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第7話
(6)
しおりを挟むコンサルタントのオフィスを出てロビーに降りると、オフィスビルらしく、スーツや制服姿の人間が行き交っている。和彦は辺りを見渡し、ある男の姿を苦もなく見つけ出した。
本人は、自分の存在感を限りなく消しているつもりなのだろう。地味な色のスーツを端然と着こなし、イスに腰掛けてやや前屈みの姿勢で新聞を開いている。強面ではあるのだが、世のビジネスマンには、そんな人間は数え切れないほどいる。
本来であれば目立つはずもないのだが、やはり三田村は、周囲から浮いていた。
「――こんな場所で、そんなに警戒しなくても大丈夫だろ」
静かに歩み寄った和彦が声をかけると、驚いた素振りも見せず三田村は新聞を畳む。
「先生が鷹津に絡まれたのは、どこだった?」
「……プロに、余計なことを言って悪かった」
和彦が素直に謝ると、三田村は顔に貼りついたような無表情の下から、微かな笑みを覗かせてくれた。もっとも、ほんの一瞬だ。すぐに鋭い視線を、油断なく周囲に向けた。
ここのところ、和彦の護衛は別の組員が務めることが多く、だからといって不満はなかったのだが、やはり三田村のこんな姿を見ると安心する。
「打ち合わせは?」
「ああ、済んだ。スタッフ募集の広告を頼むことにしたから、来週、またちょっと顔を出すことになると思う」
歩きながら和彦が説明すると、三田村は微妙な顔となる。
「三田村?」
「普通の人間を雇うと、おおっぴらに先生について歩けなくなるな。若い美容外科医が護衛をつけるなんて、何も知らない人間に対して、只事じゃないと知らせるようなものだ」
三田村の口調はあくまで淡々としているが、つい和彦は、言葉の裏にある三田村の気持ちを深読みしてしまう。正確には、期待していた。
状況が許せば、三田村は自分の護衛を続けたいと思ってくれているのか、と。
「……クリニックを開業しても、どうせぼくは、あのビルからほとんど外に出ることはない。今ほど護衛は必要じゃなくなる」
「だったら俺は、用なしだな」
「送り迎えは必要だ。それとも若頭補佐は、単なる運転手なんて仕事はしないか?」
三田村は表情を変えないままじっと和彦を見つめてから、わずかに肩をすくめた。この男には珍しい、どこかおどけたような仕種だ。
「先生は意地が悪い」
「お宅の組長には負ける」
「……返事に困るようなことを言わないでくれ」
気持ちが解れるような会話を交わしながらビルを出て、来客用の駐車場へと向かう。
この後、和彦は自宅マンションに戻り、三田村はそこで護衛を外れるため、単なる移動の時間であったとしても、二人きりでいられる時間を惜しんでいた。明日も三田村が確実に護衛をしてくれるとは限らず、いつ顔を合わせられるかすら、わからないのだ。
「――体調は、もうなんともないのか?」
ふいに三田村に問われ、和彦は目を見開く。
「えっ……」
「先生がひっくり返って、まだ三日しか経ってないんだ。俺だけじゃなく、組長や千尋さんも心配している。気になることがあるなら、一度じっくり病院で診てもらったほうがいい」
気遣う言葉をかけてきながらも、三田村の眼差しがいくぶん険しくなったように見えるのは、和彦が抱えた後ろめたさのせいかもしれない。
和彦は、秦との間に何があったのかと、誰かに詰問されることを恐れていた。問い詰められたら、隠しきれる自信はない。
賢吾は怖いし、三田村に気苦労をかけたくもない。それに、鷹津の登場で組全体がピリピリしている中、秦に体を触れられた程度で、余計な騒動を引き起こしたくもなかった。もちろんこれは、隠し事をしているという罪悪感を薄めるための、言い訳だ。
「ひっくり返ったなんて、大げさだ。酒が回りすぎて、酔っ払っただけなのに」
まだ何か言いたそうな顔をしながら、三田村が車のキーを取り出す。
これで、この話は終わりだ――と思ったが、三田村が先に車に乗り込もうとしたとき、その三田村の携帯電話が鳴った。
素早く携帯電話を取り出した三田村は、液晶を見るなり眼差しを一際鋭くする。組からの呼び出しなのだろうかと思いながら見守る和彦の前で、三田村は電話に出て、ぼそぼそと会話を交わす。そして、和彦に向けて携帯電話を差し出してきた。
「先生に話したいことがあるそうだ」
和彦は、まだ新しい携帯電話を買っていない。そのため、用のある誰かが三田村経由で連絡してきたのだ。
賢吾か千尋だろうかと思いながら携帯電話を受け取ろうとしたとき、さりげなく言われた。
「――秦からだ」
一瞬、意識が遠のきかける。我に返ったとき、和彦の手にはしっかり携帯電話が握られていた。
三田村が運転席に乗り込むのを待ってから、仕方なく電話に出る。
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