血と束縛と

北川とも

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第8話

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「ぼくを……、ぼくを振り回して、怒らせて、何が目的なんだ。言っておくが、君がこうして、のうのうと体を休めていられるのは、ぼくが長嶺組に何も報告していないことを忘れるな」
「ええ、忘れていませんよ」
「本当か? 長嶺組の力があれば、あんたを襲った人間のこともわかるかもしれない。そうなれば、あんたが選べばいい。長嶺組に引き渡されるか、自分を襲った人間たちに引き渡されるか。……選ぶ権利はやる。どちらに痛めつけられたいのか」
 秦は真剣な顔となって、和彦が殴った頬を撫でる。単なるハッタリを言っただけで、秦の答えなど本気で求めていなかった和彦は、この隙にと立ち去ろうとしたが、すかさず秦に手首を掴まれた。
「――先生にも、選ぶ権利をあげますよ」
 手を振り払わなかった時点で、和彦は秦の話に引き込まれていた。
「わたしにもう少しつき合ってくれるか、今この場で、わたしが長嶺組に連絡を入れるか。お宅の組長のオンナをお預かりしていますとでもいえば、長嶺組は大騒ぎでしょうね。今度ばかりは、先生の忠実な騎士もすぐに駆けつけるというわけにはいかないでしょう。先生がどこにいるのかわからないんですから」
 和彦は、秦を睨みつける。一方の秦は、肋骨が折れて、体中が痣だらけだということを感じさせない艶っぽい笑みを浮かべ、掴んでいた和彦の手首を離す。
「……目的はなんだ。ぼくを脅すということがどれだけ危険か、承知しているはずだ」
「危険であると同時に、魅力的ですよ。先生は、総和会の中ですら絶対の発言力を持つ長嶺組に庇護され、大事に大事に扱われている。長嶺組長の単なるセックスパートナーじゃない。先生は、長嶺組にとってのビジネスパートナーでもある」
「ぼく個人にはなんの力もない」
「ありますよ。先生は自覚してないだけで。――総和会より怖いともいえる組織が、先生の守り神になっている。それは先生の力です」
 この男は何を切り出してくるのかと、和彦は静かに身構える。
「長嶺組の前組長は、今は総和会の会長ですが、その前組長と並ぶ切れ者ぶりで、さらに容赦ない性格だと言われているのが、現組長です。身内を完全に支配して統率する代わりに、寛大で柔軟な組織運営をすると言われています。ただし、それを阻害する人間は簡単に切り捨てるとも言われてますけど」
「だから、なんだ……」
「長嶺組長は警戒心が強く、慎重です。外部の人間は信用しないし、まず関わりを持たない。まともに話ができるのは、身内に引き入れてからだそうです。身内にすれば、自分の腹ひとつで生殺与奪が決められるから、と物騒な噂を聞いたことがありますが。わたしは、そんな長嶺組長――長嶺組を後ろ盾にして、商売がしたいんです」
 中嶋だけでなく、秦も野心家だ。しかも、危険な野心を持っている。毒気にあてられたような眩暈を感じ、和彦は頭に手をやる。
「……本人にそう訴えたらどうだ。中嶋くんのツテを頼れば、会うぐらいはできそうだろ」
「総和会を通す気はないんです。わたしは長嶺組とサシで、ビジネスの話がしたい。それに、少々厄介な事情を抱えていて、まともに取り合ってもらえる可能性が低いんです」
「だから、ぼくにどうにかしろと? 無理だ。ぼくは組の事情に首を突っ込む気はないし、自分のことで手一杯だ。力になるにしても、相手は選びたいしな」
 手厳しい、と洩らして秦は肩をすくめる。しかし、落胆した様子はない。和彦が承諾するとは思っていなかったのだろう。
 秦の今の話には、切迫感がないように感じた。事実を話していないようでもあり、和彦の反応をうかがうために、それらしい話をでっち上げたようでもある。とにかく、掴み所がない。
「いままで適当に、あちこちの組とつき合いながら店を経営していたんなら、どうして今になって、長嶺組と近づく必要がある。……あんたの話は、何かおかしい」
「先生は勘がいい」
 そう言ったきり秦は口を噤み、ただ柔らかな眼差しで和彦を見つめてくる。一分はその時間に耐えられた和彦だが、秦はもう続きを話す気がないのだと悟ると、ため息をついた。
「話がそれだけなら、ぼくは帰る。――今聞いたことは、全部忘れる。それだけじゃなく、この部屋であったことも」
「残念ですね。わたしはむしろ、先生との間にあったことを忘れられないよう、心と体に刻みつけておきたいんですが」
 そう言って秦が片手を差し出してくる。和彦が軽く目を見開くと、秦は美貌を際立たせるような艶っぽい笑みを浮かべた。
「円満にこの場で別れられるよう、また秘密を持ちましょう。わたしは先生とのことを誰にも言いません。先生も、わたしとのことを誰にも言わない。それを確実に履行するために必要な秘密ですよ」
「……ぼくが拒否すれば、すぐに組に連絡する、か」

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