血と束縛と

北川とも

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第6話

(22)

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 それがなんであるかわかったのは、内奥に含まされてからだった。秦の指で奥まで押し込まれ、前触れもなく小刻みに振動する。
「ひあっ……」
 背後から伸びてきた秦の手にあごを掬い上げられた和彦は、鏡に映った自分の顔を嫌でも見てしまう。目を潤ませ、頬を上気させた、明らかに発情した男の顔が、目の前にあった。背後には、堪えきれないような笑みを浮かべた秦がいる。
「わかりますか、先生? 今、先生の中に、ローターが入っています。すごく美味しそうに咥え込んでますよ」
 そう囁かれると同時に、内奥深くに押し込まれて震えるローターが引き抜かれそうになる。秦がコードを引っ張ったのだ。和彦は反射的に内奥をきつく収縮させていた。
「うっ、ううっ」
「締め付けてますね。気に入りましたか? このおもちゃ」
 再び秦の指によってローターが内奥深くに押し込まれ、そのうえ、振動が強くなる。足掻くように片手を伸ばした和彦は、鏡に触れる。すると、その手の上に秦が手を重ね、握り締めてきた。
 ハンカチで包まれた和彦のものが緩く上下に扱かれ、内奥深くで響くローターの振動も加わり、和彦は一人静かに乱れる。そんな和彦の耳に何度も唇を押し当てながら、秦は掠れた声で囁いてきた。
「――これは、わたしと先生の秘密ですよ」
 ようやく和彦が顔を上げると、鏡越しに秦と目が合い、美貌の男は艶然と微笑む。喘ぐ和彦の唇の端に、そっと唇が押し当てられていた。
「名残惜しいですが、そろそろ終わりにしましょうか。先生の忠実な騎士が、いつ駆け込んでくるかわかりませんから」
 すぐにローターが引き抜かれるのかと思ったが、内奥の入り口に、さらに熱く硬い感触が押し当てられる。
「あっ」
 和彦は思わず声を上げるが、かまわず〈それ〉はこじ開けるようにして、すでにローターを呑み込んでいる内奥に、太い部分を呑み込ませようとする。
 秦に犯されようとしている――。
 そう強く認識したとき、和彦の体に嫌悪と同時に、甘美な感覚が駆け抜けた。
「んあっ、あっ、あっ、あうっ……」
 ハンカチ越しに秦の手に扱かれ、和彦は精を迸らせていた。
 スッと体を離した秦によって、半ば強引にローターが引き抜かれる。激しく息を喘がせ、体を震わせる和彦に対して、秦は愉悦を含んだ声でこう言った。
「先生との最初の秘密としては、上出来ですね。先生の奥を味わえないのは残念ですが、焦ることもないでしょう。これからも仲良くできるでしょうから」
 和彦はすでにもう、怒りも羞恥も戸惑いも感じることはできなかった。わずかに残る意識で、秦が自分が思っていたような男でなかったことと、迎えにくる三田村に、こんな姿は見られたくないということを考えるので、精一杯だ。
 秦に格好を整えられ、抱きかかえられるようにして体を起こされても、その腕から逃れることすらできない。
 そんな和彦を、秦は両腕でしっかりと抱き締めてきた。
「――先生みたいな人でなかったら、わたしもこんな手段は取らなかったんですけどね。なんとなくわかるんです。先生に対して、この手段は有効だと。これで先生は、嫌でもわたしを意識せざるをえない。先生の引いた境界線の内側に、わたしも入れたということですよ」
 秦の顔が近づいてきて、和彦はなんとか顔を背けようとしたが、ささやかな抵抗はあっさりと無視され、唇を塞がれる。
「んっ……」
 柔らかく唇を吸われて、舌先でくすぐられる。自分では歯を食い縛ったつもりだったが、もしかすると口腔に秦の舌を受け入れたかもしれない。和彦にはもう、よくわからなかった。
 支えられながらパウダールームを出て店内に戻ると、恭しいほど丁寧にソファに座らされようとしたが、突然、店に駆け込んでくる慌ただしい足音がした。
「先生っ」
 しっかり耳に馴染んでいるはずのハスキーな声が、いままで聞いたことのないような動揺を滲ませていた。あれだけ言うことをきかなかった和彦の体が、何かの力を得たようにしっかりと自分の足で立つことができ、秦を押し退ける。
「三田村っ……」
 救いを求めるように手を伸ばすと、駆け寄ってきた三田村に受け止められる。
「先生っ? 先生、しっかりしろっ」
 必死に三田村に呼ばれたが、その声すらすぐに耳に届かなくなる。
 和彦は、三田村の腕の中で、完全に意識を手放していた。

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