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第8話
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「先生は、別にヤクザは怖がっていないだろ。ただ、俺のことはずっと怖がっている。……俺が聞きたいのは、ヤバイ薬なんてものがひょいっと目の前に現れて、怖くないかってことだ」
「……いまさら怖いものが一つ加わったところで、どう反応していいかわからない」
「先生のそういうところが、肝が据わっているというんだ」
当然のように賢吾に手を握られ、和彦も握り返す。これまでのつき合いでなんとなく把握したが、賢吾は車中で体を寄せ合うのが好きらしい。それは、千尋のようにストレートな好意をぶつけてくる類ではなく、和彦の従順さを確かめるためのものだ。
常にこういうことをしてくる男を、怖がるなというのは無理な話だ。
「ぼくが診た患者、千尋と同じ歳ぐらいだ。いや、もう少し若いのか」
「まだ二十歳になってない。うちの若衆の下で小遣い稼ぎをしているようなガキで、組員ではない。が、長嶺の名に少しでも関わっている人間だ。見捨てるわけにはいかねーだろ」
和彦がじっと見つめると、賢吾はニヤリと笑った。
「俺がそんなに優しいはずがないと、言いたげだな」
「何も言ってないだろ……」
目を逸らそうとしたが、すかさずあごに賢吾の手がかかり、顔を覗き込まれる。大蛇を潜ませた目が迫ってきた。
「先生が考えた通りだ。ガキを放り出さなかったのは、今のこの時期だからだ。長嶺組と繋がりのあるヤク中のガキが外をふらついていたら、警察にいい口実を与えるだけだ」
「口実……?」
「うちが、今出回っているあの薬の売買に関わっているかもしれない、と考える口実。警察は、薬の売買にどこかの組が関わっていると読んでいるみたいだ。だから――」
和彦は反射的に、賢吾の手をきつく握り締めていた。賢吾は笑みを浮かべると、和彦の手を取り上げ、手の甲に唇を押し当てる。
「頭のいい先生だ。ここのところの騒動の全体像が、ぼんやりとでも見えてきたか?」
「……蛇蝎の片割れは、薬の件で動いているということか」
「薬の件だけなら、本来あの男は無関係だが、暴力団組織が関わっているとなると、そうもいかない。毒には毒をというわけだ。警察の上の連中としては、鷹津がまた何かしでかしたら、これ幸いとクビを切る気かもしれない。腹黒い俺としては、そこを期待しているんだがな」
このとき和彦は、三田村の気持ちが少しわかった気がした。返事に困ることを言われたとき、反応のしようがないのだ。
唇を引き結んだ和彦を、賢吾が意地の悪い笑みを浮かべてからかってきた。
「なんだ、フォローはなしか、先生。やっぱり俺は腹黒いか?」
「人に聞かなくても、自分でわかっているだろっ」
機嫌を損ねたふりをして、さりげなく賢吾から離れようとしたが、それを許すほど甘い男ではない。反対に、さらに引き寄せられた挙げ句、あごを掴まれて唇を塞がれた。熱い舌に無遠慮に唇をこじ開けられ、口腔に押し込まれる。和彦は一瞬だけ体を強張らせたが、すぐに力を抜き、身を委ねた。
たっぷり口腔の粘膜を舐め回され、引き出された舌を吸われたかと思うと、甘噛みされる。身震いしたくなるような疼きが生まれ、思わず和彦は賢吾の腕に手をかけた。そのまま舌を絡め合っていたが、ふと、ある考えが脳裏を過る。伏せていた視線を上げると、賢吾と目が合った。
舌を解き、下唇をそっと吸い上げられる。囁くような声で賢吾が問いかけてきた。
「どうした、先生?」
「……ぼくは、組の事情に立ち入る気はない。だけど、どうしても気になることがある」
「いい傾向だ。自分は知らないと背を向けていたところで、先生の背にはしっかりと、組の事情がのしかかっているんだ。そろそろ、その重さを実感する頃だろ?」
何もかも見透かしたような賢吾の口調が腹が立つ。しかし、無視できないのも確かだ。どれだけ目を閉じ耳を塞いだところで、和彦はとっくに、組の事情に頭の先まで浸かっている。あとは、和彦がそれらの事情を、自分の腹に呑み込めるかなのだ。
「――気を悪くするかもしれないが……、長嶺組は、本当に薬の件には関わってないのか?」
賢吾がスッと目を細め、指先で和彦の頬をくすぐってきた。官能的な口づけで熱くなっていた和彦の体は、急速に冷えていく。
「うちの組は、薬関係は扱っていない。そもそも総和会には、組員が薬物で警察に挙げられたら、その組は即除名という会則がある。薬の商売をしている組は、総和会にはいられない」
