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第8話
(21)
しおりを挟むいざ、三田村と二人きりで過ごせる時間を与えられても、どうすればいいのかわからない。それが和彦の正直な感想だった。おそらく三田村も、同じはずだ。
基本的に二人の関係は、仕事の合間に時間を見つけ出し、急かされるように濃密な時間を過ごすことで築かれてきた。それが、仕事から切り離され、丸一日二人で過ごすように
〈命令〉されると、かえって戸惑ってしまう。しかも三田村には、賢吾からもう一つ命令が下されていた。
とにかく時間を潰そうと外出はしたものの、友人同士でもない、恋人同士とも言いがたい男二人、いざとなるとどこに行けばいいのか困る。
軽くドライブのようなものをしたが、車中の空気のぎこちなさにすぐに和彦は音を上げた。強い陽射しの下、街中を歩き回る気にもなれず、必然的にどこかに入ることになったが、そこでまた困り果てる。
結局無難なところで、映画を観ることにした。
最近よくCMが流れているアクション映画は、満席というほどではないが、比較的座席は埋まっており、上映開始ギリギリで中に入った二人は、左端のシートに並んで腰掛ける。
会話を交わす間もなく映画は始まり、和彦はシートに深く腰掛けて、スクリーンに目を向けた。
派手な銃声や爆発音が響く中、意識はすぐに映画から離れ、今日こうして三田村と一緒にいる意味を考える。
朝、顔を合わせてから三田村は、和彦を問い詰めるようなことは何も言わない。ただ、どこに行こうかと、いかにも慣れてない様子で聞いてくるだけだ。
ここまでくると、三田村に何もかも打ち明けるしかない。そして、三田村の口から賢吾に伝えてもらうのだ。そう頭ではわかっていながら、いざとなると口が重くなる。
何か、きっかけが欲しかった。自分の優柔不断さを断ち切れるきっかけが。
和彦はそっとため息をついて、肘掛けにかけた手を動かす。意図したわけではないが、三田村の手に触れていた。反射的に隣を見ると、三田村はスクリーンのほうを見たまま、さりげなさを装いながら和彦の指先に触れてくる。
不器用ながら、和彦が必要としているときに与えられる三田村の優しさが好きだった。まるで宝物のように和彦を扱ってくれる三田村だが、和彦にしてみれば、三田村の真摯さが宝物そのものだ。
だからこそ、魔が差したように考えてしまう。もし三田村と、普通の美容外科医として生活していた頃に出会っていたら、こんなふうに求め合う関係になれただろうか。三田村は、自分などにこんなに尽くしてくれただろうか、と。
考えるべきことが多すぎる。すっかり映画はどうでもよくなり、顔を伏せた和彦が暗い足元に視線を落としていると、耳元でハスキーな声が囁いた。
「先生、気分が悪いなら、外に出るか?」
顔を上げた和彦を、三田村がまっすぐ見つめてくる。思わず頷いていた。
促されるままロビーに出ると、まずイスに座らされる。ロビーにほとんど人の姿がないこともあり、さりげなく三田村に髪を梳かれた。
「飲み物を買ってくるから、ちょっと待っててくれ」
こんな日でも、地味な色のスーツを着込んでいる三田村の後ろ姿が、角を曲がって見えなくなる。
それを待ってから和彦は立ち上がる。階段を使って一階に降りると、そのまま映画館を出て、近くで客待ちをしているタクシーに乗り込んだ。
逃げ出すつもりはなかった。ただ、一人になりたかった。
開けた窓から、いくらか暑さの和らいだ風がときおり入り込んでくる。秋の訪れを肌で感じながら和彦は、自分が今の生活を送るようになってどれぐらい経つのか、つい計算してしまう。
長嶺組専属の医者になれと言われたときは、とんでもないことだと思ったものだが――。
和彦は視線を室内へと向ける。すでに改装工事を終え、広々としてきれいな空間がそこにはある。医療機器や備品を運び込み、各方面への届出が受理されれば、開業まではあと少しだ。ほんの数か月前まで、大手のクリニックに雇われていた和彦が、ここの実質的な主となる。
流され続けているうちにこんなところまできてしまい、自分は元の生活に戻れるか否か、その境界線上に立っているのだろうかと、和彦は考える。
いや、もしかすると、そんなに大層なことではないのかもしれない。
こちらに向かってくる荒い足音を聞いていると、そんな気がしてきた。
「――やっぱりここにいたのか」
姿を見せた三田村が開口一番に言った。いつもと変わらない無表情だが、足音を聞いていれば、この男が実は焦っていたのだとわかる。和彦を見つけるために、必死だったのだ。
「……逃げ出したんじゃないんだ。ただ、一人になりたかっただけだ。あのマンションの部屋以外の場所で」
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