血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
上 下
122 / 1,268
第7話

(13)

しおりを挟む
 射殺されそうな眼差しを鷹津から向けられた。普段の和彦であれば怯むどころか、足が震えるだろうが、今は違う。嫌悪感しか与えてこない鷹津に一撃を与えられたと、ただ確信していた。
 今度は和彦が、ニヤリと笑う番だった。ここまでの慇懃な口調をかなぐり捨て、挑発的に言い放つ。
「その様子だと、あんたにも有効みたいだな、この手は。――なら、さっそく見せてもらおうか。一般市民がお茶を飲んでいるところに押しかけてきて、部屋を見せろと言い張る根拠ってやつを」
「一般市民? ヤクザのオンナが、人並みのこと言うな」
「そのことを責めるなら、やっぱり根拠が必要だ。ヤクザと寝ることは犯罪だという、根拠が。一般市民の住居に踏み込むのに、刑事の道徳心を振りかざすだけでどうにかなると思ってるのか、あんた」
 和彦と鷹津は睨み合う。先日、秦と一緒にいるところを急襲されたときは、この得体の知れない男相手にどう対処すればいいのかわからなかった。何より、一般人である秦に迷惑をかけられないという思いがあった。
 しかし今の和彦は、人一人の命をこの手に預かっている最中だ。だからこそ自分の身を守らなければならない。皮肉だが、和彦のこの姿勢は、部屋で身を潜めている組員たちを守ることにもなる。
 冷静に考えてみれば、この場で鷹津に救いを求めれば、何もかも終わるはずなのだ。どれだけ嫌悪していようが、刑事という鷹津の立場は強力だ。和彦を確実に、長嶺組から切り離してくれるだろう。だが、そんなことはできないと、自分でわかっていた。
 和彦は、自分が置かれた境遇に愛着にも似た感情を抱き始め、それを簡単には投げ出せない。
「どうしても入りたいと言い張るなら、警察と弁護士立ち会いの下でだ。ここに警察はいる、なんて言うなよ。まともな警察を呼ぶ。……もっとも、まともな警察なら、ぼくじゃなく、あんたを排除すると思うが」
 どうする、と低く問いかけると、鷹津は返事をしないまま、ただ和彦を見つめてくる。身を潜めた大蛇のように、ただ静かでひんやりとした賢吾の目とは違い、今日の鷹津の目はドロドロとした感情で澱み、熱を孕んでいる。燃え上がることのない、燻り続けるだけの厄介な熱だ。
 患者の容態が気になるが、焦りを読み取られないよう、和彦は必死に強気を装う。すると鷹津は唇を歪めた。
「――今日は、肝が据わった目をしてるな。ヤクザのオンナらしくない、ムカつく目だ」
「なんとでも言ってくれ」
 ここで鷹津が、脱ぎかけていた靴を履き直す。そして和彦に笑いかけてきた。
「俺の用は、お前に携帯電話を届けにきただけだからな。友人同士、楽しくお茶を飲んでいたところを邪魔して悪かった」
「いいえ。ご親切にありがとうございました」
 たっぷりの皮肉を込めた会話を交わし、このまま鷹津は玄関を出ていくかと思ったが、ふと何かを思い出したように振り返った。思わず舌打ちしそうになった和彦だが、寸前で堪える。
「まだ何か?」
「携帯電話を届けてやったんだから、礼に茶の一杯ぐらい飲ませてもらえないかと思ったんだ。なんなら、ここで飲んでやってもいい」
 和彦は、鷹津を睨みつける。さっさと帰れと追い返そうとしたところで、のらりくらりと躱されるだけだと、一瞬にして悟った。
 どうするべきか――。そう考えたのは、わずかな間だった。
「お茶なんかより、もっといいものがある」
 和彦の提案に、鷹津は薄笑いを浮かべた。
「興味があるな。なんだ」
「――ヤクザのオンナからのキス」
 鷹津の表情が凍りついたのを、和彦は見逃さなかった。畳み掛けるように言葉を続ける。
「滅多にもらえないものだろ。男も女も関係なく、あんたは誰からも好かれそうにないからな。ぼくからの〈好意〉だ。受け取ってくれるだろ?」
 鷹津は、何も言わなかった。唇を引き結び、憎々しげに和彦を睨みつけて玄関を出ていく。和彦はドアがゆっくりと閉まるのを見届けてから、即座に鍵をかける。
 鷹津がまたやってくるのではないかという危惧もあるが、悠長に身構えている時間はなかった。
 この先の対応は、長嶺組の人間で決めてくれと言い置いて、急いで手を洗い直してから患者の元に戻る。
 自分の言動が鷹津を刺激したのは確実で、どんな報復があるのだろうかと怖くもあるのだが、今は、手術に集中する。それが和彦の役目で、面倒事の始末は、ヤクザの役目だ。

しおりを挟む
感想 80

あなたにおすすめの小説

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

処理中です...