血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
上 下
138 / 1,268
第8話

(10)

しおりを挟む
「が、それは裏を返せば、総和会に加入している組の名さえ表に出なければいいということだ。先生ならわかるだろ。うちの組は、長嶺組という一つの組織で成り立っているわけじゃない。傘下の組やフロント企業、下部組織……、名前や形態は違えど、長嶺組の代紋を使っているところは、いくらでもある」
「つまり、長嶺組の身内が薬を扱っていても、〈長嶺組の組員〉という肩書きでない限りは、総和会は見ないふりということか」
「総和会の活動資金の半分は、十一の組からの〈寄付金〉が占めている。肝心の組から寄付金が取れなきゃ、困るのは自分たちだ」
 賢吾は短く声を洩らして笑い、和彦の機嫌を取るように唇を啄ばんでくる。今度は応えず、きつい眼差しを向け続けていると、軽く息を吐き出した賢吾が体を離した。ただし、和彦の片手を握ったままだ。
「……そう睨むな、先生。例えとしてうちの組を出しただけだ。総和会にいる組のいくつかは薬を扱っているが、うちは違う。ただしそれは、任侠だとか美学とかいう立派な理由からじゃない。――俺は、臆病で慎重なんだ。非合法な稼ぎとして薬は魅力的だが、リスクが半端なくでかい。そのリスクをあえて冒すほど、長嶺組のシノギは悪くない」
 賢吾が、こんなことで和彦にウソをつく必要はない。ひとまず、この言葉を信じることにした。
 賢吾に後ろ髪を撫でられ、和彦はわずかに顔を背ける。
「こんな生活を送っていて、ぼくはいまさら綺麗事を言うつもりはない。何もかも買い与えられているが、その金は長嶺組が稼ぎ出したものだからな。薬も……、手を出す奴が愚かなんだと思っている。自業自得だ。ただ、あんなものを使って、ぼくの知っている人間が壊れていくのは見たくないと思っている」
「先生は優しいし、現実的だ」
 再び賢吾の唇が、手の甲に押し当てられる。
「エゴイストだと言いたいんだろう……」
「いいや。優しいんだ。それに、甘い」
 バリトンの魅力を最大限に引き出す囁きに、和彦の顔は熱くなってくる。後ろ髪を撫で続けている手に頭を引き寄せられ、賢吾の肩に額を押し当てた状態で会話を交わす。
「――俺は、薬を扱う奴も使う奴も、信用していない。すぐに、誰にでも尻尾を振る種類の人間だと思っているからな」
 内容は物騒ながら、耳元で聞く賢吾の声が心地いい。和彦は思わず、両腕を賢吾の背に回していた。すると賢吾の大きな手が、子供を甘やかすように背を撫でてくる。
「ぼくは薬を使ってはないが、他の人間からは、そんなふうに思われているかもしれない。力と金で、誰にでも尻尾を振ると……」
「先生は、主が誰かしっかりわかっているし、従順だろ。最初にしっかり躾けて、首にぶっとい鎖をしてあるからな」
 顔を上げた和彦が睨みつけると、予想通りの反応だったらしく、賢吾が笑いかけてくる。だが次の瞬間には表情を引き締め、怖い男の顔となった。
「……今回の薬の件は、気に食わない。人のシマでああいう商売をするなら、通すべき筋がある。それを通さないどころか、組の存在を、警察への目くらましに使っている節もあるんだから、腹も立つだろ。組のシマを汚すうえに、俺の面子を汚す行為だ」
「その手の物騒な話に興味はない」
「そうはいっても、荒事になったら、先生の仕事が増えるかもしれない」
 和彦は賢吾の頬をてのひらで撫で、そっと唇に噛みつく。背にかかったままの賢吾の手に、わずかな力が加わった。
「そうならないよう、努力はするんじゃないのか。組長としては」
「その組長のオンナっぷりに磨きがかかったな、先生」
 和彦はパッと体を離して、顔をしかめる。賢吾はニヤニヤと笑って、そんな和彦を意味ありげに見つめてくる。
 車が鉄筋アパートの前に着くと、あらかじめ連絡しておいたこともあり、三田村が待っていた。車が停まると同時に、速やかにドアが開けられる。
 和彦が降りようとすると、背後から賢吾に話しかけられた。
「――先生、俺は、自分の手を薬で汚すのは嫌だが、薬が生み出す旨みは好きだぜ」
 いきなり何事かと訝しみながら和彦が振り返ると、賢吾は唇に、凄みのある笑みを刻んでいた。
「金どころか、人脈も生み出すからな。うちの組とは関わりのない奴が、その旨みを俺の前に運んできてくれりゃ、最高だと思わないか?」
 凄まれたわけでもないのに、賢吾の空気に呑まれてしまった和彦は、咄嗟に言葉が出なかった。やはり、身を潜めてはいても大蛇は怖い。そこにいるだけで、恐怖の対象なのだ。
「そんな……、そんな都合のいい人間、どこにいるんだ」
「案外、身近にいたりしてな」
 ヒヤリとするような冷気に肌を撫でられた気がして、和彦は小さく身震いする。三田村に声をかけられなければ、そのまま動けなかったかもしれない。

しおりを挟む
感想 80

あなたにおすすめの小説

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

処理中です...