雰囲気を楽しむのだ。
いつものように賢吾とそうやって飲んでいると、次々に客がやってきて、店内はあっという間ににぎやかになる。ただ、盛り上げ役のホストたちがいないせいか、眉をひそめるほどの騒々しさはない。
「――お楽しみですか」
賢吾の傍らに立ち、声をかけてきた人物がいる。秦だ。賢吾は悠然と顔を上げると、カクテルグラスを軽く掲げた。
「ああ。ここがホストクラブじゃなかったら、通ってもいいぐらいだ。俺は、男に接客される趣味はないからな」
賢吾の言葉に、さすがの色男もどういう顔をしていいかわからなかったらしい。いくぶん困惑したようにちらりと和彦を見た。もっとも和彦のほうも、賢吾の言葉の真意はわからない。この男なりの性質の悪い冗談なのか、案外、本音なのか。
「気分がいいから、今夜は難しい話はなしだ。――色男、ガツガツするなよ。そういう姿は人に見せるもんじゃねーし、俺も、見たくねーからな」
上機嫌ともいえる声音で賢吾がそんなことを言ったが、和彦には、大蛇がわずかに鎌首をもたげた姿が脳裏に浮かんだ。威嚇ではない。ただ、相手を値踏みしているのだ。
賢吾の刺青について知らないはずの秦は、違う光景を頭に描いたのか、顔を強張らせている。いくつもの組と関わり、ヤクザとつき合いのある秦でも、賢吾が相手だと気圧されるらしい。
秦が口を開きかけたそのとき、受付にいたボーイが慌ただしく秦に駆け寄り、何かを耳打ちした。眉をひそめた秦が、賢吾だけでなく、和彦にも視線を向けてくる。思わず和彦は問いかけた。
「どうかしたのか?」
「いえ……、今夜は貸切だと説明しても、入れてくれとおっしゃるお客様が見えられているのですが、佐伯先生のお知り合いだと――……」
ピンとくるものがあり、まさかと思いながら賢吾を見る。賢吾は、今にも人を食らいそうな、剣呑とした笑みを浮かべた。
「いいじゃねーか。俺の顔を立てて、入れてやってくれ」
賢吾の言葉を受け、秦はすぐにボーイに指示を出す。
案の定、姿を見せたのは、鷹津だった。相変わらずのオールバックに無精ひげだが、今夜はスーツを着ていた。
肩越しに振り返りながら鷹津を確認した賢吾は、短く声を洩らして笑う。
「千客万来ってやつか?」
「……あんたが言える台詞じゃないだろ」
呟きで応じた和彦は、こちらに向かって歩いてくる鷹津を見据える。先日、鷹津から与えられた屈辱は、和彦の胸の奥で傷となってジクジクと痛んでいた。
一方、事情がわからない様子の秦だったが、先日、自分が腹を殴った男が現れたことで、いくらか緊張した表情を見せる。鷹津のほうは、秦を一瞥したものの、声をかけることすらしなかった。賢吾しか目に入っていないようだ。
秦は、立ち入ったことを尋ねてこようとはせず、別室に移動しないかと申し出て、尊大な態度で賢吾が頷いた。
「――そんなに俺の〈オンナ〉が気になるか、鷹津」
重苦しい沈黙を破ったのは、賢吾の挑発的な言葉だった。新たに運ばれてきた水割りを飲んでいた和彦は驚いて、乱暴にグラスをテーブルに置く。正面のソファに腰掛けた鷹津のほうは、ウーロン茶に入った氷をカランと鳴らし、嫌悪感も露わに顔をしかめた。
ただ一人、悠然とした態度を崩さない賢吾は、鷹津の反応に満足そうに喉を鳴らして笑ってから、ウイスキーミストの氷の粒をガリッと噛み砕いた。
「先生のあとをつけ回しては、脅かしているんだってな。可哀想に、先生がすっかり怯えちまっている。今夜だって、尾行していたんだろ。さすがに現役刑事だけあって、他人のケツを追いかけ回すのは得意ってことか」
「……なんとでも言え。こっちも言わせてもらうが、お前のオンナがそんな繊細なタマか。男のくせに、ヤクザの組長を咥え込んでいるってだけでも大したものなのに、その飼い犬とも寝ている」
「それだけじゃない。俺の息子のオンナでもあるんだぜ、この先生は」
さすがに意表を突かれたように鷹津が目を見開く。和彦は賢吾を睨みつけたが、いつの間にか賢吾は、凄みのある目で鷹津を見据えていた。
44
お気に入りに追加
1,391
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる