血と束縛と

北川とも

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第9話

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 口元に笑みを浮かべながらも、賢吾の表情から静かな凶暴さがちらりと覗く。大蛇が巨体をしならせたような迫力を感じ、和彦は身を強張らせる。それでも口だけは必死に動かした。
「それを自分の力だと錯覚しそうで、怖いんだ。あんたに頼むだけで、自分に都合がいいように物事が進んで、片付いて……。そうすることに慣れていったら、ぼくはあんたと同じ、ヤクザだ」
「正確には、ヤクザのオンナだ。ヤクザに媚びて、尻を振って、自分の望みを叶える。オンナの特権だぜ」
 賢吾は、わざと和彦を挑発する言い方をしている。ここで反論しても話が進まないと思い、大きく息を吐き出してなんとか気持ちを落ち着ける。
「そう、なりたくないんだ……。ヤクザに近い存在になりたくない。なのに、鷹津という刑事から、ヤクザから引き離してやると言われたとき、即答できなかった」
「秦と危うく寝そうになり、鷹津からは、ヤクザから救い出してやると唆されて――。モテモテだな、先生」
「原因は、あんただ」
 和彦が断言すると、賢吾の目に冷たい光が宿る。
「秦も鷹津も、ぼくを利用して、長嶺組組長に近づこうとしていた」
「そうしようと思ったのは、相手が先生だからだろうな。なんといっても先生は、美味そうだ。いろんな意味で」
 言い訳したかったわけではないが、自分は何かまだ言い忘れていないだろうかと、和彦は考える。三田村が報告をして、こうして和彦自らも説明しているが、それでも不安になるのは、少しでも自分の状況を有利にしようとする無意識の計算が働いているのかもしれない。
 自分のそんなズルさに嫌気が差し、和彦は肩を落とす。
「……最初に正直に話さなかったぼくが、事態を複雑にした。自業自得だ」
「正直に話せなかったのは、罪悪感と保身のせいだけじゃないだろ。――秦にされたことが、恥ずかしかったのか?」
 賢吾に指摘された途端、和彦は激しくうろたえる。そんな和彦を見て、賢吾は楽しげに声を洩らして笑った。
「俺は、先生のズルさと、下手なヤクザより肝が据わったところが、愛しくてたまらないんだ。もちろん、色男の顔をして、どんな女よりも淫奔なところもな。そのくせ、今みたいな初心な反応もする。その気もなく、男を骨抜きにするなんざ、どれだけ性質が悪い〈オンナ〉なんだ」
 そう言いながら賢吾がゆっくりと立ち上がり、和彦の傍らへとやってくる。肩に手がのせられたとき、体中の血が凍りつきそうなほど、怖かった。それでいて、耳元で囁かれた言葉に、胸の奥が熱く疼く。
「説教は終わりだ。次は――俺のオンナに相応しい〈お仕置き〉の時間だ、先生」
 うなじを軽く撫でられて、和彦は身震いしていた。


 和彦は両手首を後ろ手に縛られたうえ、目隠しまでされた裸の姿で、もう数十分以上、敷布団の上に転がされていた。
 こうしていると、初めて長嶺組と関わりを持つこととなった出来事を思い出す。辱めを受けたときのことだ。
 あのときはただ怖く、死の恐怖すらも味わった。だが今は、怖くはあるのだが、命の危険は感じていない。むしろ強烈なのは、羞恥と高揚感だ。賢吾は、手酷く痛めつけてくることはしないだろうが、容赦ない快楽を与えてくることは十分考えられるためだ。
 血流を止められるほどではないが、布が手首に食い込み、少し痛い。和彦は身じろぎ、不自由な格好ながらもなんとか体の向きを変えようとする。
 このとき前触れもなく、廊下に面した障子が開いた音がした。それだけでなく、人が入ってくる気配も。一人ではなかった。耳を澄まそうとしたが、音を聞き取る前に、誰かの手に肩を掴まれて仰向けにされる。体の下に敷き込んだ両手首が痛み、和彦は小さく呻き声を洩らした。
「んうっ」
 いきなり唇を塞がれ、口腔に熱い舌が侵入してくる。慣れ親しんだ傲慢な口づけは、賢吾から与えられているものだ。
 意図がわからないながらも、和彦がおずおずと口づけに応えていると、今度は両足を左右に開かれ、敏感なものを掴まれて手荒く扱かれ始める。強い刺激に声を上げようとしたが、しっかり唇を塞がれているため、それができない。
 下肢への愛撫は性急だ。扱かれていたかと思うと、感じやすい先端をきつく擦り上げられたあと、柔らかく湿った感触にくすぐられる。それが舌だとわかったとき、和彦はビクビクと腰を震わせ、両足を敷布団の上で突っ張らせた。
「んっ、んっ……」
 先端を吸われてから、燃えそうなほど熱い部分に包み込まれて締め付けられる。和彦のものは、誰かの口腔に含まれていた。さらには、胸の突起にチクリと痛みが走り、やはり熱く濡れた感触が押し当てられる。

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