117 / 1,268
第7話
(8)
しおりを挟む
気遣う言葉をかけてきながら、三田村の眼差しは鋭い。和彦と秦の間に何かあると確信している目だ。
こうなった三田村ですら怖いのに、本当のことを賢吾に告げたらどうなるか――。
想像して、背筋が冷たくなる。
「……なんでもない……」
和彦はそう答えると、携帯電話を三田村の手に押し付け、顔を背けた。
秦の目的を知るにはどうすればいいのか、部屋に戻ってから和彦はずっと考えていた。目的がわからなければ、動きようがなく、最終的に長嶺組に――賢吾の力に頼ることになるかどうか、判断もできない。
電話で秦に言われた言葉は、確実に和彦の判断力と決断力を鈍らせた。迂闊に誰にも相談できなくなったのだ。もちろん、和彦を大事にしてくれる〈オトコ〉にも。
帰りの車の中で、和彦と三田村はほとんど会話を交わさなかった。和彦の口を重くしたのは、罪悪感と、秦とのことを知られてはいけないという恐怖心からだが、三田村の場合は、よくわからない。もともと多弁な男ではないし、話しかけないでほしいという和彦の気配を敏感に読み取ったともいえる。
秦からの電話を受けて和彦の様子がおかしくなったと、賢吾に報告したのかどうか、今はそれが心配だった。
こんな心配をする自分の賢しさも、罪悪感に拍車をかける。
膝を抱えてソファに座った和彦は、口寂しさを紛らわせるようにワインを飲む。寝酒でもしないと、今夜は眠れそうにない。
深いため息をついたとき、インターホンが鳴った。こんな時間に誰だと思いながら立ち上がり、テレビモニターを覗く。映っていたのは三田村だった。
『――こんな時間にすまない。本当は電話でもよかったんだが、昼間、先生の調子が悪そうだったのが気になったんだ』
三田村と関係を持つ前なら、ごっそりと感情をどこかに置き忘れたような無表情から、なんの感情も読み取れなかっただろうが、今は違う。モニターを通しても、三田村が本気で心配してくれているとわかる。
『直接顔を見たら、すぐに帰る。だから……少し寄ってもかまわないか?』
短く返事をしてロックを解除する。すぐに三田村は上がってきた。
玄関のドアを開けた和彦は、三田村の手にあるものを見て目を丸くする。すると、強面のヤクザは決まり悪そうに顔をしかめた。
「こういうとき、見舞いに何を持ってきたらいいかわからないんだ」
「だから、ワインなのか?」
「気に入らないなら、違うものを買い直して――」
三田村が立ち去ろうとしたので、慌てて和彦は玄関に引き込む。すかさず三田村に片腕でしっかり抱き締められた。
「これでよかったか?」
「ちょうど今、一人でワインを飲んでたんだ。だけど――こうして会いにきてくれただけで、嬉しい」
和彦がそう言うと、背にかかっていた三田村の手が後頭部に移動し、優しい男には似つかわしくない動作で後ろ髪を掴まれる。それが三田村の激しさを物語っているようで、妙な表現だが、和彦は嬉しい。
まずは互いの想いを確かめるように、濃厚な口づけを交わす。荒々しく唇を吸われ、熱い舌で犯すように口腔をまさぐられてから、和彦は両腕をしっかりと三田村の背に回し、しがみついた。
玄関で立ったまま、長い口づけを堪能する。絡めていた舌をようやく解き、息を喘がせながら和彦は、三田村の舌にそっと噛みつく。その行為に応えるように、ずっと和彦の抱き寄せ続けていた三田村の片腕に、ぐっと力が加わった。
「……部屋に上がらないか?」
和彦がそう誘うと、三田村は小さく首を横に振る。
「そうすると、聞かれたくない話ができなくなる」
思わず和彦が顔を強張らせると、三田村は今度は頷いた。
どうやら、この部屋に盗聴器が仕掛けられていると、三田村も察したらしい。おそらく寝室だけだと思うが、和彦も詳しく調べたわけではない。
一度体を離して三田村がくれたワインを靴箱の上に置くと、すぐに手を掴まれ、和彦はまた三田村の腕の中に戻った。
「――組長には、まだ何も報告していない。あくまで俺の中で、先生の体調が少し悪そうだということで処理している。ただ、もしまた、秦から連絡があったら、さすがに報告しないわけにはいかない」
和彦は、三田村の肩に額を押し当てる。
「すまない……。ただでさえ、ぼくのことで気をつかわせているのに、組長にウソをつくようなことをさせて」
「ウソはついていない。俺も万能じゃないから、一つぐらい些細なことを見逃すこともあるというだけだ」
組長である賢吾に対する忠誠心と、和彦を気遣う気持ちで、三田村を板ばさみにしていることが申し訳ない。
和彦の背を何度も撫でながら、淡々とした声で三田村が問いかけてくる。
こうなった三田村ですら怖いのに、本当のことを賢吾に告げたらどうなるか――。
想像して、背筋が冷たくなる。
「……なんでもない……」
和彦はそう答えると、携帯電話を三田村の手に押し付け、顔を背けた。
