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第7話
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「先生の知り合いで、渡したいものがあると言い張っているんです。そもそも、今ここに先生がいることは、組員でも一部の者しか知りません。多分、先生を乗せた車が尾行されたんだと思います。相手が本当に刑事かというのも怪しいですが、ここに長嶺の人間がいるとわかったうえで、先生と会わせろと言っているのだとしたら、厄介です。もし刑事なら、下手をしたら踏み込まれるおそれもあります」
あることが脳裏を過り、和彦は尋ねずにはいられなかった。
「ドアの向こうにどんな男がいるか、レンズを覗いてみたか?」
「大柄で、濃い顔をした男です。歳は、四十になるかならないかぐらいで。それに、レンズの死角に入っていてよく見えませんが、いるのは一人ではないようです」
それを聞いて和彦は、乱暴に息を吐き出す。忌々しいが、ここに押しかけてきた男が誰なのか、わかってしまった。そして、決して無視して済む相手ではないことも。
腹を開いたままの患者を見つめてから、和彦は覚悟を決める。
バイタルサインを一定に保つことだけに集中するよう助手の女性二人に指示を与えると、血塗れのラテックス手袋を捨ててから、手術着とスリッパを脱いで部屋を出る。
気色ばんだり、浮き足立っている組員たちに対して、すべて自分に任せるよう開口一番に言い放った和彦は、速やかに指示を与えた。
玄関に並ぶ靴を片付けさせてから、一人の組員を残して全員、空いている部屋へと移動させたのだ。何があっても物音を立てないよう言っておくことも忘れない。
「あんたは、ただぼくの後ろにいて、話を合わせればいい。余計なことは絶対言うな」
インターホンを通して、〈自称・刑事〉という男と話した組員にそう言いつけてから、和彦はやっと玄関に向かう。慌ただしく指示を出している間も、まるで嫌がらせのようにインターホンは鳴りっぱなしだったのだ。
乱暴にドアを開け、目の前に立つポロシャツ姿の男を認識した瞬間、和彦の全身を不快さが駆け抜ける。
「――……やっぱり、あんただったか」
嫌悪感を隠そうともしない和彦に対して、本物の刑事である鷹津はニヤリと笑いかけてくる。相変わらず無精ひげを生やし、長めの髪をオールバックにしており、正体を知った今でも、刑事には見えない。鷹津を観察していて、ドアの陰に立つ二人の男の存在に気づいたが、彼らもやはり刑事なのだろう。
動揺は、鷹津に対する嫌悪感が押し殺してくれる。それほど和彦は、鷹津という刑事が苦手――というより、生理的に受け付けられない。理屈を必要としないほど、嫌いなのだ。
「何か用でしょうか、刑事さん」
素っ気なく問いかけた和彦の目の前に、携帯電話が突き出される。和彦が落としたものだ。思わず鷹津を睨みつけると、笑って言われた。
「わざわざ届けてやったのに、いらないのか?」
仕方なく受け取ろうとしたが、寸前のところで躱された。このときにはもう、鷹津は笑みを消し、恫喝するような鋭い表情となっていた。
「ここで何をしている?」
今度は、和彦が笑みを浮かべる番だった。背後の組員をちらりと振り返ってから答える。
「〈友人〉と、お茶を飲みながら談笑していたんですよ」
「ヤクザのお友達か?」
「さあ。友人は友人ですよ。……最近の警察はサービスがいいですね。携帯電話をわざわざ、友人とお茶を飲んでいる場所にまで届けてくれるなんて」
和彦が手を差し出すと、やっと鷹津は、てのひらに携帯電話をのせる。が、携帯電話ごと手を握り締められていた。鷹津の体つきそのものの、大きくごつごつとした硬い手だ。
「――こんなところで、ヤクザのオンナとヤクザが何をしている? 只事じゃないはずだ。長嶺組の組員が、わざわざお前を迎えに来て、ここに連れてきたんだ。中で、何かしているはずだ」
「だからお茶を――」
「ふざけるなっ」
鷹津が大声を上げ、鉄製のドアを拳で殴りつける。その迫力に身が竦んだ和彦だが、意地でも表情は動かさなかった。鷹津の手を乱暴に振り払い、携帯電話を取り戻す。
大きく息を吐き出し、あくまで落ち着いた口調で応じた。
「友人に迎えに来てもらって、お茶を飲みながら話していたんですよ。それは違うと言い張るなら、何か証拠でもあるんですか」
