血と束縛と

北川とも

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第8話

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「ヤクザの世界じゃ、血統っていうのはそんなに大事にされてないんだ。あくまで実力主義。だから、ひいじいちゃんからじいちゃん、そしてオヤジ、俺、って形で続こうとしている長嶺組は、珍しいっていうか、異端なんだよ。じいちゃんが総和会の会長になったから、なおさら注目度アップで、俺の肩にのしかかる期待と重圧は半端じゃない――」
 もっともらしい顔で大事な話をする千尋だが、その手は油断なく動き、和彦が着ているTシャツをたくし上げて、スウェットパンツと下着を引き下ろしにかかっている。
「跡を継ぐことが決まっているから楽なんじゃない。継ぐことが決まってるから、キツイんだ。みんな、今から俺を値踏みしてる。じいちゃんやオヤジは怖くても、俺ならどうにかできるかもしれない、と舌なめずりしてる奴もいるだろうな。俺としては、そういう甘い期待をぶち壊して、高笑いしてやりたいんだ」
「……大人なんだか、ガキなんだか、お前が言っていることを聞いていると、わからなくなる」
「大人だろ、立派な」
 意味深にそう囁いてきた千尋に片手を取られ、スラックスの上から高ぶりに触れさせられる。
 スーツ姿でしたたかに笑う青年を、和彦は目を丸くして見つめる。まるで、千尋ではないみたいだ。いや、確かに千尋なのだが、新たな一面を見せ付けられ、和彦は戸惑っていた。
「――……スーツなんて着ているせいか、別人みたいだ、千尋……」
「迫られて、ドキドキする?」
 正直に答えると調子に乗らせるだけだと思い、和彦は顔を背けようとしたが、傲慢な手つきであごを掴まれて、深い口づけを与えられる。
 その間にも千尋にさらにスウェットパンツと下着を引き下ろされ、とうとう脱がされてしまう。
 覆い被さってきた千尋が、余裕ない手つきでスラックスの前を寛げながら、和彦の胸元を舐め上げてくる。和彦はわずかに息を弾ませて言った。
「泊まってもいいから、今夜はおとなしくしていろっ……」
「それは無理。――きれいな女に囲まれて、ちやほやされながらずっと考えていたのは、先生のことだった。早く先生を抱きたくて仕方なかった」
 そんな情熱的なことを言いながら、目を輝かせた千尋が自分の指を舐める。胸の突起に吸い付かれながら、和彦の内奥の入り口は濡れた指にまさぐられる。
「んっ、んうっ……」
「力抜いててね。――入れるよ」
 二本の指が、狭い内奥をこじ開けるようにして挿入されてくる。片足を抱え上げられて、千尋の指が付け根まで収まると、下肢に甘苦しさが生まれる。
 内奥を解すため、ゆっくりと指を出し入れしながら、千尋の唇が気まぐれに体のあちこちに押し当てられ、和彦が控えめに喘ぎ始めると、唇を何度も吸い上げられる。
「はあっ」
 ねっとりと指で内奥を撫で回されて喉を震わせた和彦は、千尋の肩に手をかけたが、このとき、胸元を撫でる滑らかでひんやりとした感触に気づく。千尋が締めているネクタイだ。
 思わず手を伸ばして触れると、それに気づいた千尋がにんまりと笑いかけてくる。
「ネクタイが気になる?」
「別に……、ネクタイが珍しいわけじゃない。ただ、お前がネクタイを締めているのが不思議で――」
「興奮する?」
「違うっ」
 和彦の反応がおもしろいのか、声を洩らして笑っていた千尋だが、ふいに、内奥から指を引き抜いた。代わって押し当てられたのは、熱く脈打っている千尋の欲望だ。
「あっ……」
 千尋はスラックスの前を寛げただけの姿で、和彦の中に押し入ろうとしていた。
 それは、ひどく新鮮な興奮だった。千尋がスーツ姿であるということも珍しいし、十歳も年下の青年がほとんど服装を乱すことなく、裸に近い姿となっている自分にのしかかっているのだ。
 スーツ姿の賢吾に傲慢に体を繋がれるのとは、まったく違う感覚だった。
「んうっ」
 内奥に太い部分を呑み込まされ、それだけで和彦は乱れてしまう。
「なんか、この格好、すっげー卑猥。俺が先生をイジメてるみたい。先生が俺に逆らえなくて、恥ずかしい姿にされて、こんなもの尻に入れられて――」
 一度は引き抜かれた千尋のものが、ゆっくりとまた内奥を犯し始める。触れられないまま和彦のものは反り返り、先端から透明なしずくをはしたなく垂らしていた。
 和彦がシーツを握り締め、押し寄せてくる快感に耐えていると、緩やかに腰を動かしながら千尋がネクタイを解き、首から抜き取る。次に和彦の両手首に、そのネクタイを巻きつけて結んでしまった。
「千尋っ……」
 和彦が声を上げると、千尋はさらに腰を進め、これ以上なくしっかりと繋がる。
 両手は体の前に回しているうえ、ネクタイによる拘束そのものも緩いため、結び目を歯を使って解くことは難しくない。これは、〈拘束ごっこ〉と呼べるものだ。
 和彦の姿をじっくりと眺めて、千尋が吐息を洩らす。
「ますます、卑猥になったね、先生」
「お前、あとで覚えていろよ」
 負け惜しみのように和彦が言うと、すかさず濃厚な口づけを与えられた。内奥では、興奮しきった千尋のものが堪え切れないように蠢き、脆くなった和彦の襞と粘膜を擦り上げてくる。
 二人は、刺激的な遊びに夢中になり、そこで得られる快感に酔いしれていた。
 千尋に乱暴に内奥を突かれながら、和彦は上半身を捩るようにして乱れる。その姿がまた、千尋の興奮を煽るらしく、反り返ったまま震えるものを扱かれてから、柔らかな膨らみも手荒く揉みしだかれ、強い刺激に和彦は悲鳴を上げる。気がついたときには、熱い精を噴き上げ、下腹部を濡らしていた。
 喘ぐ和彦の唇を軽く吸って、千尋が囁いてくる。
「――先生、中、いい?」
 内奥深くで、千尋の若々しい欲望が脈打っている。和彦は縛められたままの両手を動かし、千尋の頬を撫でた。
「シャワーを浴びたばかりだから、嫌だ」
 千尋は一瞬目を丸くしたが、和彦の仕掛けた軽い遊びに気づいたらしい。ニヤリと笑ったあと、表情を改めてこう言った。
「俺のオンナのくせに、嫌なんて言うな」
 この瞬間、和彦の体を電流にも似た痺れが駆け抜ける。今夜の千尋は、何もかもが違う。だからこそ和彦は惑乱させられ、普段にはない感じ方をしてしまう。
 甘ったれの犬っころではない千尋も、十分に魅力的だった。
 千尋が大きく腰を動かし、迸り出た精を和彦は内奥深くで受け止める。自分でも抑えられないまま、淫らに腰が蠢いていた。
 手首を縛めるネクタイを解いて千尋がしがみついてきたので、ジャケット越しの背を撫でる。
「千尋、スーツが汚れるぞ……」
「――先生は、俺のオンナだ」
 唐突に、真剣な声で千尋が耳元に囁いてきた。何事かと目を見開く和彦の顔を、声同様、真剣な表情を浮かべて千尋が覗き込んでくる。
 行為の最中の戯れのやり取りが、千尋の中の〈雄〉を刺激したのかもしれない。
 和彦が知る男たちの中で、千尋の独占欲や嫉妬心の表現は誰よりも率直だ。つまりそれだけ、純真なのだ。そんな気持ちを傾けてもらえるほどの価値が、果たして自分にあるのだろうかと思いながらも、千尋がぶつけてくる気持ちを和彦は貪欲に受け入れる。
「そうだ……。ぼくは、長嶺千尋のオンナだ」
「だから俺は、大事にするよ。今はまだ、何もできないし、何も持ってないけど、でも、先生を大事にできるし、気持ちだけはたくさんあげられる」
 自分にはもったいない告白だなと思いながら、和彦は両腕でしっかりと千尋を抱き締める。
「……それで十分だ、千尋」
 千尋は、まるで小さな子供のように頷く。その仕種が、たまらなく愛しかった。

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