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第7話
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しおりを挟む電卓を叩いた和彦は、表示された数字を見て、一声低く唸る。
クリニックに入れる医療機器・備品は決めたのだが、医療機器に関しては、どの専門商社と取引するかという点で、頭を悩ませていた。いままで医療機器の価格など、聞いたところで他人事だったのだが、いざ自分が導入するとなると、やはり臆してしまう。例え、ヤクザの金を使うにしても。
やはり商社間の入札で、今後のメンテナンスまで含めた価格を決めてしまうほうが、結果として安くつくかもしれない。
コンサルタントに勧められながら、大まかな金額を計算してはためらっていた和彦だが、とうとう覚悟を決める。
入札の話を進めてもらうよう連絡するため、子機に手を伸ばそうとしたとき、突然、電話が鳴った。驚くと同時に、反射的に子機を取り上げる。
「もしもし――」
電話は、長嶺組の組員からだった。
『先生、至急、診てもらいたい人間がいます』
前置きなしの言葉に、和彦の全身にビリッと緊張感が駆け抜ける。今の境遇になってから、すでに組関係者を何人か診ているが、それでもこの感覚は消えない。
医者として患者の命を預かるという意味での緊張感はもちろんだが、和彦の場合、美容外科専門医として何年も過ごしてきているため、自分の手に負える患者であるのだろうかと身構えてしまう。
指導医も先輩もいない中、長嶺組に飼われる医者としての和彦は、常に孤独で心細いのだ。
「至急ということは、ひどい状態なのか? 今の脈拍と呼吸が知りたい」
話しながら和彦は書斎を出ると、着替えを準備する。腹を刺されて大量に出血していると聞かされ、思わず顔をしかめていた。
「手術の準備を整えておいてくれ。それと、血液も。型はわかっているんだな?」
『大丈夫です』
「ぼくが行くまで、絶対に目を離さないように。異変があれば、すぐに連絡してくれ――と、今は携帯電話がないんだ」
『今迎えに向かっている者の携帯に連絡します。それまでは、この電話で』
わかった、と応じてから、一旦電話を切る。
平日の午前中とは思えないほど、のんびりと過ごしていた和彦だが、このときから状況は一変する。
慌ただしく出かける準備を整えると、クロゼットから、中身の詰まったバッグを取り出す。出かけた先で手術を手がけるようになって、要領もわかってきた。ある程度必要なものは、自分で持ち込むということだ。
もう一度電話がかかってきて、容態を聞いてから指示を与えていると、迎えの組員がやってくる。まるで小旅行にでも出かけるように装いながら、和彦は車に乗り込んだ。
長嶺組は、ビルのテナントやマンション・アパートの部屋を、常時いくつか契約している。何かの商売をしているよう装う必要があったり、誰かを匿うときのために、そうやって物件を押さえているのだ。もちろん名義は、組とは関係ない第三者のものを使っている。あくまで、合法的に。
そのマンションの一室を、クリニックが開業するまでの簡易手術室としたのだそうだ。和彦が、長嶺組に初めて医者として協力したとき、手術できる場所ではないと、さんざん文句を言ったのがきっかけなのだと聞かされた。
それに、何かあるたびに総和会に力を借りる事態を、賢吾も苦々しく感じていたらしい。
こうした部屋があることは、長嶺組の一部の人間しか知らない。総和会にも報告していないということで、賢吾なりに考えがあるようだ。
だからこそ、ここで和彦の手術を受けられるのは、長嶺組の人間か、その長嶺組の傘下の組織に所属する人間だけだ。
ただ、手術室とはいっても、設備は病院に比べれば大きく劣る。なおかつ、ここに運び込まれるということは、命に関わる怪我をしているということなのだ。できることなら和彦は、即座に病院に行けと忠告したかった。
スリッパに履き替えた和彦がリビングに行くと、五人の男たちが思い思いの姿勢で待機していた。その中の二人の男の顔に、見覚えがあった。
和彦が口を開く前に、その男たちが深々と頭を下げる。
「わざわざお越しいただき、ありがとうございます」
「これが仕事なのでかまいませんが……、どうして、長嶺組の執行部のあなた方まで、ここに?」
長嶺組の運営方針を決定する幹部の集まりが執行部で、その方針は、長嶺組だけでなく、傘下の組織にまで通達されるほどの強制力を持つ。賢吾とは頻繁に顔を合わせている和彦でも、執行部の幹部たちとは、会う機会は滅多にない。
「――先生に手術していただく人間が、現在、執行部が介入している事案の当事者なんです」
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