「中を見せろ」
「かまいませんよ」
和彦の返事に、背後で組員が小声で呼びかけてきた。
「先生、それは――」
ニヤリと笑った鷹津がさっそく靴を脱ごうとしたが、すかさず和彦は、片手を突き出した。
「ぼくは医者なんで詳しくはないですが、テレビでよく言ってますよね。『令状を見せろ』って台詞」
あることが脳裏を過り、和彦は尋ねずにはいられなかった。
「ドアの向こうにどんな男がいるか、レンズを覗いてみたか?」
「大柄で、濃い顔をした男です。歳は、四十になるかならないかぐらいで。それに、レンズの死角に入っていてよく見えませんが、いるのは一人ではないようです」
それを聞いて和彦は、乱暴に息を吐き出す。忌々しいが、ここに押しかけてきた男が誰なのか、わかってしまった。そして、決して無視して済む相手ではないことも。
腹を開いたままの患者を見つめてから、和彦は覚悟を決める。
バイタルサインを一定に保つことだけに集中するよう助手の女性二人に指示を与えると、血塗れのラテックス手袋を捨ててから、手術着とスリッパを脱いで部屋を出る。
気色ばんだり、浮き足立っている組員たちに対して、すべて自分に任せるよう開口一番に言い放った和彦は、速やかに指示を与えた。
玄関に並ぶ靴を片付けさせてから、一人の組員を残して全員、空いている部屋へと移動させたのだ。何があっても物音を立てないよう言っておくことも忘れない。
「あんたは、ただぼくの後ろにいて、話を合わせればいい。余計なことは絶対言うな」
インターホンを通して、〈自称・刑事〉という男と話した組員にそう言いつけてから、和彦はやっと玄関に向かう。慌ただしく指示を出している間も、まるで嫌がらせのようにインターホンは鳴りっぱなしだったのだ。
乱暴にドアを開け、目の前に立つポロシャツ姿の男を認識した瞬間、和彦の全身を不快さが駆け抜ける。
「――……やっぱり、あんただったか」
嫌悪感を隠そうともしない和彦に対して、本物の刑事である鷹津はニヤリと笑いかけてくる。相変わらず無精ひげを生やし、長めの髪をオールバックにしており、正体を知った今でも、刑事には見えない。鷹津を観察していて、ドアの陰に立つ二人の男の存在に気づいたが、彼らもやはり刑事なのだろう。
動揺は、鷹津に対する嫌悪感が押し殺してくれる。それほど和彦は、鷹津という刑事が苦手――というより、生理的に受け付けられない。理屈を必要としないほど、嫌いなのだ。
「何か用でしょうか、刑事さん」
素っ気なく問いかけた和彦の目の前に、携帯電話が突き出される。和彦が落としたものだ。思わず鷹津を睨みつけると、笑って言われた。
「わざわざ届けてやったのに、いらないのか?」
仕方なく受け取ろうとしたが、寸前のところで躱された。このときにはもう、鷹津は笑みを消し、恫喝するような鋭い表情となっていた。
「ここで何をしている?」
今度は、和彦が笑みを浮かべる番だった。背後の組員をちらりと振り返ってから答える。
「〈友人〉と、お茶を飲みながら談笑していたんですよ」
「ヤクザのお友達か?」
「さあ。友人は友人ですよ。……最近の警察はサービスがいいですね。携帯電話をわざわざ、友人とお茶を飲んでいる場所にまで届けてくれるなんて」
和彦が手を差し出すと、やっと鷹津は、てのひらに携帯電話をのせる。が、携帯電話ごと手を握り締められていた。鷹津の体つきそのものの、大きくごつごつとした硬い手だ。
「――こんなところで、ヤクザのオンナとヤクザが何をしている? 只事じゃないはずだ。長嶺組の組員が、わざわざお前を迎えに来て、ここに連れてきたんだ。中で、何かしているはずだ」
「だからお茶を――」
「ふざけるなっ」
鷹津が大声を上げ、鉄製のドアを拳で殴りつける。その迫力に身が竦んだ和彦だが、意地でも表情は動かさなかった。鷹津の手を乱暴に振り払い、携帯電話を取り戻す。
大きく息を吐き出し、あくまで落ち着いた口調で応じた。
「友人に迎えに来てもらって、お茶を飲みながら話していたんですよ。それは違うと言い張るなら、何か証拠でもあるんですか」
「中を見せろ」
「かまいませんよ」
和彦の返事に、背後で組員が小声で呼びかけてきた。
「先生、それは――」
ニヤリと笑った鷹津がさっそく靴を脱ごうとしたが、すかさず和彦は、片手を突き出した。
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