血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
上 下
136 / 1,268
第8話

(8)

しおりを挟む
「前から、この手の合成麻薬ってのは、ガキの間で流行っていたんだが、こいつは、特に性質が悪い。お菓子みたいな見た目で、手軽に気持ちよくなれる薬だと思って手を出したら、取り返しがつかなくなる」
「麻薬は麻薬だろ。どれも性質が悪い」
「この小さな粒が、一ついくらするかわかるか、先生?」
 和彦が首を横に振ると、三田村はティッシュペーパーを数枚取って、錠剤を包んでしまう。
「今の相場だと、一万円以上。合成麻薬の値段としては、なかなかの高さだ。だが、よく効く。含まれている〈砂糖〉の量が多いからな。一粒を飲むのはもったいないからと言って、砕いて分けて使う人間もいるらしい」
「使う?」
「少しずつ指に取って、粘膜に擦りつける。手っ取り早く楽しめて、相手がいれば二倍楽しめる――と、得意げに話すバカがいる」
「それは……」
 言いかけて、和彦はため息を洩らした。三田村の言う〈砂糖〉の意味がわかったからだ。そこに、風呂場から組員たちが、青年を引きずって出てきた。
「吐かせたものの中に、溶けかけた錠剤が五錠ありました」
 組員の報告に、三田村が珍しく口中で毒づく。そして和彦を見た。
「ここから先は、先生に任せる。俺たちは、薬に手を出して中毒になった奴に対しては、水を飲ませ続けて、体を縛り上げることしかしない。薬が抜けるか、廃人になるかは、そいつ次第。そうなる覚悟があってヤバイものに手を出したと判断している。ただ今回は、この薬が原因となると、荒っぽい手段は取りたくない」
 三田村は、手にしたティッシュペーパーの包みに視線を落とした。
 なんとなく、三田村が任されている仕事がどんなものなのか、推測できた。長嶺組だけでなく、総和会のいくつかの組が『汚されて』いると賢吾は言っていたが、おそらくこの薬物を指しており、その薬物の出所や売人について、三田村たちは調べているのだ。
 和彦はイスの角に点滴バッグを引っ掛けると、青年の腕に注射針を刺し込んでテープで留める。劇的に薬物中毒が改善される治療薬などないので、胃の洗浄をしたあとは、点滴によって薬物を体内から排出する。
 救急センターにいた頃、薬物中毒の患者の治療をしたことを思い出し、和彦は苦々しい気持ちとなる。救急から離れたことで、こういった患者を診ることはもうないと思ったのだが、最近は物騒な患者しか診ていない。
「治療に必要なものがあるから、買ってきてくれないか」
 和彦がメモを書いて三田村に見せると、そのメモにちらりと目を通した三田村は、組員の一人にメモを渡して指示を与える。
 その会話を聞きながら和彦は、薬物中毒と聞いて必要かもしれないと考えて持ってきておいた活性炭を取り出す。胃の洗浄と点滴だけでは不安なので、これも注入するつもりだった。
「――いつも感心する。先生は、どんな患者相手にも落ち着いているんだな」
 組員の一人が部屋を出ていくと、三田村に言われた。和彦は微苦笑を浮かべながら、注入用のチューブを袋から取り出す。
「結局のところ、痛いのも苦しいのも他人事、だからな。ぼくは、自分が痛くなければそれでいいって考えが染み付いているんだ。患者になるべく苦痛を与えない治療法を施せるが、それは、そういう方法を教わったからだ。医者としてのぼくには、人間的な温かみは求めないでくれ」
「でも、いい医者だ」
「……ヤクザに褒められてもな……」
 和彦が顔をしかめてみせると、三田村は微かに笑みを浮かべた。ふっと柔らかくなる視線を交わし合っていると、それを邪魔するように三田村の携帯電話が鳴る。
 電話に応じる三田村の口調から、相手が誰であるか推測するのは簡単だった。


「――怖くないか?」
 いつものように和彦の肩を抱いてきた賢吾が、唐突にそんな質問をしてきた。質問の意図がわからなかった和彦は、率直に問い返した。
「ヤクザが? それとも、あんたのことが?」
 運転席と助手席に座っている組員が、一瞬緊張する。和彦の感覚ではわからないが、組員たちにとっては空恐ろしくなるような返答だったらしい。賢吾は、喉を鳴らして笑っている。
 青年の薬物中毒の治療が一段落した和彦は、賢吾に昼食に誘われた。三田村の携帯電話にかけてきたのは、賢吾本人だ。
 三田村はまだあのアパートにいて、青年がどうやって薬物を入手しているのか探っているところだろう。決して青年が心配というだけで、あのアパートに組員たちが集まったわけではないのだ。
 一方の和彦は、にぎわう昼間のコーヒーショップで、ヤクザの組長と向き合ってサンドイッチを食べるという、貴重な経験をしてから、治療のためにアパートに戻っている途中だった。

しおりを挟む
感想 80

あなたにおすすめの小説

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

処理中です...