血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
上 下
164 / 1,268
第9話

(12)

しおりを挟む
 ソファに腰掛けた和彦の顔を見るなり、無表情が売りである男は、わずかに目を丸くしたあと、微苦笑を浮かべた。
「――これからパーティーに出かける人間の顔じゃないな、先生」
 三田村の言葉に、和彦は眉をひそめてから、自分の顔に触れる。
「そんなに嫌そうな顔をしているか?」
「ヘソを曲げた子供みたいな顔をしている」
 三田村が冗談を言うのは珍しいと思ったが、もしかすると本当に、そんな顔をしていたのかもしれない。今の和彦は、少々の機嫌の悪さと、釈然としない気持ちを引きずっていた。
 髪に指を差し込もうとして、セットしたばかりなのを思い出す。一応、スーツも下ろしたばかりのものを着込んでいるのだ。気軽なパーティーだと言われはしたが、さすがにラフな格好で出かけるのは気が咎める。
 そう、和彦はこれから、パーティーに出かけなくてはならない。しかも、秦に招待されたパーティーに。
 秦から誘いを受けたことは、すぐに三田村に、そして賢吾にも報告したが、その賢吾から返ってきたのは、意外な言葉だった。
 出席しろ――。
 和彦が悩み、考え込む様を楽しむ、嫌な性向を持ち合わせている賢吾としては、このときから今この瞬間まで、和彦の反応は非常に満足のいくものだったろう。和彦はずっと、賢吾だけでなく、秦の意図を考え続けていた。
 その結果が、三田村に『ヘソを曲げた子供みたい』と言われた顔だ。
 そろそろ時間だと示すように、三田村が腕時計をこちらに見せる仕種をする。仕方なく和彦は立ち上がった。
「本当は、こういうときこそ先生についていてやりたいんだが……」
 玄関に向かいながら、ぽつりと三田村が洩らす。夕方から、仕事の関係で本宅に詰めることになっている三田村は、出かける時間をギリギリまで延ばして、こうして和彦の見送りにきてくれたのだ。
 和彦はちらりと笑みをこぼし、三田村の腕を軽く叩く。
「有能なヤクザっていうのも、大変だな」
「……堅気にそう言われたら嫌味だが、先生に言われると……どういう反応をしたらいいんだろうな」
 そう言う三田村の横顔は、無表情だ。その顔を見ても、怖いとも冷たいとも感じなくなった。むしろ今は、無表情の仮面の下、三田村は実はどんなことを考えているのか、想像する余裕すらある。
 靴を履いてから、三田村が玄関のドアを開けてくれるのを待っていると、何かを思い出したように動きを止め、和彦を見た。
「三田村?」
「――絶対、パーティーの最中でも、秦と二人きりにはならないでくれ。さすがにパーティーをしている店の中にまで、組の人間がついていくわけにはいかないからな。何かあればすぐに、外で待機している人間に連絡するか、店から抜け出すこと」
 箱入り娘か深窓の令嬢扱いだなと、苦笑を洩らしかけた和彦だが、真剣な三田村の様子から、寸前で唇を引き結ぶ。
 和彦も警戒はしているのだが、三田村を見ていると、まだまだ足りないらしい。
「秦が開くパーティーでなければ、楽しんできてくれと、先生に言えるんだが……」
 そう言いながら三田村が、和彦のネクタイを直してくれる。歯切れの悪い言葉から、和彦だけでなく、三田村も、パーティーに出席しろと言った賢吾の意図がわかっていないらしい。なんにしても、賢吾の命令であれば従うしかない。
「さすがに、人が大勢いる中で、ぼくの飲み物に薬を入れたりはしないだろう」
「……今度、あいつが先生にそんなことをやったら、俺が許さない」
 耳元で、ハスキーな声をさらに掠れさせて三田村が呟く。和彦はそんな三田村の頬を優しく撫でた。
「ヤクザがそういうことを言うと、物騒だ」
「言わせてしまう人間が、実は一番物騒かもしれない」
 一瞬、誰のことかと、眉をひそめて考えた和彦だが、三田村にじっと見つめられてようやくわかった。
「もしかして、ぼくのことか?」
「さあ」
 ちらりと笑みを見せた三田村は、玄関のドアを開けたときには元の無表情に戻っていた。促されるまま和彦は玄関を出ると、三田村に伴われてエントランスに降りる。そこにはすでに、護衛の組員が待っていた。





 拍子抜けするほど、秦が経営するレストランで開かれたパーティーは普通だった。
 パーティーの始めに、秦は招待客の前で挨拶をしたのだが、このとき、親しい人間だけを呼んだと言っていたが、実際、和彦が眺めている限りでは、誰もが秦と親しげに、楽しげに会話を交わしていた。
 唯一、笑顔も見せず、微妙な表情で秦と話していたのは、もちろん――。
 立食形式のパーティーということも、気軽さに拍車をかけているらしく、ホール内を絶えず人が行き来し、あちこちから談笑する声が聞こえてくる。

しおりを挟む
感想 80

あなたにおすすめの小説

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

処理中です...