秦の目的を知るにはどうすればいいのか、部屋に戻ってから和彦はずっと考えていた。目的がわからなければ、動きようがなく、最終的に長嶺組に――賢吾の力に頼ることになるかどうか、判断もできない。
電話で秦に言われた言葉は、確実に和彦の判断力と決断力を鈍らせた。迂闊に誰にも相談できなくなったのだ。もちろん、和彦を大事にしてくれる〈オトコ〉にも。
帰りの車の中で、和彦と三田村はほとんど会話を交わさなかった。和彦の口を重くしたのは、罪悪感と、秦とのことを知られてはいけないという恐怖心からだが、三田村の場合は、よくわからない。もともと多弁な男ではないし、話しかけないでほしいという和彦の気配を敏感に読み取ったともいえる。
秦からの電話を受けて和彦の様子がおかしくなったと、賢吾に報告したのかどうか、今はそれが心配だった。
こんな心配をする自分の賢しさも、罪悪感に拍車をかける。
膝を抱えてソファに座った和彦は、口寂しさを紛らわせるようにワインを飲む。寝酒でもしないと、今夜は眠れそうにない。
深いため息をついたとき、インターホンが鳴った。こんな時間に誰だと思いながら立ち上がり、テレビモニターを覗く。映っていたのは三田村だった。
『――こんな時間にすまない。本当は電話でもよかったんだが、昼間、先生の調子が悪そうだったのが気になったんだ』
三田村と関係を持つ前なら、ごっそりと感情をどこかに置き忘れたような無表情から、なんの感情も読み取れなかっただろうが、今は違う。モニターを通しても、三田村が本気で心配してくれているとわかる。
『直接顔を見たら、すぐに帰る。だから……少し寄ってもかまわないか?』
短く返事をしてロックを解除する。すぐに三田村は上がってきた。
玄関のドアを開けた和彦は、三田村の手にあるものを見て目を丸くする。すると、強面のヤクザは決まり悪そうに顔をしかめた。
「こういうとき、見舞いに何を持ってきたらいいかわからないんだ」
「だから、ワインなのか?」
「気に入らないなら、違うものを買い直して――」
三田村が立ち去ろうとしたので、慌てて和彦は玄関に引き込む。すかさず三田村に片腕でしっかり抱き締められた。
「これでよかったか?」
「ちょうど今、一人でワインを飲んでたんだ。だけど――こうして会いにきてくれただけで、嬉しい」
和彦がそう言うと、背にかかっていた三田村の手が後頭部に移動し、優しい男には似つかわしくない動作で後ろ髪を掴まれる。それが三田村の激しさを物語っているようで、妙な表現だが、和彦は嬉しい。
まずは互いの想いを確かめるように、濃厚な口づけを交わす。荒々しく唇を吸われ、熱い舌で犯すように口腔をまさぐられてから、和彦は両腕をしっかりと三田村の背に回し、しがみついた。
玄関で立ったまま、長い口づけを堪能する。絡めていた舌をようやく解き、息を喘がせながら和彦は、三田村の舌にそっと噛みつく。その行為に応えるように、ずっと和彦の抱き寄せ続けていた三田村の片腕に、ぐっと力が加わった。
「……部屋に上がらないか?」
和彦がそう誘うと、三田村は小さく首を横に振る。
「そうすると、聞かれたくない話ができなくなる」
思わず和彦が顔を強張らせると、三田村は今度は頷いた。
どうやら、この部屋に盗聴器が仕掛けられていると、三田村も察したらしい。おそらく寝室だけだと思うが、和彦も詳しく調べたわけではない。
一度体を離して三田村がくれたワインを靴箱の上に置くと、すぐに手を掴まれ、和彦はまた三田村の腕の中に戻った。
「――組長には、まだ何も報告していない。あくまで俺の中で、先生の体調が少し悪そうだということで処理している。ただ、もしまた、秦から連絡があったら、さすがに報告しないわけにはいかない」
和彦は、三田村の肩に額を押し当てる。
「すまない……。ただでさえ、ぼくのことで気をつかわせているのに、組長にウソをつくようなことをさせて」
「ウソはついていない。俺も万能じゃないから、一つぐらい些細なことを見逃すこともあるというだけだ」
組長である賢吾に対する忠誠心と、和彦を気遣う気持ちで、三田村を板ばさみにしていることが申し訳ない。
和彦の背を何度も撫でながら、淡々とした声で三田村が問いかけてくる。
54
お気に入りに追加
1,391
あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

朝起きたら幼なじみと番になってた。
オクラ粥
BL
寝ぼけてるのかと思った。目が覚めて起き上がると全身が痛い。
隣には昨晩一緒に飲みにいった幼なじみがすやすや寝ていた
思いつきの書き殴り
オメガバースの設定をお借りしてます
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…


ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる