血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
上 下
114 / 1,268
第7話

(5)

しおりを挟む



 夜に突然、部屋にやってきた和彦を見ても、賢吾は驚いた様子もなく、それどころか余裕たっぷりの笑みを浮かべた。
「――長嶺組組長のところに夜這いにくるなんて、大胆だな、先生」
 浴衣姿で座卓につき、分厚い本を開いている賢吾は、見惚れるほど渋い紳士そのものだ。だが、口から出た言葉は、紳士からは程遠い。
 四十半ばの男が言うようなことかと思い、和彦は顔をしかめる。賢吾にとっては満足のいく反応だったらしく、機嫌よさそうに手招きされ、和彦は障子を閉めた。
 賢吾の部屋は、一階の奥まった場所にある。書斎と寝室として二部屋を使っているが、壁や襖で区切られているわけではないので、広くて開放感がある。ただし、せっかくの立派な中庭は見えない。
 主の身を守ることに重点が置かれているこの家は、賢吾の部屋に行くまでに、組員が詰めた部屋の前を通り、さらに、頑丈なドアを開けてもらわなくてはならないのだ。和彦も、できることなら足を踏み入れたくない一角だ。
「今夜はもう、とっくに眠ったのかと思った。いろいろありすぎて、疲れただろ。しかも、うちのバカ息子が、心配しすぎて暴走した挙げ句に、その先生に無茶をやらかした」
 傍らに座った和彦に、賢吾がそう話しかけてきながら、片手を握り締めてくる。和彦はちらりと隣の部屋に視線を向けたが、すでに寝床は整えられていた。賢吾もそろそろ休むところだったのかもしれない。
「千尋の無茶は、いつものことだ。ぼくも慣れた。……暴走しているようで、きちんと加減を知っていて、ぼくを傷つけることも、痛い思いをさせることもないし」
「俺の躾のおかげか?」
 賢吾が意味ありげに笑いかけてきたので、軽く睨みつけてやった。
「――それで、どうかしたのか、先生」
「大したことじゃない……と、ぼくには判断ができないから、寝る前に一応報告しておこうと思ったんだ」
 昼間、薬のせいで嫌というほど眠ったせいで、夜になってからはなかなか寝付けなかったのだ。そして、何度も寝返りを打ちながらあれこれ考えているうちに、和彦はあることを思い出した。
「……携帯電話を落とした。鷹津という刑事の前で。多分――」
「奴なら、嬉々として拾っただろうな」
 自分のミスを責められた気がして、和彦は唇を噛む。すると、握られた手を引っ張られ、賢吾に抱き寄せられた。
「そんな顔するな。先生は何も悪くない。三田村に、秦という男に連絡を取らせて、詳しい状況は把握した」
 賢吾の言葉に、和彦は身を強張らせる。秦にされたことを意識して頭から追い払おうとするが、千尋との濃厚な行為の余韻も加わり、煩悶したくなるような疼きを呼び起こしてしまう。
 和彦のこの反応は、秦が望んでいるものだろう。罪悪感と恐怖から、すべてを賢吾に話すことなど不可能だった。
「あの場は、逃げ出して正解だ。下手に騒動になったら、それこそ公務執行妨害だなんだと難癖つけられて、警察に引っ張られる口実を与えるだけだ」
 話しながら賢吾の指にうなじをくすぐられ、髪の付け根を刺激される。和彦が小さく身震いすると、賢吾の唇が耳に押し当てられた。
「……鷹津に近づくな。あいつは、俺相手に報復したくてウズウズしている。そこに、先生みたいな美味そうな餌がふらふらしていたら――」
 耳朶にゆっくりと歯が立てられ、和彦は呻き声を洩らす。痛みと、ゾクゾクするような疼きが背筋を駆け抜けていた。
「喰らいつかれるぞ。先生がひどい目に遭わされると、さすがの俺も牙を剥かないわけにはいかなくなるからな。ヤクザと警察の円満な関係のためにも、先生はしっかり護衛に守られてくれ」
 最初に自分に喰らいつき、ひどい目に遭わせてきたのは誰だと思いながらも、和彦は吐息を洩らすように応じた。
「ああ……」
「携帯は諦めろ。先生の携帯なら、見られて困るような人間の番号や、メールはないだろ」
「長嶺組組長直通の携帯番号を登録してある。あと、その息子の携帯番号も」
「だったら、番号を変更するついでに、三人仲良く、同じ携帯に買い換えるか?」
 和彦は本気で呆れてため息をつき、その反応がおもしろかったのか、賢吾は声を洩らして笑う。そして、両腕で抱き締められた。この腕の強さと熱さは、体を求めてくるときの前触れだ。
「今夜は――」
「何もしない。ただ、同じ布団で寝るだけだ」
 間近から覗き込まれると、大蛇を潜ませた目の威力に逆らえない。和彦は賢吾の唇を軽く吸ってから頷いた。

しおりを挟む
感想 80

あなたにおすすめの小説

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

朝起きたら幼なじみと番になってた。

オクラ粥
BL
寝ぼけてるのかと思った。目が覚めて起き上がると全身が痛い。 隣には昨晩一緒に飲みにいった幼なじみがすやすや寝ていた 思いつきの書き殴り オメガバースの設定をお借りしてます

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

処理中です...