血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
上 下
119 / 1,268
第7話

(10)

しおりを挟む




 電卓を叩いた和彦は、表示された数字を見て、一声低く唸る。
 クリニックに入れる医療機器・備品は決めたのだが、医療機器に関しては、どの専門商社と取引するかという点で、頭を悩ませていた。いままで医療機器の価格など、聞いたところで他人事だったのだが、いざ自分が導入するとなると、やはり臆してしまう。例え、ヤクザの金を使うにしても。
 やはり商社間の入札で、今後のメンテナンスまで含めた価格を決めてしまうほうが、結果として安くつくかもしれない。
 コンサルタントに勧められながら、大まかな金額を計算してはためらっていた和彦だが、とうとう覚悟を決める。
 入札の話を進めてもらうよう連絡するため、子機に手を伸ばそうとしたとき、突然、電話が鳴った。驚くと同時に、反射的に子機を取り上げる。
「もしもし――」
 電話は、長嶺組の組員からだった。
『先生、至急、診てもらいたい人間がいます』
 前置きなしの言葉に、和彦の全身にビリッと緊張感が駆け抜ける。今の境遇になってから、すでに組関係者を何人か診ているが、それでもこの感覚は消えない。
 医者として患者の命を預かるという意味での緊張感はもちろんだが、和彦の場合、美容外科専門医として何年も過ごしてきているため、自分の手に負える患者であるのだろうかと身構えてしまう。
 指導医も先輩もいない中、長嶺組に飼われる医者としての和彦は、常に孤独で心細いのだ。
「至急ということは、ひどい状態なのか? 今の脈拍と呼吸が知りたい」
 話しながら和彦は書斎を出ると、着替えを準備する。腹を刺されて大量に出血していると聞かされ、思わず顔をしかめていた。
「手術の準備を整えておいてくれ。それと、血液も。型はわかっているんだな?」
『大丈夫です』
「ぼくが行くまで、絶対に目を離さないように。異変があれば、すぐに連絡してくれ――と、今は携帯電話がないんだ」
『今迎えに向かっている者の携帯に連絡します。それまでは、この電話で』
 わかった、と応じてから、一旦電話を切る。
 平日の午前中とは思えないほど、のんびりと過ごしていた和彦だが、このときから状況は一変する。
 慌ただしく出かける準備を整えると、クロゼットから、中身の詰まったバッグを取り出す。出かけた先で手術を手がけるようになって、要領もわかってきた。ある程度必要なものは、自分で持ち込むということだ。
 もう一度電話がかかってきて、容態を聞いてから指示を与えていると、迎えの組員がやってくる。まるで小旅行にでも出かけるように装いながら、和彦は車に乗り込んだ。


 長嶺組は、ビルのテナントやマンション・アパートの部屋を、常時いくつか契約している。何かの商売をしているよう装う必要があったり、誰かを匿うときのために、そうやって物件を押さえているのだ。もちろん名義は、組とは関係ない第三者のものを使っている。あくまで、合法的に。
 そのマンションの一室を、クリニックが開業するまでの簡易手術室としたのだそうだ。和彦が、長嶺組に初めて医者として協力したとき、手術できる場所ではないと、さんざん文句を言ったのがきっかけなのだと聞かされた。
 それに、何かあるたびに総和会に力を借りる事態を、賢吾も苦々しく感じていたらしい。
 こうした部屋があることは、長嶺組の一部の人間しか知らない。総和会にも報告していないということで、賢吾なりに考えがあるようだ。
 だからこそ、ここで和彦の手術を受けられるのは、長嶺組の人間か、その長嶺組の傘下の組織に所属する人間だけだ。
 ただ、手術室とはいっても、設備は病院に比べれば大きく劣る。なおかつ、ここに運び込まれるということは、命に関わる怪我をしているということなのだ。できることなら和彦は、即座に病院に行けと忠告したかった。
 スリッパに履き替えた和彦がリビングに行くと、五人の男たちが思い思いの姿勢で待機していた。その中の二人の男の顔に、見覚えがあった。
 和彦が口を開く前に、その男たちが深々と頭を下げる。
「わざわざお越しいただき、ありがとうございます」
「これが仕事なのでかまいませんが……、どうして、長嶺組の執行部のあなた方まで、ここに?」
 長嶺組の運営方針を決定する幹部の集まりが執行部で、その方針は、長嶺組だけでなく、傘下の組織にまで通達されるほどの強制力を持つ。賢吾とは頻繁に顔を合わせている和彦でも、執行部の幹部たちとは、会う機会は滅多にない。
「――先生に手術していただく人間が、現在、執行部が介入している事案の当事者なんです」

しおりを挟む
感想 80

あなたにおすすめの小説

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

処理中です...