149 / 1,268
第8話
(21)
しおりを挟むいざ、三田村と二人きりで過ごせる時間を与えられても、どうすればいいのかわからない。それが和彦の正直な感想だった。おそらく三田村も、同じはずだ。
基本的に二人の関係は、仕事の合間に時間を見つけ出し、急かされるように濃密な時間を過ごすことで築かれてきた。それが、仕事から切り離され、丸一日二人で過ごすように
〈命令〉されると、かえって戸惑ってしまう。しかも三田村には、賢吾からもう一つ命令が下されていた。
とにかく時間を潰そうと外出はしたものの、友人同士でもない、恋人同士とも言いがたい男二人、いざとなるとどこに行けばいいのか困る。
軽くドライブのようなものをしたが、車中の空気のぎこちなさにすぐに和彦は音を上げた。強い陽射しの下、街中を歩き回る気にもなれず、必然的にどこかに入ることになったが、そこでまた困り果てる。
結局無難なところで、映画を観ることにした。
最近よくCMが流れているアクション映画は、満席というほどではないが、比較的座席は埋まっており、上映開始ギリギリで中に入った二人は、左端のシートに並んで腰掛ける。
会話を交わす間もなく映画は始まり、和彦はシートに深く腰掛けて、スクリーンに目を向けた。
派手な銃声や爆発音が響く中、意識はすぐに映画から離れ、今日こうして三田村と一緒にいる意味を考える。
朝、顔を合わせてから三田村は、和彦を問い詰めるようなことは何も言わない。ただ、どこに行こうかと、いかにも慣れてない様子で聞いてくるだけだ。
ここまでくると、三田村に何もかも打ち明けるしかない。そして、三田村の口から賢吾に伝えてもらうのだ。そう頭ではわかっていながら、いざとなると口が重くなる。
何か、きっかけが欲しかった。自分の優柔不断さを断ち切れるきっかけが。
和彦はそっとため息をついて、肘掛けにかけた手を動かす。意図したわけではないが、三田村の手に触れていた。反射的に隣を見ると、三田村はスクリーンのほうを見たまま、さりげなさを装いながら和彦の指先に触れてくる。
不器用ながら、和彦が必要としているときに与えられる三田村の優しさが好きだった。まるで宝物のように和彦を扱ってくれる三田村だが、和彦にしてみれば、三田村の真摯さが宝物そのものだ。
だからこそ、魔が差したように考えてしまう。もし三田村と、普通の美容外科医として生活していた頃に出会っていたら、こんなふうに求め合う関係になれただろうか。三田村は、自分などにこんなに尽くしてくれただろうか、と。
考えるべきことが多すぎる。すっかり映画はどうでもよくなり、顔を伏せた和彦が暗い足元に視線を落としていると、耳元でハスキーな声が囁いた。
「先生、気分が悪いなら、外に出るか?」
顔を上げた和彦を、三田村がまっすぐ見つめてくる。思わず頷いていた。
促されるままロビーに出ると、まずイスに座らされる。ロビーにほとんど人の姿がないこともあり、さりげなく三田村に髪を梳かれた。
「飲み物を買ってくるから、ちょっと待っててくれ」
こんな日でも、地味な色のスーツを着込んでいる三田村の後ろ姿が、角を曲がって見えなくなる。
それを待ってから和彦は立ち上がる。階段を使って一階に降りると、そのまま映画館を出て、近くで客待ちをしているタクシーに乗り込んだ。
逃げ出すつもりはなかった。ただ、一人になりたかった。
開けた窓から、いくらか暑さの和らいだ風がときおり入り込んでくる。秋の訪れを肌で感じながら和彦は、自分が今の生活を送るようになってどれぐらい経つのか、つい計算してしまう。
長嶺組専属の医者になれと言われたときは、とんでもないことだと思ったものだが――。
和彦は視線を室内へと向ける。すでに改装工事を終え、広々としてきれいな空間がそこにはある。医療機器や備品を運び込み、各方面への届出が受理されれば、開業まではあと少しだ。ほんの数か月前まで、大手のクリニックに雇われていた和彦が、ここの実質的な主となる。
流され続けているうちにこんなところまできてしまい、自分は元の生活に戻れるか否か、その境界線上に立っているのだろうかと、和彦は考える。
いや、もしかすると、そんなに大層なことではないのかもしれない。
こちらに向かってくる荒い足音を聞いていると、そんな気がしてきた。
「――やっぱりここにいたのか」
姿を見せた三田村が開口一番に言った。いつもと変わらない無表情だが、足音を聞いていれば、この男が実は焦っていたのだとわかる。和彦を見つけるために、必死だったのだ。
「……逃げ出したんじゃないんだ。ただ、一人になりたかっただけだ。あのマンションの部屋以外の場所で」
56
お気に入りに追加
1,391
あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…



塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる