血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
上 下
130 / 1,268
第8話

(2)

しおりを挟む
 独りごちるように和彦が洩らすと、自分に投げかけられものだと思ったのか中嶋が応じる。
「俺も詳しいことは何も。ただ、手を貸してほしいと秦さんから電話があって駆けつけたら、ボロボロになって倒れていたんです。どこか別の場所で暴行されて、逃げてきたらしいんですが、相手が何人だったとか、そもそもこんな目に遭った理由はなんなのか、教えてもらえませんでした。ただ、先生に連絡を取るよう指示されて……」
「それで素直に従ったのか?」
 和彦の口調は、つい呆れたものとなる。それを中嶋は感じ取ったのか、苦い表情を浮かべた。
「秦さんは特別なんですよ。借りがあるというより、恩がある。俺が組に入ったばかりの頃、仕事でヘマをやらかして、借金を背負わされたことがあるんです。まだ二十歳そこそこのガキに返すあてなんてない額ですよ。そこで助けてくれたのが、秦さんなんです。組に入れるようお膳立てしたのは自分だから、放っておけないと言って」
「金を貸してくれたのか?」
「それだと、俺の将来の役に立たないからと、組での金の稼ぎ方を教えてくれました。あっ、ヤバイ方法じゃないですよ。一応、真っ当な方法です。――借金を返せたうえに、俺は組の若衆の中でも、かなりの発言力を持てるようになったんですけど、僻みで人間関係がゴタゴタするのは、ヤクザも堅気も一緒です。そういうのに嫌気が差して、俺は幹部に推薦してもらって、総和会に入ったんです」
 中嶋の話を聞きながら、和彦は休みなく秦の怪我を診ていく。右手にしっかり巻かれたタオルを外してみると、さらにネクタイをぐるぐる巻きにしてあった。止血のつもりだったようだ。
 刃物でも掴んだのか、てのひらはざっくりと切れており、血が流れ出ている。幸か不幸か、切り傷はてのひらだけのようだ。
「彼は、何かトラブルを抱えていたのか? これは、ちょっとしたケンカ程度の傷じゃない」
「聞いたことはありません。クラブ経営も上手くいっているようだし、あちこちの組に顔が利くからこそ、秦さんの店で揉め事を起こす人間はいません。……とはいっても、俺も秦さんのことを詳しく知っているわけじゃないんです」
 意外に思って和彦がまじまじと見つめると、中嶋はちらりと笑った。
「仲良くしてもらってますけど、けっこう謎が多いんですよ、秦さんは。だからいまだに、秦静馬が本名なのかどうかすら知らない。俺は、実は秦さんが妻子持ちだったとしても、驚きませんね。本当のところ、いろんな組とのつき合いも、どこまで深いものなのか、よくわからない」
「……物腰は柔らかで紳士だが、実際はヤクザそのものみたいな男でも驚かない、か?」
「まあ、見た目通りの人だったら、したたかに組と渡り合うなんてできないでしょう。だけどその面を、秦さんは他人に見せない。ちょっと怖いですよね。そう考えると」
「でも、慕っているんだろ」
 和彦の言葉に、真剣な顔で中嶋は頷く。
 中嶋と秦と飲んだとき、二人はあくまで仲のいい先輩・後輩、もしくは友人同士に見えたのだが、中嶋の話を聞いて、表情を見ていると、そう単純なものでないことがわかる。崇拝という言葉が頭を過りもするが、それよりむしろ、シンパというほうがより近いかもしれない。
 中嶋は、秦という男に何か共鳴するものを感じ、それを守ろうとしているのだとしたら、献身的ともいえる態度に納得できる。
 ヤクザの世界の、一種独特な男同士の結びつきは濃厚で、和彦には理解しがたいものがあるが、ヤクザである中嶋と、ヤクザのごく側に身を置く秦の結びつきも、また独特だ。
 中嶋と話しているうちに妙な熱に感化されてはたまらないと、和彦はバッグを開け、ひとまずてのひらを縫う準備をする。総和会の仕事で、和彦の治療に同行することが多い中嶋も慣れたもので、こちらが指示を出す前に、処置がしやすいよう秦の手の血を拭き取り、消毒をする準備を調えてしまった。
「うちは救急箱すらないので、必要なものがあったら言ってください。すぐに買いに行ってきます」
 自分がいると邪魔になると思ったのか、今度はこんなことを申し出てきた中嶋に、和彦は鎮痛剤と冷湿布、コルセットや氷を頼む。実際、すぐに必要なものばかりだ。
 中嶋が慌ただしく出ていくと、和彦も仕事をこなすことにする。
 キッチンで手を洗って戻ってくると、秦は目を開けていた。和彦を見るなり、唇を歪めるようにして痛々しい笑みを浮かべた。
「……中嶋の奴、好き放題言ってましたね」
 目を閉じたまま、和彦と中嶋の会話を聞いていたらしい。和彦はベッドの傍らに置かれたイスに腰掛け、手袋をしてから局所麻酔の準備をする。すると秦が、興味深そうに和彦の手元を見つめてきた。
「先生、それは……」

しおりを挟む
感想 80

あなたにおすすめの小説

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

処理中です...