血と束縛と

北川とも

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第8話

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「互いに脅し合って、この場から動けなくなるという選択肢もありますよ」
 本当のところ、ヤクザに囲まれて生活している和彦にとって、秦は恐怖の対象にはなりえない。
 それどころか実は、立場としては自分のほうが上かもしれない――。そう考えた自分自身が、和彦は怖かった。〈力〉が、物事を考える物差しになるのは、ヤクザの思考そのものだと感じたからだ。
 何かに急き立てられるように、バッグを足元に落とした和彦は秦に歩み寄り、強引に顔を上げさせて唇を塞ぐ。すぐに唇を離したが、ベッドに腰掛けたままの秦は艶を含んだ眼差しで和彦を見上げながら、両腕を腰に回してくる。引き寄せられ、逆らえない流れに身を任せるようにして、和彦はもう一度秦の唇を塞いだ。
 柔らかく秦に唇を吸われてから、示し合わせたように舌先を触れ合わせ、緩やかに絡める。同時に、腰には秦の腕が絡みつき、抱き締められる格好になっていた。
 微かに濡れた音を立てて唇を離すとき、唾液が糸を引く。それを惜しむように秦に軽く唇を吸われた。
「……先生は、本当に甘いですね。脅しにもならない脅しに屈して、わたしを助けてくれるんですか?」
「ぼくはそんなに優しくない。別に、あんたがどれだけ痛めつけられようが、かまわない。ただ――」
「ヤクザの力を頼るのが嫌なんですね。自分の言葉一つで、ある組織が整然と力を振るう様は、興奮できて、甘美でしょうね。ヤクザの世界から抜け出せなくなるほど」
 話しながら秦が、和彦が羽織っているパーカーを脱がせ、Tシャツをたくし上げていく。素肌をまさぐられながら、和彦はまた秦と唇を重ね、引き出された舌を優しく吸われた。
「――あいにくわたしは悪党ですから、先生の弱みは遠慮なく利用させてもらいますよ」
 口づけの合間に秦に甘く囁かれる。女をたぶらかすことに慣れた男は、〈オンナ〉をたぶらかすことにもためらいを覚えないらしい。
 力を行使したくない和彦と、力を持っていない秦が、互いの口を秘密で封じ合おうとするのは、ひどく茶番じみている反面、たとえようもなく淫靡だ。
 Tシャツを脱がされた和彦は、手を引かれてベッドの中に招き入れられた。


 秦の愛撫は、押し寄せる波のように、穏やかな快感を繰り返し与えてくる。
 痕跡を残さないよう、肌に唇を押し当てはするものの、強く吸い上げることはしない。代わりに、熱く濡れた舌が肌を這い回る。
「うっ、あぁ……」
 胸の突起を執拗に弄っていた舌が、今度は耳の形をなぞり、舐められる。その一方で、熱く高ぶった二人の欲望はもどかしく擦れ合い、その焦れるような快感に和彦は乱れる。
 肋骨を折っているため、動きが制限される秦の愛撫は、性急さとは無縁だ。慎重に体を動かしながら、じっくりと和彦に触れてくる。それとも、もともとこういう攻め方を好む男なのかもしれない。
「――先生」
 秦に呼びかけられ、唇を啄ばみ合う。緩やかに舌を絡めるようになると、擦れ合う二人の欲望を秦が片手で握り込み、ゆっくりと上下に扱き始める。秦の手の感触だけでなく、密着し合う互いの欲望の感触にも感じてしまう。
「あっ、ああっ、はぁっ……」
 喉を反らして声を上げると、喉元に秦の丹念な愛撫が施される。口腔深くに舌が差し込まれ、下肢から快感を送り込まれるのと同時に、唾液を流し込まれた。
 濡れた音を立てながら、秦の唇が首筋から肩、肩先から腕へと押し当てられ、指先を舐められる。
「きれいな指ですね。先生の指が器用に動く様子を見ていると、ゾクゾクするんですよ。この人は乱れ始めると、どんな指の動きをするのかと想像して」
「……一応、気をつけているんだ。あんたの痣だらけの体にしがみつかないよう」
 和彦の言葉に、秦はニヤリと笑った。
「余裕ですね、先生」
 胸に痛みが響かないよう、秦は慎重に体を起こす。それでも、まったく痛みを感じないというわけにはいかないらしく、わずかに顔をしかめた。
 上着を羽織ったままの秦とは違い、和彦はもう何も身につけていない。どんな反応も隠しようがなかった。
 和彦の体に、秦は丹念に両てのひらを這わせてくる。両足を開かされて腰が割り込んでくると、和彦の熱くなって反り返ったものは秦の片手に捉えられ、ゆっくりと上下に扱かれる。
「あっ、あっ――……」
「本当は、先生のここも舐めたいんですけどね。前屈みになると、息が詰まりそうなほど胸が痛むんです。残念です。……本当に残念だ。こんなに従順で、快感に素直な先生をたっぷり味わえないなんて」
 透明なしずくを滴らせる先端を、指の腹でヌルヌルと擦られる。小さく声を上げて和彦が体を捩ると、片足を抱え上げられ、内奥の入り口を今度は擦られていた。
「あっ」

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