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第9話
(12)
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ソファに腰掛けた和彦の顔を見るなり、無表情が売りである男は、わずかに目を丸くしたあと、微苦笑を浮かべた。
「――これからパーティーに出かける人間の顔じゃないな、先生」
三田村の言葉に、和彦は眉をひそめてから、自分の顔に触れる。
「そんなに嫌そうな顔をしているか?」
「ヘソを曲げた子供みたいな顔をしている」
三田村が冗談を言うのは珍しいと思ったが、もしかすると本当に、そんな顔をしていたのかもしれない。今の和彦は、少々の機嫌の悪さと、釈然としない気持ちを引きずっていた。
髪に指を差し込もうとして、セットしたばかりなのを思い出す。一応、スーツも下ろしたばかりのものを着込んでいるのだ。気軽なパーティーだと言われはしたが、さすがにラフな格好で出かけるのは気が咎める。
そう、和彦はこれから、パーティーに出かけなくてはならない。しかも、秦に招待されたパーティーに。
秦から誘いを受けたことは、すぐに三田村に、そして賢吾にも報告したが、その賢吾から返ってきたのは、意外な言葉だった。
出席しろ――。
和彦が悩み、考え込む様を楽しむ、嫌な性向を持ち合わせている賢吾としては、このときから今この瞬間まで、和彦の反応は非常に満足のいくものだったろう。和彦はずっと、賢吾だけでなく、秦の意図を考え続けていた。
その結果が、三田村に『ヘソを曲げた子供みたい』と言われた顔だ。
そろそろ時間だと示すように、三田村が腕時計をこちらに見せる仕種をする。仕方なく和彦は立ち上がった。
「本当は、こういうときこそ先生についていてやりたいんだが……」
玄関に向かいながら、ぽつりと三田村が洩らす。夕方から、仕事の関係で本宅に詰めることになっている三田村は、出かける時間をギリギリまで延ばして、こうして和彦の見送りにきてくれたのだ。
和彦はちらりと笑みをこぼし、三田村の腕を軽く叩く。
「有能なヤクザっていうのも、大変だな」
「……堅気にそう言われたら嫌味だが、先生に言われると……どういう反応をしたらいいんだろうな」
そう言う三田村の横顔は、無表情だ。その顔を見ても、怖いとも冷たいとも感じなくなった。むしろ今は、無表情の仮面の下、三田村は実はどんなことを考えているのか、想像する余裕すらある。
靴を履いてから、三田村が玄関のドアを開けてくれるのを待っていると、何かを思い出したように動きを止め、和彦を見た。
「三田村?」
「――絶対、パーティーの最中でも、秦と二人きりにはならないでくれ。さすがにパーティーをしている店の中にまで、組の人間がついていくわけにはいかないからな。何かあればすぐに、外で待機している人間に連絡するか、店から抜け出すこと」
箱入り娘か深窓の令嬢扱いだなと、苦笑を洩らしかけた和彦だが、真剣な三田村の様子から、寸前で唇を引き結ぶ。
和彦も警戒はしているのだが、三田村を見ていると、まだまだ足りないらしい。
「秦が開くパーティーでなければ、楽しんできてくれと、先生に言えるんだが……」
そう言いながら三田村が、和彦のネクタイを直してくれる。歯切れの悪い言葉から、和彦だけでなく、三田村も、パーティーに出席しろと言った賢吾の意図がわかっていないらしい。なんにしても、賢吾の命令であれば従うしかない。
「さすがに、人が大勢いる中で、ぼくの飲み物に薬を入れたりはしないだろう」
「……今度、あいつが先生にそんなことをやったら、俺が許さない」
耳元で、ハスキーな声をさらに掠れさせて三田村が呟く。和彦はそんな三田村の頬を優しく撫でた。
「ヤクザがそういうことを言うと、物騒だ」
「言わせてしまう人間が、実は一番物騒かもしれない」
一瞬、誰のことかと、眉をひそめて考えた和彦だが、三田村にじっと見つめられてようやくわかった。
「もしかして、ぼくのことか?」
「さあ」
ちらりと笑みを見せた三田村は、玄関のドアを開けたときには元の無表情に戻っていた。促されるまま和彦は玄関を出ると、三田村に伴われてエントランスに降りる。そこにはすでに、護衛の組員が待っていた。
拍子抜けするほど、秦が経営するレストランで開かれたパーティーは普通だった。
パーティーの始めに、秦は招待客の前で挨拶をしたのだが、このとき、親しい人間だけを呼んだと言っていたが、実際、和彦が眺めている限りでは、誰もが秦と親しげに、楽しげに会話を交わしていた。
唯一、笑顔も見せず、微妙な表情で秦と話していたのは、もちろん――。
