166 / 1,268
第9話
(14)
しおりを挟む何事もなくパーティーは終わりに近づき、和彦は一足先に帰るつもりでホールをそっと抜け出す。一声かけておこうと、受付を兼ねたレジカウンターに歩み寄ろうとしたとき、背後から柔らかな声で呼びとめられた。
「――先生」
振り返ると、秦が大股で歩み寄ってくるところだ。逃げ出したいところだが、パーティーに招かれてそんな無作法もできず、足を止める。
「楽しんでいただけましたか?」
「ああ。酒が飲めなかったのは残念だが、料理は美味しかった」
よかった、と洩らした秦が、一枚の名刺を差し出してくる。
「この店で、二次会をしています。こちらだと、いくらでも酒が楽しめますよ。なんといっても、クラブですから。今日は店の定休日でホストたちも出勤していないので、本当に、ただ飲んで、ゆっくりしてください」
「……二次会はけっこうだ。酒を飲むなら、部屋に帰って一人で飲む」
露骨に警戒する和彦を見て、秦は意味ありげな笑みを唇の端に刻む。その表情が気になって、和彦は名刺を押し戻そうとしたが、反対に手を取られて押し付けられてしまった。
「おい――」
「ある人が、先生をお待ちですよ」
「ある人?」
「さきほど、店に電話がかかってきたんです。それでわたしが二次会の店をお教えして、先に寛いでいただいているというわけです」
誰が待っているのか、秦は教えてくれなかった。
二次会まで行く気はなかった和彦だが、待機している長嶺組の車に乗り込むと、こちらが何か言う前に、速やかに次の店へと向かい始める。名刺を見せるまでもなかった。
つまり、〈誰か〉がすでに護衛の人間に用件を伝えて、指示を与えているということになる。それが誰であるか、考えるまでもない。
パーティーの席で一滴も飲まなかった和彦だが、この時点で、酔いにも似た感覚に襲われる。
そしてその感覚は、地下一階のクラブへと繋がる細長い階段を下りていくうちに、ますます強くなる。
貸切という札がかかっている扉を開けると、夜のにぎわいを見せる地上のまばゆさとは対照的な、抑えめな照明の明かりとボーイに出迎えられた。
店内へと案内されると、目の前の光景にふっと一瞬の既視感に襲われる。見覚えがあると感じたのは当然で、和彦はこの店を知っていた。実際に足を運んだのは今夜が初めてだが、クリニックのインテリアについて秦に相談したとき、写真で見せられたのだ。
もう一軒の店同様、ホストクラブらしくない内装は、秦の好みが強く反映しており、インテリアの一つ一つも、物がいい。深みのある紫色がところどころで使われているが、妖しさを演出はしていても、下品にはなっていない。
すでにレストランから移動してきた客が数人いたが、その中に一人だけ、カウンターで飲んでいるスーツ姿の男がいた。大柄で引き締まった体躯をしており、こちらに広い背を向けているにもかかわらず、近寄りがたい迫力を醸し出している。
車中である程度の覚悟はしていたが、こんな場で見るこの男のインパクトは強烈だ。
強張った息を吐き出した和彦は、知らない顔をするわけにもいかず、静かに歩み寄った。
「――……なんで、ここにいるんだ」
和彦が話しかけると、長嶺組組長という物騒な肩書きを持つ男が、肩越しに振り返った。
「ホストクラブというから、ロクな酒がないのかと思ったが、ここはいい酒が揃ってるぞ。バーテンの腕も確かだ」
そんなことは聞いていないと、賢吾を軽く睨みつける。唇に薄い笑みを湛えた賢吾に指先で呼ばれ、和彦は隣のスツールに腰掛ける。
「どうしてあんたが、ここにいる」
「仕事が早く片付いてな。それで、先生の浮気相手の顔を拝んでやろうと思ったんだ」
浮気相手という表現に、つい賢吾を怒鳴りつけそうになったが、店内に音楽が流れているとはいえ大声を出して目立ちたくない。そこで和彦は、靴の先で賢吾の足を軽く突いた。
「……ぼくがパーティーのことを話したときから、こうするつもりだったんだろ」
賢吾はニヤリと笑って話を続ける。
「乗り込んでいいか、レストランに電話して確認しようとしたら、ここで二次会をやると秦に教えられた。そこで、先生の先回りをしたというわけだ」
「……一杯飲んで、満足したか? ここは普通の客ばかりなんだ。あんたみたいな物騒な男がいたら、こっちがハラハラする」
「おとなしくしてるぜ? 俺は、紳士的な男だ。酒を出す場で暴れたりしない」
45
お気に入りに追加
1,391
あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

朝起きたら幼なじみと番になってた。
オクラ粥
BL
寝ぼけてるのかと思った。目が覚めて起き上がると全身が痛い。
隣には昨晩一緒に飲みにいった幼なじみがすやすや寝ていた
思いつきの書き殴り
オメガバースの設定をお借りしてます
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…


ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる