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第8話
(19)
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「ヤクザに毒されてるんじゃないか、佐伯。俺はそんなに物騒じゃない」
そういう鷹津の目は、ひどく物騒だった。急に心細さを覚えた和彦は、唇を引き結んで顔を背ける。いろいろあって疲れているところに、剥き身の刃のような存在感を放つ鷹津と話していると、それだけで神経がザクザクと切りつけられるようだ。
息が詰まりそうな緊張感で、車内の空気が張り詰める。そこに沈黙が加わると、まるで拷問だった。
だからこそ、自宅のマンションが見えたとき、和彦はいまだかつてないほどの安堵感を味わう。
車が停まると、努めて落ち着いた態度でシートベルトを外したが、同じくシートベルトを外した鷹津が助手席側に身を乗り出してきて、腰の辺りをまさぐってくる。突然のことに和彦が体を強張らせ、声すら出せないのをいいことに、鷹津の手がパンツのポケットに突っ込まれた。
鷹津の目的はすぐにわかった。体を離した鷹津の手に、買い換えたばかりの和彦の携帯電話があった。取り返そうと手を伸ばしたが、簡単に躱された挙句に、首の後ろを鷹津の片手で掴まれた。
眼前で鷹津が下卑た笑みを浮かべる。和彦が鷹津のこういう表情を嫌悪していると知ったうえで、わざとこんな笑い方をしているのだ。
「送ってやった礼に、キスでもしてくれるか? この間はしてもらわなかったからな。今は二人きりだし、人目を気にしなくていいぞ」
「――……携帯を返せ。買い換えたばかりなんだ」
「知っている。ちょうど新しい番号を知りたいと思っていたところだ」
断る、と和彦は短く答える。次の瞬間、首の後ろにかかっている鷹津の手に力が込められ、ぐいっと引き寄せられる。さらに鷹津との顔の距離が近くなり、気が遠くなりそうなほどの強い嫌悪感に、和彦は体を強張らせる。
「俺とお前の携帯番号を交換するだけだ。優しいだろ? 何か困ったことがあったときは、すぐに俺に連絡してこいというわけだ。……嫌とは、言わないよな?」
ひそっと囁かれ、このとき唇に鷹津の息がかかる。そこが和彦の限界だった。微かに首を縦に動かすと、ようやく解放される。
ドアに身を寄せる和彦を見て、鷹津は馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「安心しろ。お前が俺を毛嫌いしているように、俺もお前を――汚いと思っている。男のくせに、ヤクザのオンナなんてしてるんだからな。しかもついさっきまで、別の男のモノを咥え込んでいたんだろ?」
投げつけられた言葉を否定もできず、和彦は打ちのめされる。その間に、鷹津は手早く携帯電話を操作する。和彦の手にすぐに携帯電話は戻ってきたが、確認するまでもなく、鷹津の携帯番号が登録されているだろう。
「削除するなよ。別に、長嶺にバレてもいい。自分のオンナに、また俺が接触したと知ったときのあいつの顔を想像したら、それだけで酒が美味くなるからな」
無意識のうちに和彦は肩を震わせていた。屈辱と恐怖からだ。恐怖は、鷹津に対するものではない。賢吾にすべて知られたときのことを想像してのものだ。
「おい、聞いているか――」
鷹津に手荒に肩を掴まれ、我に返る。和彦は反射的に、怯えた眼差しを鷹津に向けていた。驚いたように鷹津がわずかに目を見開き、何か言いかけたが、その前に和彦は車を降りて、マンションのエントランスに駆け込んだ。
そういう鷹津の目は、ひどく物騒だった。急に心細さを覚えた和彦は、唇を引き結んで顔を背ける。いろいろあって疲れているところに、剥き身の刃のような存在感を放つ鷹津と話していると、それだけで神経がザクザクと切りつけられるようだ。
息が詰まりそうな緊張感で、車内の空気が張り詰める。そこに沈黙が加わると、まるで拷問だった。
だからこそ、自宅のマンションが見えたとき、和彦はいまだかつてないほどの安堵感を味わう。
車が停まると、努めて落ち着いた態度でシートベルトを外したが、同じくシートベルトを外した鷹津が助手席側に身を乗り出してきて、腰の辺りをまさぐってくる。突然のことに和彦が体を強張らせ、声すら出せないのをいいことに、鷹津の手がパンツのポケットに突っ込まれた。
鷹津の目的はすぐにわかった。体を離した鷹津の手に、買い換えたばかりの和彦の携帯電話があった。取り返そうと手を伸ばしたが、簡単に躱された挙句に、首の後ろを鷹津の片手で掴まれた。
眼前で鷹津が下卑た笑みを浮かべる。和彦が鷹津のこういう表情を嫌悪していると知ったうえで、わざとこんな笑い方をしているのだ。
「送ってやった礼に、キスでもしてくれるか? この間はしてもらわなかったからな。今は二人きりだし、人目を気にしなくていいぞ」
「――……携帯を返せ。買い換えたばかりなんだ」
「知っている。ちょうど新しい番号を知りたいと思っていたところだ」
断る、と和彦は短く答える。次の瞬間、首の後ろにかかっている鷹津の手に力が込められ、ぐいっと引き寄せられる。さらに鷹津との顔の距離が近くなり、気が遠くなりそうなほどの強い嫌悪感に、和彦は体を強張らせる。
「俺とお前の携帯番号を交換するだけだ。優しいだろ? 何か困ったことがあったときは、すぐに俺に連絡してこいというわけだ。……嫌とは、言わないよな?」
ひそっと囁かれ、このとき唇に鷹津の息がかかる。そこが和彦の限界だった。微かに首を縦に動かすと、ようやく解放される。
ドアに身を寄せる和彦を見て、鷹津は馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「安心しろ。お前が俺を毛嫌いしているように、俺もお前を――汚いと思っている。男のくせに、ヤクザのオンナなんてしてるんだからな。しかもついさっきまで、別の男のモノを咥え込んでいたんだろ?」
投げつけられた言葉を否定もできず、和彦は打ちのめされる。その間に、鷹津は手早く携帯電話を操作する。和彦の手にすぐに携帯電話は戻ってきたが、確認するまでもなく、鷹津の携帯番号が登録されているだろう。
「削除するなよ。別に、長嶺にバレてもいい。自分のオンナに、また俺が接触したと知ったときのあいつの顔を想像したら、それだけで酒が美味くなるからな」
無意識のうちに和彦は肩を震わせていた。屈辱と恐怖からだ。恐怖は、鷹津に対するものではない。賢吾にすべて知られたときのことを想像してのものだ。
「おい、聞いているか――」
鷹津に手荒に肩を掴まれ、我に返る。和彦は反射的に、怯えた眼差しを鷹津に向けていた。驚いたように鷹津がわずかに目を見開き、何か言いかけたが、その前に和彦は車を降りて、マンションのエントランスに駆け込んだ。
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