立食形式のパーティーということも、気軽さに拍車をかけているらしく、ホール内を絶えず人が行き来し、あちこちから談笑する声が聞こえてくる。
「――これからパーティーに出かける人間の顔じゃないな、先生」
三田村の言葉に、和彦は眉をひそめてから、自分の顔に触れる。
「そんなに嫌そうな顔をしているか?」
「ヘソを曲げた子供みたいな顔をしている」
三田村が冗談を言うのは珍しいと思ったが、もしかすると本当に、そんな顔をしていたのかもしれない。今の和彦は、少々の機嫌の悪さと、釈然としない気持ちを引きずっていた。
髪に指を差し込もうとして、セットしたばかりなのを思い出す。一応、スーツも下ろしたばかりのものを着込んでいるのだ。気軽なパーティーだと言われはしたが、さすがにラフな格好で出かけるのは気が咎める。
そう、和彦はこれから、パーティーに出かけなくてはならない。しかも、秦に招待されたパーティーに。
秦から誘いを受けたことは、すぐに三田村に、そして賢吾にも報告したが、その賢吾から返ってきたのは、意外な言葉だった。
出席しろ――。
和彦が悩み、考え込む様を楽しむ、嫌な性向を持ち合わせている賢吾としては、このときから今この瞬間まで、和彦の反応は非常に満足のいくものだったろう。和彦はずっと、賢吾だけでなく、秦の意図を考え続けていた。
その結果が、三田村に『ヘソを曲げた子供みたい』と言われた顔だ。
そろそろ時間だと示すように、三田村が腕時計をこちらに見せる仕種をする。仕方なく和彦は立ち上がった。
「本当は、こういうときこそ先生についていてやりたいんだが……」
玄関に向かいながら、ぽつりと三田村が洩らす。夕方から、仕事の関係で本宅に詰めることになっている三田村は、出かける時間をギリギリまで延ばして、こうして和彦の見送りにきてくれたのだ。
和彦はちらりと笑みをこぼし、三田村の腕を軽く叩く。
「有能なヤクザっていうのも、大変だな」
「……堅気にそう言われたら嫌味だが、先生に言われると……どういう反応をしたらいいんだろうな」
そう言う三田村の横顔は、無表情だ。その顔を見ても、怖いとも冷たいとも感じなくなった。むしろ今は、無表情の仮面の下、三田村は実はどんなことを考えているのか、想像する余裕すらある。
靴を履いてから、三田村が玄関のドアを開けてくれるのを待っていると、何かを思い出したように動きを止め、和彦を見た。
「三田村?」
「――絶対、パーティーの最中でも、秦と二人きりにはならないでくれ。さすがにパーティーをしている店の中にまで、組の人間がついていくわけにはいかないからな。何かあればすぐに、外で待機している人間に連絡するか、店から抜け出すこと」
箱入り娘か深窓の令嬢扱いだなと、苦笑を洩らしかけた和彦だが、真剣な三田村の様子から、寸前で唇を引き結ぶ。
和彦も警戒はしているのだが、三田村を見ていると、まだまだ足りないらしい。
「秦が開くパーティーでなければ、楽しんできてくれと、先生に言えるんだが……」
そう言いながら三田村が、和彦のネクタイを直してくれる。歯切れの悪い言葉から、和彦だけでなく、三田村も、パーティーに出席しろと言った賢吾の意図がわかっていないらしい。なんにしても、賢吾の命令であれば従うしかない。
「さすがに、人が大勢いる中で、ぼくの飲み物に薬を入れたりはしないだろう」
「……今度、あいつが先生にそんなことをやったら、俺が許さない」
耳元で、ハスキーな声をさらに掠れさせて三田村が呟く。和彦はそんな三田村の頬を優しく撫でた。
「ヤクザがそういうことを言うと、物騒だ」
「言わせてしまう人間が、実は一番物騒かもしれない」
一瞬、誰のことかと、眉をひそめて考えた和彦だが、三田村にじっと見つめられてようやくわかった。
「もしかして、ぼくのことか?」
「さあ」
ちらりと笑みを見せた三田村は、玄関のドアを開けたときには元の無表情に戻っていた。促されるまま和彦は玄関を出ると、三田村に伴われてエントランスに降りる。そこにはすでに、護衛の組員が待っていた。
拍子抜けするほど、秦が経営するレストランで開かれたパーティーは普通だった。
パーティーの始めに、秦は招待客の前で挨拶をしたのだが、このとき、親しい人間だけを呼んだと言っていたが、実際、和彦が眺めている限りでは、誰もが秦と親しげに、楽しげに会話を交わしていた。
唯一、笑顔も見せず、微妙な表情で秦と話していたのは、もちろん――。
立食形式のパーティーということも、気軽さに拍車をかけているらしく、ホール内を絶えず人が行き来し、あちこちから談笑する声が聞こえてくる。
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