ここで唇を吸い上げられ、和彦もぎこちなく応じる。賢吾の言葉をどこまで信じればいいのかと困惑していると、腹黒いなどという表現では足りない怖さを持つ男は、言葉を続けた。
「……いまさら怖いものが一つ加わったところで、どう反応していいかわからない」
「先生のそういうところが、肝が据わっているというんだ」
当然のように賢吾に手を握られ、和彦も握り返す。これまでのつき合いでなんとなく把握したが、賢吾は車中で体を寄せ合うのが好きらしい。それは、千尋のようにストレートな好意をぶつけてくる類ではなく、和彦の従順さを確かめるためのものだ。
常にこういうことをしてくる男を、怖がるなというのは無理な話だ。
「ぼくが診た患者、千尋と同じ歳ぐらいだ。いや、もう少し若いのか」
「まだ二十歳になってない。うちの若衆の下で小遣い稼ぎをしているようなガキで、組員ではない。が、長嶺の名に少しでも関わっている人間だ。見捨てるわけにはいかねーだろ」
和彦がじっと見つめると、賢吾はニヤリと笑った。
「俺がそんなに優しいはずがないと、言いたげだな」
「何も言ってないだろ……」
目を逸らそうとしたが、すかさずあごに賢吾の手がかかり、顔を覗き込まれる。大蛇を潜ませた目が迫ってきた。
「先生が考えた通りだ。ガキを放り出さなかったのは、今のこの時期だからだ。長嶺組と繋がりのあるヤク中のガキが外をふらついていたら、警察にいい口実を与えるだけだ」
「口実……?」
「うちが、今出回っているあの薬の売買に関わっているかもしれない、と考える口実。警察は、薬の売買にどこかの組が関わっていると読んでいるみたいだ。だから――」
和彦は反射的に、賢吾の手をきつく握り締めていた。賢吾は笑みを浮かべると、和彦の手を取り上げ、手の甲に唇を押し当てる。
「頭のいい先生だ。ここのところの騒動の全体像が、ぼんやりとでも見えてきたか?」
「……蛇蝎の片割れは、薬の件で動いているということか」
「薬の件だけなら、本来あの男は無関係だが、暴力団組織が関わっているとなると、そうもいかない。毒には毒をというわけだ。警察の上の連中としては、鷹津がまた何かしでかしたら、これ幸いとクビを切る気かもしれない。腹黒い俺としては、そこを期待しているんだがな」
このとき和彦は、三田村の気持ちが少しわかった気がした。返事に困ることを言われたとき、反応のしようがないのだ。
唇を引き結んだ和彦を、賢吾が意地の悪い笑みを浮かべてからかってきた。
「なんだ、フォローはなしか、先生。やっぱり俺は腹黒いか?」
「人に聞かなくても、自分でわかっているだろっ」
機嫌を損ねたふりをして、さりげなく賢吾から離れようとしたが、それを許すほど甘い男ではない。反対に、さらに引き寄せられた挙げ句、あごを掴まれて唇を塞がれた。熱い舌に無遠慮に唇をこじ開けられ、口腔に押し込まれる。和彦は一瞬だけ体を強張らせたが、すぐに力を抜き、身を委ねた。
たっぷり口腔の粘膜を舐め回され、引き出された舌を吸われたかと思うと、甘噛みされる。身震いしたくなるような疼きが生まれ、思わず和彦は賢吾の腕に手をかけた。そのまま舌を絡め合っていたが、ふと、ある考えが脳裏を過る。伏せていた視線を上げると、賢吾と目が合った。
舌を解き、下唇をそっと吸い上げられる。囁くような声で賢吾が問いかけてきた。
「どうした、先生?」
「……ぼくは、組の事情に立ち入る気はない。だけど、どうしても気になることがある」
「いい傾向だ。自分は知らないと背を向けていたところで、先生の背にはしっかりと、組の事情がのしかかっているんだ。そろそろ、その重さを実感する頃だろ?」
何もかも見透かしたような賢吾の口調が腹が立つ。しかし、無視できないのも確かだ。どれだけ目を閉じ耳を塞いだところで、和彦はとっくに、組の事情に頭の先まで浸かっている。あとは、和彦がそれらの事情を、自分の腹に呑み込めるかなのだ。
「――気を悪くするかもしれないが……、長嶺組は、本当に薬の件には関わってないのか?」
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「うちの組は、薬関係は扱っていない。そもそも総和会には、組員が薬物で警察に挙げられたら、その組は即除名という会則がある。薬の商売をしている組は、総和会にはいられない」
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